第21話 二人パーティーの弱点


「あたた……」


 歩いている最中、胸の傷が痛んだ。


「ごしゅじん、痛む?」


「ああ、大丈夫大丈夫……貼ってもらった湿布は効いてるから」


「でも、やっぱり傷を舐めてないから」


「いや、それはいいよ……」


 くぅん、としょんぼりした顔をしないでくれ。

 革の胸当てに一本入った亀裂――気絶間際、ウォーキングプラントの蔦によって付けられた傷。


 予算上そこまで上等ではないものとはいえ、防具を貫通してくるほどの威力。

 気絶直前で貰ったのは、不幸中の幸い。


 防具もろとも皮膚を裂く一撃なんて素面しらふでは耐えられなかったと思う。


 ポーチに突っ込んでいた湿布も役目を果たしていた。

 刻み薬草のハッカのようなすうっとした冷感。

 それが傷口の痛みを緩和してくれている。

 そして、減ったHPもゆっくりと回復している。


 金属防具の入手は重要度高いな。

 ポーションも出来れば保険として二本くらい持っておきたい。


「しかし、誤算も誤算だった……」


「……ごめんなさい」


「リルを責めるつもりはないさ、そもそも俺の確認不足だし……」

 

 MPの割合消費ではなく全消費。


 まさか<ブースト>の仕様が変わっているなんて。

 魔獣態の強制解除があと少しでも早かったら結構危なかった。


「だけど、私が弱いからごしゅじんが怪我した……ひゃう」


 道すがら、リルの頭をぐりぐりと手で強めに撫でる。


「無事に帰れたからいいんだよ、気絶している間も警戒してくれたお陰で大事にはならなかったし」


 気絶した俺を物陰まで運んで、意識を取り戻すまで警戒していたのはリルの機転によるもの。

 非常時の段取りを詰めていなかったのに、考えて動いてくれたのは感謝しかない。


 そして同時に、俺の詰めの甘さが浮き彫りになる。

 万が一のために格下相手との戦闘を基本とし過ぎて、格上とやり合うことを検討できていなかった。

 手段と目的がなんとやらだ。


「ま、ボウズじゃないんだし、ほら、買い取ってもらうぞ」


 ノウス森林から戻って来た時には夜もすっかり更けていて、足を踏み入れたギルドは完全に酒場の様相。


 それを脇目に素材を買い取ってもらい、いくらかの銅貨が返ってくる。

 ランドリザードはそれなりに高値になった。

 他はまあそこそこという感じか。


 百枚賤貨いくらの薬草採集師ハル時代が懐かしい。

 確かに冒険者で一攫千金狙いたいという気持ちも分かる。

 稼ぐ単価が引き上がっている分、イニシャルとランニングで経費がそれなりに嵩むんだけど。


「お金にした後は……」


「リル、涎」


 じゅるり。

 澄ました表情から相応しくない口元の涎を吸う。

 尻尾は誤魔化せてないぞ。


 魔獣を狩ってギルドで換金、ギルドの酒場か宿屋併設の飯屋で夕飯。

 そのサイクルに適応した結果だ。

 パブロフのリル


「ちょっと確認したいことがあるんだ」


「がうがう……」


 露骨にテンションを落とすなよ。帰りも途中に生えてた果物をヘタごと食べてただろう。食いしん坊め。

 依頼書の貼られたボードの整理をしていたギルドの職員に声をかける。


「あのう、ゴブリンについて聞きたいことがあるんですけど」


「貴方たちは支店長の……何でしょう?」


 支店長以降の部分が気になるけど、今は後回し。


「ノウス森林でゴブリンを見かけて倒したんですが、煙のように消えてしまって……」


「ああ……」


 職員は渋い表情を浮かべた。

 さては他にも似たような話が出てるな。


「目撃証言は沢山出てますし、ノウスでの被害報告も多く上がっているんですが、倒しても煙のように消えてしまうと他の方からも同様のお問い合わせが多くて……討伐証明が出来ないんで困るんですよね」


