第23話 検証


「魔術師が珍しいってどういうことだよぉおおお……」


 宿屋に戻ってきて、堪らずベッドに倒れ込んだ。


「ご、ごしゅじん?」


「あっ、すまん……つい」


 目を丸くされる。

 お財布都合とリルの強硬な要望によって一人部屋。

 ベッドは一つしかない。そして、決して大きくはない。

 大の字に倒れ込むなんてすればリルのスペースが無くなってしまう。


 起き上がって場所を空けてやると、ぽふんと座ってきた。

 

「今日はずっとごしゅじん、難しい顔してる」


 ギルドで聞いた話を思い返せば、指摘通り難しい顔にもなってしまう。


 ・魔術師どころか、魔術系アーツを使用できる存在は多少の地域差はあれど少数。

 ・初級以上のアーツを使えるだけでも一目置かれるくらいなので、中級や上級を使える存在、所謂魔術師相当となると国が管理するほど。

 ・もちろん、適性があればアーツを教わって習得も可能。

 ・しかし、そもそも教えてくれるレベルの存在は貴族に仕えているか、魔術師学校の教師。あるいは、高位の冒険者か。つまりは指導料が高い。


 魔導屋での反応を考えれば不思議な事ではなかった。

 道理で酒場で一人見たくらいで魔術師っぽい奴が全然いない訳だ。

 あれもなんちゃって魔術師かもしれない。


 プレイヤー目線で考えると、現役時代は魔法職は体感四割は居たはず。

 魔術師系統はおそらく全体の三割。


 全然希少でもなかったのに、今は市場価値が高いと。

 ついでに仲間で募集する時には結構な条件じゃないと来てくれないということも教えてくれた。

 ノウスは需要がないらしい。


 こんな状況を端的に表現する言葉。

 それを、俺は嫌というほど知っている。


「……まさかの売り手市場……」


 がっくりと項垂れる。

 ああ、嫌だ嫌だ。俺の時は買い手市場でそれなりに大変だったのに。


「うりて……しじょう?」


 おほん。

 いかんいかん、リルにはそんな世知辛い単語を覚えてほしくない。


「まあ、知ってる地名と適性分かっただけ前進か……」


 一番近くで魔術師が居そうなのは、なんとイルガルタ。

 俺の知る、本来の拠点となる街。

 全裸でログインして以降、ようやく知っている地名に巡り会えた。


 そしてアイザックの言う通り、アーツ適性を診断することはギルドのサービスの一環でやっていた。


 しばらく触るだけで身体から発散している魔力を検知、適性に沿った色が変わるという代物。


 そういう設定の水晶により、リルは風属性、俺は無属性と火属性に適性有と判明。


 MPがあるんだから、そりゃ魔力があるに決まっているのだが、適性なしで習得できずということにならないのは良かったと思う。


 さておき、無属性とは――火・水・風・土・光・闇の六大属性およびその派生属性に当てはまらないものらしい。


 <ブースト>を例にすれば分かりやすかった。確かに無属性。

 きっと魔獣操師の習得できるアーツ全ては無属性に分類されるんだろう。


 けれど、火属性には心当たりがなかった。

 リルと契約している今、風属性なら分かるんだけど。


 とはいえ、無属性以外適性無しと判定されるよりは遥かにマシである。

 つまり何らかの条件を満たすことにより、俺は最低でも火の玉くらいは出せるということになるのだから。


 しかし、思いっきり金を取られたのは誤算だった。

 アイザック、さらっと儲けようとしたのか。

 依頼の条件確認に使うんだったら無料で使わせてくれたっていいのに。


「ああ、でもどうすっかなマジで……」 


 前提条件がクリアになった。

 けど、それからどうする、の部分がない。


 ――横からもふもふとしたものが差し出される。

 リルの尻尾だった。


「ごしゅじん……噛む?」


「噛む?」


 尻尾が揺れる。

 噛むって、そのふさふさな尻尾を?


「私は噛んだりすると落ち着くことに最近気付いた」


 リルがすっと尻尾を手に持ち、先っぽを咥えてしまった。

 人間態の時は尻尾が口に近づけようと思えば出来るのか。


 それをやるのはユキヒョウだったのでは。狼はイヌ科だろう。

 さておいて、彼女なりに俺を気遣ってくれていての行動なのは明らかだった。


「ありがとな、リル。どうにも不甲斐ないところばかり見せて申し訳ない」


「そんなことない、ごしゅじんは私の一番」


 ぼすんと座っていた俺へ向かい合うように彼女が腰を乗せてくる。

 そのまま身体を密着させ、抱きしめられてしまう。


「お、おい……リル」


「ごしゅじんは一番だもん……私が弱いから、一番じゃなくなってる……それが許せない」


「リル……」


「ごしゅじん元気出して……もっともっと強くなるから」


 肩を掴んでいた彼女の爪が少しばかり食い込む。


 もっとリルには思い切り戦えるようになってほしい。

 そのためには、俺の支援が必要になる。

 

「よし……こういう時は、出来ることを一つずつだな」


 立ち上がる。

 ステータスからスキルタブを呼び出し、スキルポイント全てを消費。

 MPの自動回復効率向上の<魔力回復>を習得。


 中盤までMP切れする状況に陥らないので割と後回しにされるスキルだったが、今のMP切れの気絶や消費量、回復アイテムの少なさを鑑みるに、今取っておくべきだと決心がついた。


 スキルによる回復量がスキル経験値になるので、今のガンガン消費する状況ではレベリングしやすい。


 毎分MP総量の0.1%回復という今はしょぼい効果でも、レベルが上がって回復量が伸びれば馬鹿にはならない。


 解禁した他のスキル――HP回復効率向上の<肉体活性>、契約魔獣の取得経験値向上の<教導>は後回し。

 

「何、するの?」


「今からブーストを使う」


「でも、あれは……」


 戦闘用なのに今? というのと、気絶するだけでは?

 そんな疑問がリルの頭の中で浮かんだに違いない。


「今後、こいつに頼る可能性がある。だけど前の感覚と大分違い過ぎて、いざ頼るにしてもこのままじゃ使えない。だから戦闘してない時に調べるんだ」

 

 感覚値ではない具体的なステータス向上量、消費MP、気絶からの回復時間、その他もろもろ。


 もしかしたら気絶したのは、あの時MPを消費し過ぎていたのかもしれない。不確定な要素が多い。


 検証だ。攻略サイトに今は頼れない。

 当時の知識と食い違うものは人力で埋めていくしかない。

 それに<魔力回復>の経験値にもなるから、無駄にはならない。

 

「リル、今の姿のままでいい。大丈夫だとは思うけど、元の姿になりそうだったら解除してくれ」


「ごしゅじん、大丈夫なの?」


「気絶してもほら、そのまま寝かせておいてくれ」


 ポンポンとベッドを叩く。

 最悪長時間気絶してもぐっすりそのまま眠れる。

 リルは納得していないような微妙な顔をした。


「いくぞ……ブースト」


 彼女に構わず、発動する。

 ゲージは……満タンの状態でもMPが全量持ってかれるのか!


 気力という気力をごっそり持っていかれる不快な感覚と疲労感。

 そして、どくんどくんと疼き、絞めつけられるような頭痛。


 意識を保てるのは、きっと十秒くらいが限度だ。

 コスパが悪すぎるな。


 しかし、やるしかない。

 何度も何度も確認して、検証するのだ。

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