第27話 限定解除
異形が吼えた瞬間、凄惨な死を前に呆けていた冒険者たちが悲鳴を上げ錯乱する。
しかし、今までのお返しと言わんばかりに異形は手近な彼らを恐るべき速度で掴み、捕食し始める。
「――た、助けっ!」
助けを呼ぶ声で目が醒める――俺のやるべきことは。
「チェーン・バインド!」
冒険者の一人に振り下ろされそうになったその腕を鎖が縛り、その勢いをギリギリのところで食い止める。
「ぐぅっ……」
鎖が軋むのを感じる。なんて重さだ。これは耐えられない。
「は、早く……リル!」
飛び込んだリルが冒険者をひっぱって攻撃範囲から逃れる。
直後、銀鎖が引き千切られる。
そして、リルは反撃に出る。
足が駄目ならと急所であろう頚部を狙う。
突き立てられた双剣にオーガは呻き、上半身を振り乱す。
その勢いにリルが吹き飛ばされた。
リルに来るはずの追撃を再び鎖で未然に防ぐ。
その間に受け身を取った彼女が退避する。
HPは少し削られていたが、目立った負傷はなさそうだった。
「――くそっ、こいつら一体……うわぁっ!」
悲鳴。また分身だ。
だが、今度はあのゴブリンではなく、ぐずぐずになったゴブリンゾンビとも表現すべき姿。
もう攻撃方法がゴブリンのそれではない、体液をまき散らしながら触手が伸ばされる。
切っても殴っても撃っても、アメーバのように傷を再生していく。
こんなもの、もはや魔獣ですらない。ただの怪物。
メイスで殴っても手応えすら感じられなくなっている。
通路は塞がれ、前衛はオーガに、後衛はゴブリンゾンビに食われ、潰されていく。
見たくない。断末魔に耳を塞ぎたくなる。
悪夢だった――俺の知っているフィフスマギナじゃない。
こんなのゲームじゃない。
竦むような恐怖と生理的嫌悪に隙が生まれてしまったのが不味かった。
ゴブリンゾンビの攻撃を防いだのも束の間、グレーターオーガの腕が迫る。
腕で顔を覆おうとして――銀狼がオーガの身体を吹き飛ばす。
いつのまにか、リルが元の姿に戻っていた。
『ごしゅじん、しっかりして!』
「ああ、悪い――避けろ、リルッ!」
『な――』
たたらを踏むだけで体勢を崩さなかった巨体の腕がリルの頭を殴りつける。
頭に響くリルの悲鳴。
HPゲージの緑色が相当量吹き飛んだ。
二撃目、右ストレート。
ノックバックしたリルでは躱せない。
「チェーン――」
直感――駄目だ。
このアーツじゃあんな質量を持った奴の動きは止められない。
強引に引き千切られる。
じゃあ、どうすればいい。
どうすれば――そうだ、一か八か、これで!
「――バインド!」
対象をグレーターオーガではなく、リルに指定。
吹き飛んでいく方向の先――壁から銀鎖を伸ばして、リルを縛るのではなく、壁側に引き寄せる!