「ゴブリンって、素材も旨味ないですし、討伐証明は確か……」


「耳です。仰る通り、他の魔獣と比べると肉も食用には向きませんし、その他も……って感じで」


「冒険者的に旨味がないから、被害が増えるばかり……とかですかね」


「ええ、国からは討伐してほしい。けど、証明できないものにお金は払えない。騎士団が出てくる理由としては領内の被害のみで軽微だから弱い……支店長が頭を抱えてました」

 

 適当に話を合わせて情報を抜く。

 質問責めにしない程度に、関心事を相手に喋らせると更に喋ってくれる。

 営業で覚えた技にもならない技。


「支店長には借りがあるんで、出来る範囲でゴブリン関係の依頼は受けるようにします」


「助かります、といってもあまり報酬は他のものより出せませんが……」


 その分冒険者ランクの査定評価で色をつけておいて、と返してその場を離れる。去り際の笑顔も忘れずに。


 リルがくいくいと服の裾を摘まんだ。

  

「さっきのごしゅじん、ごしゅじんじゃなくて、なんか嫌」


「……大人になると、こういうことも覚えちゃうんだよ。ほら飯にするぞ」


 厳密にはこういうことばかり、か。

 ……言外に気持ち悪いって言われてるのか? 


 リルの関心は既に食事に奪われてしまい、聞くことは叶わない。

 

 今日の晩飯はギルドのところではない、初見の酒場でとることにした。

 俺がシチュー。リルがシチューと肉団子のトマト煮(どちらも大盛)、あとぶつ切り肉の串。


 串はサービスでくれた。

 沢山食べるのはいいことだと気前よくくれたので、しばらくはここで飯を食うのも悪くない。


 リルの食費が結構高いのだが、飯くらいはよほどのことがない限り減らすのも可哀想なので黙認している。


「はむ、はぐっ……」


 周囲から音符でも飛んでいきそうなくらい、実に楽しそうに、美味しそうに、彼女は食事を取る。


 健啖美女。

 こんな細身の身体のどこに吸い込まれているのかは謎。

 魔獣態のサイズなら勘定が合うのだが……。


「?」


「旨いか?」


「ん、人間の食事は美味しい」


 遠い記憶を掘り返してみると、契約魔獣の触れ合いの一環で餌付けという機能があった。

 その時は、所謂マンガ肉のようなもの、ビスケット、骨、その他諸々……こういうシチューとか料理っぽいものはなかったな。


 スプーンで掬う。

 牛乳の味が強くて、牛乳煮という感じ。

 さらさらした口触りで美味しい。シチューって煮込み料理の総称なのだから間違いではない。野菜くずとか沢山入っているので甘味もある。


 飯屋で困ったら、煮込み料理を頼めばいいということに最近気付いた。

 でも、ラーメンとか調味料過多な身体に悪い味も食べたい。


 撫でてほしそうな顔をするものだから適宜リルの頭を撫でつつ、食べ進める。

 と、いかにも魔術師然とした格好の男を引き連れたパーティが店内に入ってきた。

 

