第24話 緊急調査


「――リル! 左を頼む!」


「わかった」


 街道で立ち往生する荷馬車に群がったゴブリンたち。

 一撃で倒せるというのでまだどうにかなる。

 しかし、かといってメイスを振り回せは良いというわけでもなく、怯まず隙を見せたら反撃してくる。

 

「数だけ多くて……!」


 回避をし過ぎない。

 受け止められるものは盾で受けつつ、二方向から迫るものを躱していく。


 スタミナと集中力を奪われる、一対多の複数戦闘。

 多少攻撃が掠めて痛むが気にしてられない。

 

「……またこれか」


 最後の一体の頭を叩き潰して振り返る。

 既にゴブリンたちの姿は粒子となって風と一緒に消えていた。

 向かい側のリルと目が合う。

 首を振られてしまった。状況は同じらしい。


「本当に助かりました」


「いや、俺たちはただ通りがかっただけですから」


「貴方たちが居なければ、今頃どうなっていたことか」


 荷馬車の主――ノウス方面に向かう途中だったらしい商人がやたらと感謝してくる。


「それにしても全く困ります。ノウスは魔獣がそこまで多くないから商売もしやすいのに、これでは……」


 護衛役をちらりと見る。

 装備を見るに、正直案山子レベル。居たらマシという程度。冒険者ではなさそうだし。


 本当にノウスは人通りの多い場所に居る魔獣は弱くて、少なかったのだろう。多少ケチっても問題なかったと。

 危機管理の点からは見通しが甘いと思うのだが、コストをかけ過ぎても割に合わない。難しいところだ。


「じゃあ、俺たちはこれで……」


 この手の手合いは話が長いタイプだと直感が告げていたので切り上げにかかる。

 レベリングに向かう途中だったのだ。


 商人はお礼を、と言ってきたが、商品を貰うわけにもいかないので、ギルドで俺たちに助けられたと伝えておいてほしい、とだけ言って分かれる。

 これでギルドに貸しも作れる。

 

 しかし、こんな街に近い場所でもゴブリンが顔を出すようになったのか。

 これは流石に不味い気がする。




「……最近、緑の奴多すぎ」


 レベリングを終えてギルドに戻って小休止中、リルがぽつりと呟いた。


「だな」


 ゴブリンに襲われているところに遭遇する機会が急激に増えていた。

 それだけじゃない、ノウス森林のいたるところでも見かける。

 他の魔獣を探すよりもむしろゴブリンに襲われるという始末。


 他の冒険者の口々から聞こえてくる話もそんな感じのもの。

 ギルドの雰囲気が全体的に沈んでいるような印象すら受ける。


 まだ夕方にもなっていないのに冒険者の姿が多い、仕事にならないからとりあえずギルドに行くか、という感じだ。

 

「せめて経験値さえ入ってくれれば」


 あのゴブリンはいくら倒しても経験値にならない。

 だから、戦うだけ無駄。


 しかし、逃げたり無視するにも本当にどこにでも現れるようになってしまっては、それも叶わない。

 それにゴブリンが他の魔獣を倒してしまっているのではないかと思うくらい、魔獣の姿が少なくなっている。

 残ってるのはノウスの中で強めの魔獣。

 

 今の俺たちは、Lv.17。

 当時の序盤の進み具合からするとやや低い。


 前衛としての戦闘力を獲得できるようになったおかげでそこまでマージンを取らなくても良くなったというのもある。

 根本的なところとして、ゴブリンのせいでレベリングに支障が出てしまっている。


「……検証の方もある程度結論が出た状況で、レベリングが進まないのは不味い」


 約二週間。

 レベリングや狩りといった冒険者としてのルーチンワークの傍ら、暇さえあれば<ブースト>の検証を続けた。


 その結果得られたものは、想像以上に<ブースト>が使いにくいという結論と<魔力回復 Lv.2>となるくらいの経験値。

 回復量は0.1%から0.15%になった。


 かつての<ブースト>は、MPの一定割合消費でステータス目安二割から三割向上。

 体感、今のリルであれば、Lv.15からLv.25くらいのステータスになる相当便利なアーツだった。


 一方、今の<ブースト>は、発動時のMP残量によってステータス上昇量が可変する。

 今の俺がMP最大値まで消費して、一割向上。Lv.15からLv.17くらい。


 弱体化を受けるというのは今のゲームじゃ当たり前のこととして百歩譲るとしても、この仕打ちは酷すぎる。


 しかも、発動時に必ずMPを使い切るという仕様になっているため、気絶はどうやっても避けられない。

 メリットバフが発動時のデメリットデバフと釣り合っていない。

 

