第26話 変容
グレーターオーガ。攻略推奨Lv.25程度。
フィフスマギナにおいて、グリムファングと並んで序盤プレイヤーのボスとして立ち塞がる相手。
しかし、グリムファングより攻略難易度は高くない。
高いHP、攻撃力を持つ一方で、その動きは鈍重だからだ。
そして、レイドファングを子分として群れを成すグリムファングとは違い、このグレーターオーガは単独で出てくる。
「何だこいつでけえ……!」
「これがゴブリンの親玉か!」
冒険者がその威容に驚く中、グレーターオーガがゆっくりとこちらに近づき、手に持った棍棒を振りかぶる。
「呆けるな! 左右に避けろ!」
グレイの一喝によって、冒険者たちが一斉に散らばる。
直後、棍棒の一撃。通ってきた道ごと砕かれる。
咆哮。震わす様な唸りと共に、奴の身体からゴブリンたちが生み出され、俺たちの方に向かってくる。
そうか、分身!
イベント戦闘以外で経験値が入らないパターン。
分身や幻影であれば、本体を倒さない限り倒した扱いにならない。
「でも何でオーガがゴブリンの分身を……くぉっ!」
飛んできたゴブリンを殴りつける。
考えている暇はない。
そして、なし崩し的に始まる戦闘。
前衛でオーガに圧力をかけつつ、後衛はゴブリンの排除をしながら援護と、グレイが指示する。
しかし、誰もオーガ種の魔獣を知らないらしく、ゴブリンの上位種か何かと勘違いしたままだ。
オーガに対してどう攻めればいいのか、棍棒の攻撃にまごついている。
ああもう、じれったい。
「グレイ! 奴はグレーターオーガだ、防がず避けて大振りの攻撃の隙を狙え!」
乱戦の中、声を張りあげてグレイに呼びかける。
「お前何で知って……まあいい、お前ら聞いたな! 小回りの効くやつはオーガを撹乱しろ!」
「リルも頼んだ」
「任された……!」
ゴブリンをすれ違いざまに斬り捨てつつ、リルがオーガに迫る。
慣れてきたことで、戦闘に規則性が出始めてくる。
リルのような素早さに自信のあるものがオーガの攻撃を引き受け回避する。
俺のような前衛ではあるが、攻撃力がそこまでではないものがゴブリンを排除する。
大剣や斧を持った攻撃力のある相手がグレーターオーガの隙を狙う。
後ろから弓やアーツがオーガの身体に追撃を加えていく。
グレーターオーガは驚異的なHPを持ち、しぶとい。
一方で、あのつるりとした脂肪まみれの肉体、見た目通り硬くはない。
ソロやパーティ一組でやるには厳しい相手だが、三十人近いメンバーで袋叩きにするにはそこまで難しいわけではない。
ゴブリン召喚、という妙なスキルを持っているものの、出てくるゴブリンはそこまで強くないため手間はかかるが、倒すのも時間の問題だ。
合間に術符は使ってみたものの、探知結果が出てくるのに時間がかかると言っていた。
リトマス試験紙のような仕組みらしく、まだ色は変わっていない。
「――テラ・ボルト!」
背後から貫通力の高い地属性アーツの発動。あの魔術師の男のものだ。
尖った無数の
グリムファングのような特定属性への耐性はないのも倒しやすい。
穴は開きこそしないが、そのぶよぶよとした肉に深く食い込み、一層絶叫した。効いている。
「確かにあいつの言う通りだ! 全員でかかりゃ怖くねぇ!」
赤い血に濡れていく青白い肌を見て、冒険者たちは興奮しながら攻撃を与え続けていた。
無理もない、と思う。
オーガもその巨躯を動かし、棍棒や腕で薙ぎ払うような動きを見せるがあまりにも遅すぎる。
俺が言った通り、遠心力がかかり切る前の初動段階であれば、森の中で遭遇した魔獣よりも遥かに鈍重で攻撃モーションもワンパターン。
グレーターオーガの呻き声。
ゴブリンの召喚速度よりも冒険者の殲滅速度が追い越すようになり、かなり数が抑えられつつある。
ようやく変わった術符の色は緑。
アイザックは言っていた。緑ならば問題なし、と。
「よし、これなら……ってリル、どうした」
いきなり最前に居たはずのリルが戻ってくる。
負傷……HPは満タン。では何故。
「ごしゅじん、何かおかしい」
「おかしい?」
「傷が」
「傷って……」
目を凝らす。グレーターオーガの青白い肌はもう血塗れだ。
足回りを集中的に攻撃されたことで地面に染みが出来るほどになっている。
それだけの出血を及ぼす傷跡は――少ない?