思いつきだったものの、俺の意思を汲み取って銀鎖がリルに伸びた。
一発貰った衝撃と鎖の引っ張る力を重ね合わせ、強引にリルの身体を腕のリーチから離脱させる。
しかし、完全に回避できたわけではなく、多少掠めながら壁に激突したことでHPが更に減る。
すぐさまアーツを解除。
「リルのHPは……」
辛うじて黄色のラインで持ちこたえている。
HP全損という最悪の事態を避けることは出来ていた。
上から下へ少し振り下ろすようなモーションだったのも幸いしたのだ。
だが、拳が地面にめり込むほどの威力。
避けるタイプであっても、耐えるタイプのステータス構成ではないリルが本来受けていい攻撃ではない。
リルの身体はまだふらついている――俺が時間を稼がなければ。
「おいクソ鬼、こっちを見やがれってんだ!」
手近に転がる、千切れた冒険者の腕に収まっていた短剣。
それを奴の頭目掛けて投げつける。
後頭部に命中。
深々と突き刺さるが、傷はすぐに塞がって吐き出された短剣が地面に転がる。
「なんて生命力だよ……!」
これで
『ごしゅじんは、私が……!』
「リル、俺のことはいい! 引き付けている間に攻撃しろ!」
マナポーションを飲み干す。
相当怒り心頭なのか、俺だけを追いかけて来た。
これでいい、他の冒険者よりも俺の方がまだ元気だ。
これ以上こんな惨状はごめんだ。
オーガが俺の進路を邪魔しようとゴブリンゾンビ二体を差し向けてくる。
前はゾンビ、後ろはオーガ。
止まったら死ぬ、当たっても死ぬ。冗談じゃない。
「そこをどけえぇえええッ!」
いちいち攻撃している暇はない。メイスを正面に投げる。
怯めば儲けもの――先端が一体の顔面と思わしき場所に直撃し吹っ飛ばされる。
これで進路は出来た。
そのまま姿勢を低くして触手を掻い潜り、地面を滑るように隙間を縫ってもう一体も回避する。
生きてる。だけど、安堵している暇なんてない。
身震いで全身の力が抜けそうだった。
何度も何度もオーガの攻撃を避ける。その間にリルも攻撃を加えていた。
しかし、グレーターオーガの再生能力は異常であることを痛感する。
牙や爪の攻撃でダメージは入って多少ノックバックする。
しかし、あっという間に再生し始めて止まらない。
再生能力に限界がないタイプなのか、あるいは、致死量のダメージを一撃与えないといけないタイプなのか――。
『――危ないっ!』
ワンパターンだった攻撃にフェイントがいきなり入り、俺の眼前に拳が迫っていた。
「しまっ――」
無詠唱。意思を検知したシステムによって、辛うじてアーツが発動。
鎖で強引に食い止めるが、その金属に亀裂が入っていたのが見えた。後ろに飛ぶ。
直後、大木のような腕が鎖ごと俺の身体を叩いた。
ガクンと予期しない方向に力がかかり、一瞬意識が飛ぶ。
地面に叩きつけられた衝撃で意識が戻る。
「ごふっ」
衝撃で揺さぶられた内臓が熱を持つ。
口いっぱいに鉄の味が広がり、たまらず吐血する。
強すぎる痛みで痛覚が麻痺していた。全身痺れていて、力が入らない。
HPは……九割持っていかれたのか。
「足を止める、な」
次が来るぞ、陽之。早く体勢を――しかし、一度は立ち上がるも膝をついてしまう。
また腕が迫ってくる――これは避けられそうにない。
『私のごしゅじんに触れるなァアア!!!!』
絶叫と共にリルが腕に噛みつき、強引に軌道を変えさせる。
相棒がくれたチャンスを無駄にするな。
全力を振り絞ってどうにか立ち上がり、その場から離れる。
次の瞬間には、雄叫びを上げたオーガが噛みついたままのリルを腕力で強引に振りほどき、地面に叩きつけ弾き飛ばしていた。
「くそったれ……」
満身創痍の俺たちを睨みつける、グレーターオーガ。
奴の身体には傷どころか、疲労の色さえ感じられない。
血走り濁った眼には意識があるのか怪しい。こいつもゾンビだ。
俺とリルのHPは
立っていることすらやっとの状態。
頼みの綱のMPは、まだ十分に残ってはいる。
しかし、魔獣態のリルで攻めきれないのであれば、活動限界の方が先に来てしまう。
オーガの両腕が天に突き上げられる。
見たことのないモーション。
すると、オーガの胸の結晶が輝き始め、周囲のゴブリンたちが光の粒子になって吸い込まれていく。
全身が脈動し始め、胸以外の結晶も淡く輝く。
チャージか何か、大技が来る予感。とどめを刺す気だ。
あのチャージだけでもいい、あれさえ止められれば――光の粒子となって消えていくゴブリンの姿に何かが引っかかった。
あれは魔獣態の移行の途中、リルが粒子になる時と似ている。
ゴブリンはグレーターオーガの分身。血や死体は残らなかった。
つまり、あいつらの身体はグレーターオーガの魔力で作られて――そうか、あの結晶は魔力を蓄積するコアなんだ。
一撃必殺を狙って魔力を溜め込んでいるのだとしたら。
そして、驚異的な再生能力を支えているのだとしたら。
あのコアさえ破壊出来れば、倒せるかもしれない。
でも、リルの攻撃さえすぐに修復するほどの再生能力を支えるコア。並みの攻撃で破壊できるのか。
攻撃力をもっと高めなければ、何かバフをかけられるアーツを――手持ちのアーツで可能なのは、<ブースト>だけ。
MP残量的には一割の向上は見込める。
だが、たったそれだけの上昇量で圧倒できるか?