「これじゃまたPV詐欺とかハリボテとか言われんぞ、運営……」


 アプデのたびに作られる紹介PVで、必ず出てきては華麗に立ち回る魔獣操師は当時プレイヤーのネタだった。

 SNSでコラ画像、ネタ投稿だのが良く作られていた。


「ごしゅじん、魔力は感じられるようになった」


「あ、ああ……あれな」


 想定していなかった副産物――MP枯渇を繰り返したことで、MPという数字的な概念が認識できるものとして存在することに気づいたのだ。


 最初は、疲労感や血の気の引く感じとしか思えなかった。

 だがある時、些細な違和感を覚えて以来、発動時に別の何かを吸われていることを自覚した。


 <ブースト>発動時が分かりやすいが、しばらくするうちに<チェーン・バインド>でも分かるようになった。


 しかし、何か、というだけで定義は出来ていない。

 VRとは、電気信号によって脳に錯覚を起こさせて成立している。


 いわば、そう感じるように仕向けられている。

 だからリアルに感じられる。


 一方でリアル――五感以外を感じさせるというのは、奇妙な話だった。

 言うなれば、第六感を使わせている。

 ……キテレツも甚だしい。


 このゲームは一体、俺の何を刺激しているんだ。


「……俺の思い込みっていう可能性も否定できないんだけど」


 何か得たいという心理でそう感じるというのは、大いにある。

 結局、アーツの習得に活かせるようなものでもない。


「そろそろ、ノウスから離れる時なのか……?」


 ノウスに逗留しているのは、あくまでも冒険者としての生活に慣れるため。


 日銭の稼ぎ方も覚え、ある程度の戦闘には対応出来るようになった。

 本当ならもっとレベルを高めていきたいところ。

 しかし、こんな状況ではままならず、留まる理由も薄い。


 イルガルタには馬車で二日程のよう。

 国を跨ぐ移動ではないというのは聞けたので、仕事に困るということもないだろう。


 ゴブリンの大量発生について放っておくのは少し気がかりではあるが――。


「――お前ら、聞いてくれ。緊急の仕事だ」


 二階から降りてきたアイザックが声を張って、俺たちやその場に居た冒険者たちの注目を引き付ける。


「最近感じていると思うが、妙なゴブリンどもがノウス全体に増えている。倒しても倒しても塵になるだけでお前らの儲けにもならん。だが、悪いことに数はどんどん増えて、街道まで出てくる始末だ。今日も数件起きてる」


 ちらり、と俺たちの方を見てきた。

 もしかしたら今朝助けた商人がギルドに一報入れてくれたのだろうか。


「今までそこまで被害が出てないからと進言が中々受け入れてもらえなかったが、他の領地にも現れ始めたから流石にと、ようやく、議会のお偉方が重い腰を上げた」


 議会? 他の領地?

 アイザックが持っていた巻物を開く。

 読めないが、赤い判子のようなものが押されている辺り、公文書か何か。


「国の依頼としてノウス森林最奥の調査を二日後に行う。九等以上でやりたい奴と俺の指名した奴で行く。報酬は、最低でも銅貨一人二十五枚。場合によるが、七等冒険者への昇格も検討中だ」


 室内にどよめきが起こった。


 銅貨二十五枚。

 一週間ちゃんと狩りをして大体二十枚くらい。

 しかも一人ということは俺たちからすると五十枚、約二、三週間分の稼ぎ。


 それに七等冒険者への昇格まで。

 ノウスの冒険者は一番高くて八等かそこら。

 破格の報酬だった。


「三十分後、やりたい奴は二階まで来い。それと、グレイ、ジョルジュ、ハルのパーティは俺の指名だ。以上」


 言うだけ言って、再びアイザックは二階に引っ込んでしまう。

 少し静かだったギルドに再び活気が戻る。

 というよりお祭りのような状態になってしまっていた。


「どうするの」


「どうするもこうするも……」 


 指名されてしまったのだ。

 ハルという名前の奴が他にも居ればだが、そんなことはないだろうし。

 

