第25話 ゴブリンの巣の主


 武器のメンテナンスと装備の準備、考えられるイベント及び敵の想定をしながらリルと連携の確認――案外やることは多く、二日の準備期間はあっという間に過ぎてしまった。


「ええと、マナポーションはポーチの中で……」


 しかし、人間本番を前にすると、ああすればよかったこうすれば良かったと何かしら後悔が過る。


 今まさに、調査隊の一行と足並みを揃え洞窟に向かう道中。

 その一歩一歩踏みしめていくごとに、足が重く感じる。


「ごしゅじん、落ち着いて」


 もふん、とリルの尻尾が差し出された。

 噛めば落ち着くらしいが、触っているだけでも気が紛れる、と思う。


「だって、レイドだろ? なんか落ち着かなくて」


 レイド――ボスに対して、複数のパーティで挑む集団戦闘やクエスト。

 調査と銘打たれつつも、やっていることはこれに他ならない。


 魔獣操師は残念ながらネタ職扱い。

 当時レイドに参加するというのはいささか躊躇われていた。


 もちろんちゃんと俺もリルたちもレベルキャップまで上げていたし、足手まといになるつもりは毛頭ない。

 しかしガチ勢からは敬遠され、のんびりやりたい身としてはソロで出来る範囲でやってきたのだ。


 未経験ではないものの、経験があるという記憶だけでそれ以外は思い出せないくらい。


「でも、あの雑種くらいなら私が倒せる。心配は要らない」


 雑種、グリムファングのことだ。

 確かにリルが瞬殺したが、あの時は<風斬>が使えるくらいのステータスだったからでは……というのは黙っておいた。


 それに魔獣態ありきの話であって、こんな人目の前で魔獣態での戦闘は難しい。

 狩る側が狩られる側になってしまう。


「……どうして俺たちは参加必須なんだか」


 ポーチから紙片――魔獣探知の術符を取り出して、思い返す。

 強敵の存在を示唆された冒険者たちは少しだけ怯んだ。

 しかし、アイザックがこんなことを付け加えたのだ。


 ――最奥に魔獣が居たとして、それを見事討伐しこの事態が終息した暁には、さらなる報酬も国と交渉できる。冒険者なら黙っちゃいねぇよな?


 煽り焚きつけるような発言だった。

 そして、もちろん自信がないなら受けなくてもいいと続けて。

 そこまで言われたら血気盛んな冒険者は引き下がるわけがない。


 俺だって、強くはなりたいし、旅での強敵を見据えることは大事だと考えている。

 だけど、避けられる火の粉は避けておくのが賢い。


 ――この術符を使えば、保有魔力から魔獣の強さがある程度分かる。ハル、お前にこれを渡す。借りは返したからな。


 色目をつけてくれとそれとなくゴブリン退治にも積極的に取り組んでいた褒美なのかもしれない。


 ギブテクで仕事を貰えたようなものだ。

 しかも重要なポジション。


 喜ぶべき事なのかもしれないが、俺には参加必須とされてしまったことと合わせてそれ以外の思惑が透けて見える。


「……やることが抜け目ないっていうか」


「――ゴブリンどもが来たぞ!」


 最前列の冒険者の声と共に、四方八方からゴブリンたちが現れる。

 今更引き返すことは出来ない。

 与えられた仕事をきっちりやって小言の一つでも言ってやろう。



 道中、他の魔獣の姿は見えなかった。

 見えたとしても、ちょうどゴブリンに襲われているか食われているかどちらか。


 食っているところは初めて見た。


 骨すら残さないその食い意地に胃のあたりがむかむかするような光景だったが、それよりも気になったのは、食った個体が一回り大きくなったのだ。


 その個体は若干手ごわくなった。

 魔獣も魔獣を倒すとレベルアップするのか。

 だけど、そんないきなり姿が変わるなんて事あるだろうか。


 しかし、それでも経験値は得られないのだから、一体あのゴブリンはどういう仕組みなのか気になる。


「流石に進軍ペースが速い」


 戦闘は散発的に発生し、魔術師――酒場で見かけた奴だった――や、弓使いのような消費型の攻撃手段の奴は極力温存させつつ、やり過ごす。


 ゴブリンが弱いのもあるが、人数が人数だけに苦労はしない。

 かなりのハイペースで森の中を突き進む。


 俺たちの役回りは遊撃。

 聞こえはいいものの、結構手持無沙汰になるポジション。

 なんだかんだ、邪魔にならない程度に好きにやれという感じ。


「……狩る前に狩られるから、もどかしい」


「楽出来ていいことだろ」


 首が振られる。


「それじゃごしゅじんのためにならない、私が居る意味がない……獲物を横取りされる気分」


 ふくれっ面。声音に不愉快さが思いっきり乗っている。

 獣基準というか、やはりそこはそういう考え方なのか。


「ボスに当たるようなことがあればチャンスは来るさ」


 首が振られる。


「一番じゃないと駄目。悔しい……ごしゅじんのアーツと私、何でも狩れるのに」


「ブーストは結局使いどころが掴めないままだったからな」


 準備期間も活用方法を考えていた。

 唯一プラスになる仕様だったのは、魔獣態・人間態問わず使えるということくらい。

 しかし、考えた末、使うことよりも使わない立ち回りと考えるべき、と結論が出てしまった。


「違う、ごしゅじんのアーツはちゃんと凄い」


 興奮気味に首と尻尾が揺れられる。

 リルは相当気を使ってくれているようで、ブーストに関してもっと評価すべきだという立場をとり続けている。

 