「……盾役が二人と、大剣持ちと魔術師がアタッカーかな……いや、ヒーラーか?」


 装備から判断するにレベル的には俺たちと同じかちょっと上くらいなんだろうが、パーティとしてのバランスは良い。


 それに比べて、俺たちはアタッカー二名。軽量装備の物理メイン。

 機動力はあるものの、数や硬い奴には分が悪い。


「火力不足、か」


 そう、火力不足。

 速度が持ち味なら、パーティの性質は偵察や遊撃のポジションに収まる。

 しかし、それは他の協力者が居て成立するもの。


 俺たちは単独で動いている。

 だから、自力で解決するしかない。

 そのためには倒すための火力が必要になる。


 広範囲攻撃できるウォーキングプラントに挟まれたことで機動力を潰された結果、紙装甲で火力不足という悪い方向に特性が出てしまった。


 手っ取り早く火力を得るには、装甲を貫通ないしは無視できる攻撃手段を手に入れれば良い。


「アーツは……駄目だし、パーティの頭数を増やす……」


 その場限りのパーティを作るというのはコミュニケーションとしてのネトゲの醍醐味な訳だが、ノウスにプレイヤーは居ない。厳密にはそれらしき人物が。


 NPCに頼るというのはリスクがある。

 緊急時に魔獣態での戦闘を目撃される。

 どうなるか分かったものではない。


 となれば――右手に刻まれた契約印を見る。

 魔法攻撃か属性攻撃に分類される攻撃手段を持つのは、人間だけではない。


「契約魔獣を増や――」


「――そんなの絶対駄目」


 いきなり立ち上がったリルがテーブルを叩いた。

 物音に衆目が集中する。


 何でもない、と会釈しながら、リルを座らせる。

 すぐに店内の興味が失われて元通りになる。


「……駄目だよ、お姉ちゃんたちが居るかもしれないのに」


 リルの細い指が、俺の手の甲を撫でる。


 契約スロットのことは伝えてあった。

 探すこと、再契約を旅の目的とするならば、彼女の言う通り元も子もないことだった。


「すまん。忘れた訳じゃないんだよ。そもそも今は契約できないしな」


 魔法攻撃扱いとなる火球を打ち出せるファイアリザードはレベル帯的にまだ出てこないだろう。

 それ以前の問題として、次の契約スロットが追加されるのは確かLv.30くらいだったはずだ。


 となると、レベルを上げて物理で殴る――ステータスの暴力でやっていくという解決策。

 しかし、それも厳しいことを思い出す。


 今後出てくる幻霊系魔獣は物理攻撃無効という特性があるのだ。


 その頃にはレベルも上がってリルが復調としてきたとして、広範囲に攻撃できる<風斬>は今後の強力な武器として見込めるものの、物理攻撃扱い。


 攻撃のバリエーションを外部に頼ることなく増やすことは、考えれば考えるほど死活問題であることに気付いた。


 魔獣操師の壁――契約魔獣によって攻撃手段が限定される。

 すべて誰かに、契約魔獣に、やってもらわないと成立しない。


 現役の時はどうしてたんだっけ――。

 そうだった。

 アイツが元々火属性の攻撃を覚えていて、徐々に魔法系のアーツを覚えてくれたからそこまで問題にならなかったんだ。


「……私が、弱いから、前みたいに戦えれば……」


「だから違うんだって」


「でも、でも……元の身体の時に出来なかったことが出来るようになったのに、これじゃ意味がない……」


「リルは良くやってるよ、リルが居なかったらもっと悲惨なことになってるから」


 リルは責任を感じがちな気がする。

 俺も彼女に対して無神経過ぎた。

 慰めるように耳の辺りを触ってやる。

 

「俺もアーツが使えたらな……」


「ごしゅじん、鎖出せるようになった」


 そもそも魔獣操師というロール自体が器用貧乏というかただの貧乏。何も出来ない。


 Lv.10で鎖で縛るか、魔獣を強化するアーツだけ。

 しかも強化に至っては現状気絶というおまけ付き。


「リルが居てこそ成立するアーツだし、本当に運営は魔獣操師をイジメるよな……短剣と鞭とあと杖くらいしか持たせてくれないし」


「ごしゅじん……棒持ってるよ?」


 リルが不思議そうに首を傾げた。


「それは仕様変更で助かったけど――」


 言葉に詰まる――いや、ロールに依る武器制限の解除って、本当に仕様変更なのか?


 リルのステータスを確認。

 魔獣態で使えるスキルやアーツはほとんど全てがグレーアウトしているが、<武器熟練・双剣>と<スラストチャージ>はリストに追加されている。


 リルのロールは空欄になっている。

 強いて言えば、契約魔獣というロールか。


 契約魔獣に装備できるものは限られている。

 人間用の武器・防具は装備できない。

 俺にも装備制限があったわけだが、それはない。

 使おうと思えば、リルの双剣も扱えるだろうし――。

 

「持つくらい、振るうくらい、誰でも出来るわけで……」


 真に仕様変更だと悩まされたのは、妙にリアルすぎるということ。

 逆に考えれば、現実であり得ることならばある程度の範囲許されるのではないか。


 武器制限撤廃が仕様ではなく、正しくは。

 

「ごしゅじん?」


「……解決法見つかったかもしれない」


 使えないのなら、使えるようにすればいいだけだ。

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