血の量で完全に意識出来なかった。
「さっきから傷がしばらくすると治ってる」
「グレーターオーガに再生スキルなんて……」
いや、そんなことを言ったらゴブリン召喚スキルなんてもってのほか。
「くそっ、こいつしぶといな!」
奴の動きは単調で変わりないが――違うんだ。変わらなさすぎる。
結構な時間が経っているのに、こいつ一度も地面に膝をつけていない。
あれだけ足を攻撃されまくって部位破壊されたっておかしくない。
転倒してチャンスが生まれるのもグレーターオーガ戦の特徴。
むしろ、スタミナ切れはこちらの方で。
ゴブリン召喚もそれこそ今も絶え間なく続いて、いくらボスのスキルでも無限湧きなんてそんな――はっとして、術符を見る。
緑色だったものが、じわじわと赤く染まり始めていた。
「効かないならこれで――」
「――止めろ!」
痺れを切らしたグレイが大剣を構え、一気に踏み込んだ。
狙いは足回りではなく胸。
「――フォール・インパクトぉおおおおお!」
大剣系単発アーツ。
逆手で突き立てるような軌道を描き、その剣先がグレーターオーガの肉の奥深くまで突き刺さる。
グレイの身体を噴き出したオーガの鮮血が濡らす。
断末魔の叫びを上げて、その巨躯は背中から倒れた。
初めてオーガの動きが停止したのだ。
「しぶとすぎんだよ、ざまぁみやがれ……!」
苛立っていた奴は肩で息をしながら、事切れたその身体に何度も何度も剣を突き立てる。
そして、剣が引き抜かれ天高く濡れた刃が周囲に示される。
戦闘終了。調査隊一同が勝鬨を上げる。
違う、まだ終わっては――。
「――ッ!?」
グレーターオーガから発された見えない何か。
独りでに俺の背筋は震え、脂汗が滲む。
思わず辺りを見る。
気付いたのは――俺とリルだけなのか。
「今の」
言わなくても分かっている。
あの感覚は<ブースト>で何度も感じさせられた――そう、魔力だ。
間違いなくグレーターオーガの身体から発された。
「そこから離れろ!」
「何を急に――」
声を張り上げる。
しかし、もう遅かった。
再びオーガの身体から魔力が迸る。
先ほどの気配のような比ではない、衝撃波となったそれが奴の身体を中心に溢れた。
距離が離れていた俺たちですら巻き込み吹き飛ばし、壁に叩きつけられ視界が一瞬暗転する。
反応できたリルは受け身を取っていたらしい、俺を立たせてくれる。
「ごしゅじん、大丈夫っ」
「ああ、何が……」
衝撃波と一緒に巻き上げられた土煙が視界を眩ませていた。
それが徐々に晴れていく。
倒れ呻く冒険者たちと見えてくる、大きなシルエット。
つるりとしていた弾力のあるものから、血管のようなものが隆起し脈動し一部溶けてしまったようなものになり果てた皮膚。
その皮膚にあちこち走る亀裂からせり出した赤い結晶。
――グレーターオーガだったものが、そこに居た。
「なんだよ、あれ……」
見るものに生理的嫌悪感を抱かせるその姿は、まさに異形。
こんな魔獣、今まで見たことがない。
「――離せぇええええっ!!」
グレイが異形の腕の中に収められていた。
抜け出そうと抵抗するが、手はびくともしない。
それどころか握力が強められていき、グレイの悲鳴と共に身体が軋みを上げる。
自身の手の中で悶え苦しむ様を、グレーターオーガだったものは舌なめずりして見つめていた――まさか。
「嫌だっ、やめっ」
「チェーン――」
遅すぎた。
ばり、ぼり、くちゃっ。
広げた大きな口がばくんと手の中のものを咀嚼した。
歯茎、そして歯の隙間から溢れだす赤色が巨大な手や腕を伝って、地面に零れていく。
一際、甲高い音が立つ。
地面に落下したグレイの防具の破片だった。
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