ショコタンの騒動記─龍造寺翔子編─


 名前負け、という言葉がある。


 名前になまじ威力があると、中身が伴っていないような雰囲気にすらなってしまうことがあって、たまにそれで本人が迷惑をこうむる場合さえあった。


 りゅうぞう翔子は、


「書きづらいわバランス取りづらいわ、龍造寺って何でこんなんつけたんやろか」


 口を極めてボヤき倒した。


 が。


 世の中、悪いことばかりではない。



 転勤族の子だが名前はインパクトがあるから、覚えてもらうに困ることがない。


 転校するたびに自己紹介で挨拶をすると、


「まさか芸名じゃないよね?」


 などと訊いてくる者すらある。


「一般人でなんで芸名使わなあかんねんな」


 関西弁で親しみやすいキャラクターは、そこで活きてきた。


「翔子って関西なんだ?」


「生まれたのはね」


 確かに生まれたのは大阪の吹田で、この時期までは父親も関西圏での転勤であったから、ほとんど引っ越すこともなく、一時少し奈良にいたぐらいである。



 ところが。


「翔子、次の転勤は札幌や」


 受験で志望校を決めなくてはならない時期に父親から言われたので、


「いや…うち関西残りたい」


 無理もない。


 今の中学校も二回目の転校で、ようやく馴染んだばかりではないか。


「オトンだけ単身赴任でけへんの?」


「支店長で社宅やし、それには家族同居が条件やし…」


「大人の都合で受験生振り回さんといて!」


 翔子にすれば、また志望校を選び直す手間がある。


 さらに選び直せば試験対策も変わるので、かんたんな話ではないのである。



 そんなとき、進路指導の教師が持ってきたのは薄紫色の封筒である。


「ライラック女学院高等部、ここなら通信制もあるし、何より大阪でも入試をするらしいから」


 なるほど大阪で試験を受けて、合格する頃には札幌へ引っ越しているから良いだろう──というのである。


「しかも学費が安い」


 そもそもアメリカのキリスト教系の団体が大正時代に作った学校で、ほとんどが寄付金と学費で賄われている。


 パンフレットを見たら、ダークグレーのセーラー服で可愛い。


「…頑張ってみる」


 多少は、前向きにとらえられたようである。



 運良く合格した翔子は、三月の半ば過ぎに関空から渡道した。


 新千歳空港は、空気がまだ寒い。


「ベンチコート入れといて良かったわぁ」


 バスで札幌が近づいてくると、まだ路肩には雪もある。


「…わぁ、ホンマに来たわ北海道」


 不安と期待の入り交じった夜の国道から、時計台の角を曲がる頃には、疲れてウトウトと半分眠っていた。



 