この攻撃を回避してから、リルに攻撃を――駄目だ、解除までもたない。
心臓が早鐘のように打つ。
どうすればいい。考えろ、考えるんだ。俺が考えなきゃ全員死ぬ。
「リル……!?」
リルが俺の前に立つ。
グリムファングから庇ってくれた時と同じ構図だった。
『……楽しかったよ、ごしゅじん。また一緒に居られて。だから』
なんだよ、それ――そんな声を震わせて、あの時も立ってたのかよ。
リルが首を傷つけられた、あの瞬間が蘇る。
あの血の赤さをもう見たくない、思い出したくない。
あんな思いはもうしたくない。
そんなのはもう、嫌なんだ。
迷っている時間はない、もう光は満ちようとしている。
『ごしゅじん、早く逃げて!』
駄目だ、何も思いつかない。
やはり<ブースト>に頼るしか――右手を突き出す。
右手の甲に刻まれた、リルとの契約印が目に入る。
「……
頭に浮かんできた全く知らない詠唱句。
契約解除という概念がない上での、再契約という仕様外スキル。
あり得ないもの。
何か大事なことを俺は忘れているような気がした。
思い出せ。
あの時、リルには前の俺が契約していた鎖が巻き付いていて、それが契約の邪魔で、繋いでしまおうとイメージして――。
――あの時は……ごしゅじんの気持ちが伝わった、気がする
――俺の気持ち?
――木を噛み切れるくらい強くなれって。そしたら力が湧いて噛み切れた
洞窟に入る前の会話。初めてアーツを使った時の話。
リルはあの時の<ブースト>だけは感覚が違う、俺が木を砕くよう望んでいた、と言っていた。
もしかして――パズルのピースが見つかったような感覚。
必要なのは、イメージ。一撃であのコアを粉砕する力が必要だ。
オーガの攻撃から咄嗟にリルを守ろうとした時も、壁から鎖を伸ばした。
否、伸ばせてしまった。本来の<チェーン・バインド>は対象の直下から伸びるだけ。
「我、ハルの名において理に求める、縁の鎖で繋がれし魔狼――」
浮かび上がる契約印、そして俺とリルの間に繋がる鎖。
来た――それらの存在が俺の考えを証明してくれる。
その力を実現させるために必要なもの――MPという
今、この俺の身体にあるはずの
魔力を、リルが本来必要な力を発揮するための燃料として形を変質させるんだ。
「その秘めし力の
リルに必要だったのは――ステータスの底上げではなくて、元々の力の解放。リミッター解除。
魔獣操師側に引っ張られていたその制限を一時的に解放する。
イメージがアーツの詠唱句として成立し、頭に浮かび唱えた瞬間、リルの身体に魔力が満ちた。
アーツの発動を通じて、俺の意図を理解したリルが床を蹴った。
それを迎撃しようとついにオーガの胸に収束した光が膨れ上がり――直前、リルの身体が消えた。
『――
そして、再び現れる。
静かに告げたリルが、オーガの背後をとっていた。
<疾風爪閃>――風を纏うことで切断力を高めた爪の一撃。
グレーターオーガの身体ごと、コアが両断される。
どす黒い血をまき散らし、真っ二つとなったコアにあちこち亀裂が走り、そして、完全に粉砕した。
刹那、オーガは悲鳴を上げてその身体を崩壊させていく。
動き、もがけばもがくほど、崩壊のスピードは速まっていく。
見込み通り、コアが肉体維持に関わっていたらしい。
その大きかったはずの巨体が散り散りになって、最後の一欠片が消え去ったのを見届ける。
リルは魔獣態を解除する。
灰に混じる、魔力の青い燐光。
「……リル?」
駆け寄ろうとした足が止まる。
輝きの向こうに見えた、彼女の表情は――暗いものだった。
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