「そういえば、あれってどんな感じなんだ?」


「?」


「ブーストかけられた時だよ。プレイヤーだと別に何も感じないんだけど、契約魔獣だとそこらへん違うのかなあって」


 雑談のネタ兼、純粋な疑問だった。

 リル目線で見て感じているゲームの世界というのは、再契約以前の空白期間も含め、俺にとって非常に興味がある。 


 うーん、とリルが唸って、分かりやすく悩む。 


「ぐわんって……元気になる、やる気が出る、身体が軽くなる?」


「エナドリかよ」


 滋養強壮、疲れたあなたへ、ってか。

 つまり、ブーストは深夜残業でがぶ飲みしてテンションハイに追い立てている状態と同義……。


 リルを酷使しているんじゃないかと悲しい気持ちになる。


「あっ、でもあの時はちょっと違った」

 

「あの時?」


「動く木噛んだ時」


 ウォーキングプラントとやった時か。


「どう違うんだ?」


「あの時は……ごしゅじんの気持ちが伝わった、気がする」


「俺の気持ち?」

 

「木を噛み切れるくらい強くなれって。そしたら力が湧いて噛み切れた」


 気絶する辺りの記憶は怪しい。

 しかし、プラントの装甲を貫けないのは不味いと思って使ったことは覚えている。


 それがリルにはそんな伝わり方になる……というかテレパシーに踏み込んでいないだろうか? 

 いや、テレパシーは魔獣態のリルも使っている。


 元々支援系のアーツを使う時、契約魔獣には意図が一緒に伝わっていたのかも。

 脳波をスキャンしているVRならでは、出来なくはないと思う。

 いちいち口で呼びかけるのも難しい時もあるし、便利だな。


「だから、ごしゅじんのアーツはちゃんとすごい」


 木漏れ日に反射してキラキラと光る瞳で、俺を見る。

 ここまで純粋に褒められると気恥ずかしいというか、居心地が悪い。 


「……あ、ありがとな」


 彼女の目を真正面から見れず曖昧に答えて、ついつい視線を逸らしてしまう。

 すると、先行していた集団が突然足を止めたのが見え、前から順々に身を屈め出す。着いたらしい。


 森が少しだけ切り開かれた場所――それはいかにもな見た目の洞窟だった。

 丁度山のように隆起した部分の側面に開けられた格好をしている。


 人の手によって掘られたものではない、足場の悪さが目立つ。

 内部を見るとせり出した岩が牙、洞窟が口のようにも思える。


 そして、わらわらとゴブリンが洞窟を行き来している。

 間違いない、あの洞窟が目的地のゴブリンの巣。


 道中危険という危険はなかったから、調査隊一行はどちらかというとまだ和やかなほうだった。


 しかし、ここからはそうも行かない。

 今からが本題。それぞれの表情に硬いものが混じる。

 

「……ボスっぽい奴は居ないな」


 明らかに、という奴はいない。

 居るのはいつも出てくる雑魚ゴブリンだけ。

 出てきてさえいれば、さっさと術符を使っておさらばでいいのに。

 中に入るしかない。

 

「手筈通り、速攻で攻め入る。ある程度蹴散らしながら、魔術師と弓使いを俺たち前衛が挟んで守りながら侵入しよう」


 最前列を張っていた大剣使い――確かグレイとか言ったな――が自然と声を上げた。会議でリーダー役をかって出ていた。

 

「ここまで来て、あのゴブリンしか居ないとなると……奥のやつ以外は大したことなさそうだ。入口の後詰めは要らんだろ」

 

「それは――」


「――行くぞ!」


 いくら何でもそれは迂闊すぎるんじゃないか――おい、話を聞けよ!

 グレイの号令で一気に冒険者たちが森から飛び出し、洞窟に殺到する。


「ごしゅじん、行くよ!」


「ああ、もうリルも……!」


 こうなったら、出遅れるわけにいかない。

 感知能力も高くなく、本当に数だけの存在であるゴブリンは奇襲を受け、瞬く間に狩られていく。


 洞窟内に足を踏み入れる。

 何人かが松明で視界を確保するが、見通しはあまり良くない。


 しかし、ゴブリンは中にも潜んでいることだけは確かだった。

 無数の黄色い瞳が火に照らされたかと思えば、こちらに襲い掛かってくる。


「こいつらは雑魚だ! 蹴散らせ!」

 

 勢いがついた調査隊は止まらない。

 撃ち漏らしたやつにトドメを刺していきながら、俺たちも続く。

 

「ごしゅじん、血の臭いが濃くなってる」


「臭い?」


「たぶん、奥に居る」


 並走するリルのライトグリーンの瞳が細まる。

 血の臭いか。嫌な予感しかしない。


「明かりが見えたぞ!」


 先頭から声が上がる。

 光の向こう。ドーム状に広がる部屋のような空間に俺たちは出てきた。

 天井には亀裂が走っており、そこから光が射し込んでいた。


 ボスが待ち構えていそうな場所だ、とまず思った。

 そして、その見込み通り、中央に座り込む巨大な人影。


 白い、というより、青白い肌を持つ巨大な人型の魔獣。

 俺はこいつを良く知っている。

 ゆっくりと立ち上がり、俺たちに向き直ってくる。


 どうしてゴブリンの巣に、オーガ――グレーターオーガが居るんだ。


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