「だけど、なんかちょっと怖いんだよな」


「怖い?」


「いや、条件が良すぎるというか」


 額面はともかくとして、冒険者ランクの方が引っかかる。


 冒険者ランクというシステムは、いわば業務委託の条件と責任の担保のためにあるわけだ。

 スライムを倒せない奴にドラゴン退治を行かせるわけにいかない。そして、信用に関わる。


 メタ的――ゲームのお約束、都合的な話で考えると、ゲームの無茶な進行の防止のために作られている。

 運営側は長く遊ばせたい訳だから、そんないきなりチートプレイされても困る。


 かったるいという意見もあると思うけれど。

 そういう人向けにはもちろん、他のやりようがあるので気にしなくて良いレベルだったが。


 ただフィフスマギナというゲームを理解するうえでは多少冒険者としての活動をしておいた方が楽しい、という話。


 そして、昇格とは、依頼の完了実績に基づいてクエストが発生し、それをクリアするか、隠しパラメータのギルドへの貢献度が規定値を行くかどちらかでしか起こらなかった。


 突発的なイベントでボーナスとして発生することもなくはないが、稀。

 ましてや最大二段階すっ飛ばすというのは聞いたことがない。


「……美味しい話には裏があるって言うしな」


 指に挟んだ、ギルドカードに刻まれた二つ星――それとなくゴブリン退治で恩を売りつつ、順当に八等に上がっている。


 そんな俺たちからすれば、一等分しかランクが上がらない。

 そう考えると、ただの気にし過ぎかもしれない。


 周りを見ると随分とボルテージが上がっていて、受けない理由はないだろうという空気が出来上がってしまっている。

 

「とりあえず聞くだけ聞いてみるか……」


 聞くだけ聞く、と行ってみて良かった試しは社会人経験上あまりないのだが、うだうだ言ってても指名から逃げるわけにもいくまい。

 


「――集まったな。まずは礼を言う」


 二階。

 以前招かれた支店長室とは別の一室――きっとこういう集団クエスト向けの会議室なんだろう――には、多くの冒険者が詰めかけていた。


 頭数は三十人程度。

 まとまり具合からパーティ数を見積もると八組くらいか。

 その構成は多くて、五名程度、少なくて俺たちの二人。


 そして、圧倒的男率。

 部室のロッカー前のような感じだ。

 ふるふると首を振ったリルが俺の裾を引っ張って鼻に寄せる。

 ああ、汗臭いのか。


「さっきも言った通り、ここ最近ノウスで居なかったはずのゴブリンが増えまくってる」


 部屋の中央に陣取る長テーブルに羊皮紙製の地図が広げられる。

 マップ機能が使えなくなって以来、地図をちゃんと見たのは初めて。


 ノウス領と呼ばれる場所をフォーカスしたものらしい。

 真ん中はノウス森林で……東はノウス、下の方にはヨルム村か?


 他にも村や拠点らしき場所が点在していることが分かる。

 そりゃそうだ、街と村一つだけなんてあり得ない。


「で、被害報告や目撃報告があった場所に目印をつける」


 地図に、赤色に塗られた木のマーカーが乗せられていく。

 あちこち、至る所と言うべき分布だ。

 地図上で俯瞰してみると、このゴブリン騒ぎの影響がどれだけ広範囲で異常なものかが分かる。


 他の冒険者たちも俺と同じ感想を概ね抱いたようで、僅かに息を飲む声が聞こえた。

 でも、この分布だと……。


「なあ、これだとノウス森林がゴブリンの巣になってるってことじゃねえのか?」


 冒険者の一人が言った。

 そう、これだとノウス森林を中心として円状にゴブリンが広がっているように見える。マーカーも桁違いに多い。

 

「ギルドもそう考えてる。ノウス森林の最深部で奴らは巣を作ったらしい」


「最深部?」


「天然の洞窟がある。元々グリムファングが巣にしていた」


「グリムファングって……」


 アイザックが頷いた。


「ヨルム村でお前らが戦ったアイツだ」


 俺たちにとって因縁深い相手。


 つい隣を見てしまう。

 リルの目が少しだけ細められ、裾を掴む力が強くなった。

 

「同じ個体かは分からねぇが、住み着いているのはギルドも知ってた。奴も危険だ。森の中で居る分には積極的に討伐しようとは考えてなかったがな」

 

 助かった、まさか村へ群れで襲撃を仕掛けてくるとは――最初アイザックと会った時に言われた言葉を思い出す。


 あの時は気にも留めていなかったが、そういうことだったのか。


「……とにかく、だ。元々グリムファングの縄張りだった場所で何かがあって、ゴブリンが代替わりした。それでこんな有様になってると考えてる――」


 一瞬、グリムファングを俺たちが倒したからこんなことになったのでは、と考えがよぎる。


 しかし、それだとノウスにゴブリンが居なかったのと食い違う。

 発端は俺たちのせい、ということはないらしい。


「――問題は、グリムファングをぶち殺せるだけのゴブリンが居る可能性があるってことだ」


 当然の推測だった。

 グリムファングはLv.20目安。

 最低でも同じレベル帯か、それ以上。


「お前らへの依頼は、最深部の調査。何が住み着いたのか調べてこい」


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