第20話 不可思議な仕様変更
――レベルアップ。Haru Lv.10 Ril Lv.10
――Haruに<魔力回復>ほか三種のスキルが解禁されました。
――Haruは<ブースト><チェーン・バインド>アーツを習得しました。
――スキルレベルアップ。Ril <武器熟練・双剣>Lv.1
――Rilは<スラストチャージ>アーツを習得しました。
「お、おお……」
もう習慣として馴染んだ狩りの最中。
HUDが通知してきた内容、その情報量に面食らう。
魔獣操師あるある。
レベルキャップが魔獣操師側依存なので、契約魔獣と仲良くレベルアップしがちで情報量に圧倒される。
「そっか、Lv.10で色々覚えたな……」
Lv.10なんて、随分前のことだからすっかり忘れていた。
魔獣操師は大器晩成型、とは聞こえが良いものの、他の
運営的には、契約魔獣が専用アーツを覚えるから、と差別化要素つもりなんだろう。
しかし、そんなものは契約魔獣依存。
強い専用アーツもあれば、そうでないものもある。さらに覚えない奴もいるのだ。
つまりはただの差別、冷遇の間違いだろ――と掲示板で突っ込まれるところまでがお約束。
というかそんなものばっかり。
「<チェーン・バインド>は便利だし……<ブースト>も助かるな」
「ごしゅじん、どうかした?」
淡々と魔獣を屠り終え、剣の血を振り払ったリルが戻ってくる。
「いやな、ようやっとスキルとアーツを覚えてさ。リルも覚えたみたいだぞ」
「……そういえば、思いついたことがある。見てて」
何だろう?
リルが双剣を構えた。
構えのモーションがいつもと違い、左腕を突き出し右腕を畳んで溜める様な動作だ。
そして、彼女が足を一歩踏み出した刹那、数メートル猛烈な勢いで突進。
その突進力は駆けるというより、空を蹴るようなもの。
左手の剣が下から上へ。
「――ッ!」
切り上げたその勢いのまま、溜めに溜められた右手の剣が解放。
上から下へ振り下ろされた。
そして残心――なのだが、とてててとさっきの踏み込みはどこへやらという足取りで戻ってきた。
「どう、ごしゅじん」
「おう、それが今さっき覚えたアーツだな」
X字の軌跡を描く、正しく<スラストチャージ>のモーション。
しっかり発動していて、リルのSPが若干減っていた。
彼女のスキル解禁に合わせてゲージが追加されたのだ。
「……私が思いついたのに」
しかし、ふんすと息巻いていたはずのリルが分かりやすくむくれる。
何故、と一瞬思ったが合点がいった。
リル側にはHUDやシステムメッセージとか出てこないのだ、きっと閃いたみたいな感覚だったのだろう。
ケチをつけてしまったわけだ。
「いやいや、凄いぞ。踏み込みと斬撃速度は抜群だった」
アーツには、MPを要求する魔術とSPを中心に要求する必殺技の二種類がある。
リルが使用したのは必殺技のほう。
必殺技は、使用者のステータスや工夫次第で技のキレや一部モーションを変更出来る。
リルの場合はAGIが高すぎるから、より補正がかかった形。
かかり過ぎてるんじゃないかと思うくらい。当時のLv.120のステータスでやったら音が遅れそう。
「……当然、私は神速の魔狼だから」
頭を撫でてやると分かりやすいくらい尻尾を揺らして、得意げな表情をする。
「ごしゅじんは何が出来るようになったの?」
「ん? 例えば……チェーン・バインド」
MPが消費され、リルを中心に地面が輝いたかと思うと四方から銀鎖が飛び出す。
あっという間にリルがぐるぐる巻きになった。
対象指定拘束。
魔獣操師が使える数少ない戦闘用アーツの一つ。
「おお、やっぱアーツ使えてこそだよな……!」
出したのは自分なのにテンションが上がってしまう。
だって本当に久々にアーツを使えたのだ。今までは魔法要素ゼロだったから。
発動中は術者が動けないデメリットがあるものの、その間に契約魔獣に攻撃してもらえれば――。
「――ごしゅじん、苦しい」
「あ、悪いっ」
解除。銀鎖は光の粒子となって消えた。
リルが半目で俺を見る。
悪かったって、テンション上がっちゃうんだよこういうの。
「……縛られるなら、首輪がいい」
「そっち?」
リルの感所が時々分からない。