 ライラック女学院には越境入学組のための学生寮もある。


 しかし翔子は両親と引っ越してきたので、新札幌のマンションから電車で通うこととなった。


「電車一本は楽やわー」


 翔子は敢えて関西弁のまま直さない。


「なんか関西弁やと痴漢も寄って来んしえぇねん」


 事実、入学式の帰りに触られたのだが、


「あんた三分触ったから諭吉三枚、三万円もらうで!」


 腕を掴んで声を張り上げ、その場で現金を要求したら、次の日から誰も電車内で翔子の隣に来なくなった。


「北海道の男、チョロいな。あんなん関西で言うたら札束渡されて触られ放題やわ」


 翔子には少し危なっかしい面もある。


 ともあれ。


 一事が万事そんな感じで、大阪時代のやり方を押し通す。


「別にえぇやん、通用してるんやし」


 気にもしない。


 四月の部活動の新人勧誘が始まると、様々なチラシを渡されるのだが、気に入らないと目の前で破いて、紙吹雪にし翔子は撒いてしまう。


「気に入らんもんは気に入らんねん」


 そこへ。


「あの…」


 アイドル部、と書かれたパンフレットを手にした学生が近づいてきた。


「あの子は知り合いですか?」


 見るとパンフレットを手にした、ショートボブの生徒がいる。



 翔子はざっくばらんに、


「知らんなあ」


「実はあの子が、あなたがうちの体験レッスン受けるなら一緒に行ってもいいって」


「訳わからん無茶振りやなー」


 翔子は誰に対しても、容赦も遠慮もしないで言う。


「…まぁ、おもろいからえぇんちゃう?」


「えっ…」


 ショートボブが二度見した。


「大阪帰ったとき話のネタになりそうやから、見に行ったるわ」


 これにはショートボブが、


「…簡単に言わないでよ」


 と困惑した。


「あんたな、無茶ぶりはされたらし返すもんやで」


 翔子が一枚上手であった。



 ショートボブは千葉だりあという名前であった。


「言いづらいからダーリャでえぇか?」


 だりあは抵抗したが、


「あんたも往生際悪すぎやで。諦めるときにはスパッといき」


 まるで歯牙にもかけない。


 それどころか、


「パキパキした顔してんねんから、ダーリャのほうが売れるであんた」


 厚かましいばかりの強烈さである。


 だりあは歯が立たないどころか、太刀打ちもできなかった。


 ところが。


 翔子とだりあが一緒に行動するようになった頃、部室の近くの公園でヒグマが出て、登校が自粛になったことがある。


「さすがに熊はあかんやろ、熊は」


 翔子は半泣きしそうになりながら、だりあにLINEをおびただしく打ち込んできたので、


「翔子、怖いの?」


 と返した。


「当たり前やん、熊やで熊」


 まるで翔子のマンションに熊でも出たようなビビり方をしていたので、


「ヒグマだって手稲から新札幌まで行くにはタイムラグあるから大丈夫」


 そうやってなだめて、ようやっとおさまった。


 翔子が普段、強気でキツい言い回しをしているのは、もしかしたら弱さを見せないための裏返しかもしれない…と、だりあは気づいたらしい。


 くだんのヒグマの一件から、翔子に対する見方がだりあは変わったらしく、何か翔子が強気に言うと、


「…ヒグマ連れてくるよ」


「出せるもんなら出してみい!」


「そこらへんに生ゴミ放置しといたら来るから」


 だりあも言い返すようになった。


 これには日頃やんちゃくれであった翔子も弱かったらしく、


「そんなゴンタ言わんかったかてえぇやん」


 最後は必ずといっていいほど、なぜか翔子が凹む。



 打ち解けてからは、電車もだりあに合わせて乗り合わせるようになった。


 だりあのいる学生寮は発寒中央にある。


 何両目のドア何番目、とか翔子は決めて乗る癖があって、だりあはよく停止位置に立って、わざと翔子の目の前にあらわれる…という小さないたずらを仕掛ける。


「…あんた、うちがいるのよう分かるなあ」


「まぁねー」


 だりあにすれば毎日見ていればわかる話である。



 そんなだりあに翔子は、


「うち、転勤族やからあんまり友達おれへんねんけど、小さいときにダーリャみたいな友達がおったら、少しはマシやったかも知れへんわ」


 とだけもらした。


「私はずっと北海道で、高校来るまでずっと函館だったから、札幌来て戸惑うこともあるけど、何か翔子みたいに自信を持って過ごしたら楽にいけるのかなって」


 だりあは言った。



 部活動からの帰り、だりあと翔子は珍しく札幌駅のゲームセンターに寄り道し、二人でガチャを引いた。


 同じ黒猫の缶バッジが出た。


「…友情の証かも知れへんからつけとこ」


「そだね」


 二人で鞄につけ合った。


「大丈夫かな、変な風に見られたりせん?」


「自意識過剰だよ」


 二人はゲームセンターを出ると翔子は新千歳行、だりあは手稲行にそれぞれ向かって、コンコースで手を振って別れた。



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