今日は普段の狩場ではなく、ノウス森林に来ていた。
流石に勧められた狩場はヨルム村と変わりなさ過ぎて、経験値を稼ぐのにも限界があった。
木材の一大生産地であり、豊かな土壌は人間、魔獣問わず魅力的。
製材所のあるエリアから少し離れたところが、今は開拓のための狩場として指定されているらしい。
「流石に冒険者が多い」
「……狩りの邪魔」
リルの辛辣な評価はさておいて、ギルドからも推奨された場所だ。
ちらほら魔獣を狩っている一団が見える。
近くで戦闘しない、邪魔をしないというのが暗黙の了解。
流石に助けを求められたりすれば加勢すべきだろうが、基本的には自力で対処するのがあるべき姿。
森は広大だから、狩り尽くしというのはないだろう。迷わない程度に少し深めに攻める。
すると、早速獲物は見つかった。
緑色の背の低い亜人――レッサーゴブリンだ。
アイザックの言っていた通り、本当に湧いているのか。
ゴブリンは人間ほどではないが知能を持ち、群れを為して集団で人里や荷車、冒険者を襲う魔獣、そして某茶色の虫よろしく繁殖力が高い……という設定になっている。
エンカウントするときは大抵三体でグループを組む。
一体一体は強いわけじゃないが、連携をしてくる。
上位種のゴブリンシャーマンが出てくるような高レベルエリアで遭遇した時は、パーティ戦顔負けのコンビネーションをしてくるので舐めてかかると割と痛い目を見る。
「ごしゅじん」
「ちょっとストップ」
うずうずとしているリルの身体を止める。
そして身を屈め、様子を伺う。
奴らは同じく狩りの最中らしい。
三体一組で、地を這うオオトカゲ――ランドリザードを相手取っている。
尻尾の振り払いを誘いながら、攻撃直後の隙を狙ってトカゲに襲い掛かっている。
やってることは単純なのだが、連携をするというのは傍目から見ると脅威だ。
一体がダメージを受けてしまうものの、割と危なげなく致命傷を与えて戦闘終了。
げっ、ここで食う気かよ。
「――リル!」
待ってましたと言わんばかりに、リルが飛び出し猛進する。
そして、一体の胸を剣で刺し貫く。
戦闘直後に襲われることを想定してなかったようだ。
完全に油断していたゴブリンたちは何事かと反応が遅れた。
「余所見すんな」
もう一匹のゴブリンの顎に目掛け、メイスを振り上げる。
芯を捉えたクリーンヒット。
その身体が宙に放り出される。
しかし、ギギ、と鳴きながら残った最後の手負いの一体が俺に襲い掛かろうと迫ってきた。
「――ごしゅじんには触れさせない」
飛び掛かってきたところを、リルもまた飛んで斬り落とす。
「助かったよ、リル」
「当然」
そして、いつものように双剣についた血を振り払おうとして――リルが首を傾げた。
「どうした?」
「……ちゃんと殺したのに」
「え?」
リルの双剣には、血の一滴も付いていなかった。
ついつい、俺もメイスの打面を見てしまう。
手応えは確かにあったのだが同じくだ。
ゴブリンたちの死体を見る。
傷自体はあるのだが、血が流れていない。
すると、突然ゴブリンたちの身体が粒子に分解されていく。
警戒したリルが俺の前に立つ。
……のだが、特に何が起こるでもなく、その亡骸は完全に消えてなくなった。
「消えた……?」
残されたのはランドリザードの死体、そして俺たち。
さっきまでの戦闘が幻のよう。
ゴブリンは幻霊系の魔獣ではない。実体を持った存在だ。
となれば、死体が残るはず。
ステータスを確認する。
「……経験値が入ってない?」
いくら弱い相手でもそんなことはない。
最低一は貰える。数字の思い違いはなくもないが、微妙。
レベリング中だから経験値ゲージには結構意識を向けている。
最弱となったホーンラビットでも二桁数経験値を貰える。
まだLv.10では、ドットも動かない誤差という数字にはならない。
「倒せてない?」
「いや、倒したと思うんだけど……なんだこれ」
頭を掻く。
狐につままれた感じだ。
戦闘で経験値を貰えないのは、イベントでの決着が付かない相手と戦った時とか後は……なんだったっけ。
とにかくこんな普通のフィールドでそんなこと起こらないと思うんだが、バグか?
いや、俺自身がバグみたいなものだ。
そもそも、今まで死体を残す仕様だったのにゴブリンがあんな消え方をしたのも引っかかる。
「ああ、もうなんか気持ち悪いな……まあいいや、この蜥蜴の皮だけ貰っておこう」
そう言うこともあるかもしれないと考えて、他の魔獣を探していくことに頭を切り替えたほうがいいだろう。
結果として漁夫れたのだ。
ノーリスク・ノーコストで金が手に入った。
素晴らしいじゃないか。経験値は残念だけど――リルの耳が突然揺れ動いた。
「リル?」
「――何か来る」
一体何が、と言う前に、微かに地響きと草木を踏みしめ枝を折る音が俺にも聞こえた。
現れたのは、歩く木の魔獣――ウォーキングプラント。
なんてことはない雑魚だが、いかんせん木そのものの身体を持つために物理攻撃がとにかく通らない。
斧か大剣で防御を貫くか、火属性アーツで焼くのが常套手段。
メイスと双剣、リルが牽制をしつつ俺が前を張れば倒せないこともない。
再び物音。今度は背後からだった。
もう一体、ウォーキングプラントが現れる。
「挟まれた」
退路を塞がれた形になる。
左右方向に避けるにしても、手に相当する蔦の攻撃範囲は広い。
本来なら後退して扇状のレンジから逃げるのがセオリー。
一体に時間をかけて戦うという作戦はもう成立しない。
速攻で片付ける必要がある。仕方ない、か。
「リル、元の姿で前の奴をやってくれ。その間、俺が後ろを抑えておく」
リルの身体が光に包まれ魔獣態へ移行する。
久しぶりの銀狼の姿。
魔獣態で底上げされたステータスなら軽く捻れるはず。
満タンだったMPが一割移行コストとして消費され、じわじわと減り始める。
こうやって必殺技的な運用で魔獣態を使っていくしかない。
『任された』
魔獣態の姿の時は、リルの声が頭に響くようになる。
彼女が飛び出した直後、プラントたちから蔦がこちらに伸び迫ってくる。
びゅん、と風切り音を立ててしなる蔦。
盾で受け止めた瞬間に弾かれるような衝撃が走る。
当たったら痛いではすまない。
それでも食い止めるためには前に突っ込んで牽制しなきゃならない。
リルにタゲを向けさせないように、二対一にはさせないように。
「くぉおおおっ……!」
薙ぐ軌道から、一直線に伸ばす軌道へ蔦の動きが変わる。
俺を捕えようとしているらしい。
ジグザグに駆け、それらをすり抜ける。躱し切れないものは盾で弾く。
そして、懐に潜り込めたところで胴体にあたる幹へメイスを叩きつける。
「硬っ」
手を通じて響くような痛み。硬い。硬すぎる。
ノックバックはしたけれど、地肌の部分が潰れて削れたくらいでダメージは通っているように見えない。
初級も初級の<フレア・バレット>でいいから、こういう時火属性アーツが使えれば。
蔦が反撃してくる。
盾を構えるが、反動の抜けていない体勢では限界があった。
防ぎきれなかった一部が脚を鞭打つ。
激痛と裂傷。
思わず尻餅をついてしまう。
まずい、このままでは追撃が来る。
「――チェーン・バインド!」
地面から銀鎖が現れ、ウォーキングプラントを蔦ごと縛る。
しかし、状況は決して改善したとは言えない。
動けなくなるから追撃に使うのであって、非常時の使用には相性が悪い。
ギチギチと内側から鎖を引き千切らんとプラントが暴れ、MPが消費されていく。
「リル、そっちはどうだ……!」
首だけ動かして、リルの姿を探す。
『ごしゅじん、これ硬すぎ……!』
蔦で撃たれながらも組みついたリルが幹に噛みついていた。
ダメージは入っているようだが、しかし、その牙が芯まで入っているようには見えなかった。
プラントの防御力が高すぎて、今のリルは貫けないのか。
ステータスが底上げされると言ってもAGI特化。
速度で翻弄し手数で攻めるタイプのリルは装甲を持つ相手を苦手とする――それでも、と考えたのが誤算だった。
鞭打たれる彼女の呻き声が頭に響く。
減少量は微々たるもの。
しかし、スリップダメージのようにHP残量は継続的に減っていく。
彼女はともかく、俺が抑えきれなくなったら決壊する。
減っていくMP。タイムリミットは刻一刻と迫っている。
何か手は――そうだ。あのアーツがあるじゃないか。
つい今日、覚えたばかりの魔獣操師専用のアーツが。
「――ブースト!」
<ブースト>は、一定量のMPを消費し、契約魔獣のステータスにバフをかける支援系の魔獣操師専用アーツ。
最大MPを基準とした割合消費で大体二割ステータス向上の効果が見込める。
攻撃を契約魔獣に依存している魔獣操師にとって、生命線のアーツ。
リルが人間態で居ることが当たり前だったから、すっかり構想から抜けていた。
でもこれで――発動直後、減少していたMPゲージが一気に空になる。
ガクン、と全身の力が抜ける様な感覚。
「な、んで……」
どくんどくんと疼き、絞めつけられるような頭痛。
これはMP切れによる気絶の――。
通らなかったはずのリルの牙が易々とプラントを噛み砕いていくのが見える。
急速にぼやけていく視界。
バキン。何かが砕ける音。
MP切れによって、強制的にチェーンバインドが破壊される音だった。
『ごしゅじん――!』
リルがこちらに飛び込んでくるのが見える。
胸に走る衝撃を最後に、俺の意識はブラックアウトした。
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