第18話 リルの欲しいもの


「リル、機嫌直してくれよ」


 ひしっ、と片腕を抱きかかえられては歩きにくい。

 しかし、彼女は仏頂面で何も答えてくれない。

 

「ほっといたのは申し訳なかったって」


 きっと蚊帳の外にされたのがご立腹なのだろう。

 意思疎通が出来るようになって以来、彼女が何を考えているのかよく分かるようになって、そして分からないことが増えた。


「……今日は狩り、もうしないの?」


「え、ああ……詰め込み過ぎてたし」

 

 この四日間ほど結構詰め込んでいた。


 一日目はアイザックの見極め、それからも戦闘と解体を繰り返す。

 村長から貰った資金が武器と盾とその他もろもろを買い、一日分宿に泊まった時点で底をついてしまったから何としてでも稼ぐ必要があった。


 問題はその他諸々の部分だ。

 解体という概念もなかったから、解体用のナイフとか必要なかったし、インベントリのお陰でリュックは不要だった。しかし、今は当然必要になる。


 ギルドで最低限のものは買えたからよかったものの、冒険者稼業にここまで金がかかるとは思わなかった。

 実際かかっていなかったはず。

 世知辛さをゲームで体感したくはなかった。


「じゃあ、どうするの?」


「そうだなあ……」


 あまり考えていなかった。

 グロッキーになってとんぼ返りしたものの、今日の稼ぎを含めて最低限維持すべき数日の宿代はキープ出来て、多少余裕ができた。


 一旦街に戻って再び狩場に戻るというのも疲れる。

 野営してレベリングもありなのだろうが、もう少し土地勘が出来てからの方がいい。

 かといって宿に戻って身体を休めるというのも時間的に微妙だ。


 こういう時って、時間どうやって使うんだっけ。


 カフェ……はないんだよな。

 本屋は……字が読めないし、なさそう。

 家でゲーム……も、今やってるみたいなものだし。

 

「……休日の過ごし方が分からなくなっている……?」


 なん……だと。愕然とした。

 草を刈りはじめてから、生活サイクルがそこまで変わっていない。


「ごしゅじん?」


「あ、ああ、そう、そうだ。街を巡ろう」


 何かないか、と考えてようやく思い至る。

 ウィンドウショッピングがあるじゃないか。

 買い食い以来、露店もちゃんと見たわけではない。


「……どう、だろうか。一緒に?」


 一緒、という部分にリルの耳が反応する。

  

「うん、一緒がいい……ごしゅじんと一緒」


 むすっとしていた表情が和らいだ。

 良かったとホッと一息つく自分がいる。

 でも、これってなんだかギャルゲーの選択肢を当てたみたいな感じだな、と思う自分もいた。


 初めて来た時にこの街はそこまで大きくない、と感想を抱いた。

 実際その通り。

 十字路になっている中央通りを中心に店があるくらいで、それ以外は正直あまり見るものはない。


 でも、帰り道に街の外周部を見ると工事中と思われる場所がいくつもあるので、この街は今発展途上なのだろうと察する。


 別に鄙びているわけでもなく、それなりに冒険者の往来もある。

 初心者向けの街らしい感じがする。


 個人的にはいきなり巨大な街に放り出されるよりかは、こうやってそれなりの大きさの街を拠点として始めるほうが好きだったりする。


 エンドコンテンツに最初からアクセス出来てしまうような感じがするのだ。勿体ない。

 だったら多少制限があって、そこから要素が解禁された方がのめり込める。


「……人間の姿になって不便だと思うこともあるけど、いいこともある」


「ん?」


「ごしゅじんと一緒にこうやって人がいる場所に行ける」


「ああ」


「ずっとこうしたかった」


 そう言って、リルは目を細める。

 そうか。あの時そんなことを考えていたのか。


「……他にも色々人間の楽しみは沢山あるぞ。もっと賑やかな街もあるし」


「でも、ごしゅじんと一緒じゃなきゃやだ」


「まったくリルは甘えん坊だなあ」


「……ごしゅじんのこと、大好きだもん。ごしゅじんは私の番いつがい


 番いって。

 ようは家族同然に思ってくれているのだろう。

 彼女なりの最大の親愛表現だと受け取っておく。

 と、突然リルの足が止まる。


「どうした?」


「ごしゅじん、あれ……」


 リルの指の方向、日用品を置いている露店だった。

 別に気になるものは置いてなさそうだが。


 しかし、吸い寄せられるようにリルの足が向く。

 そして、ずるずると腕を抱かれた俺も引きずられる格好になる。


「お、おい、いきなり」


「ごしゅじん、あれ欲しい」


「欲しいって……ブラシか?」


 見紛うことなきブラシだった。

 木製の黒い毛のブラシ。

 並べていたおじさんに触っていいか確認して、毛触りを確かめる。


 固めで、結構しっかりした作りな気がする。良さそう。

 リルにも貸してみると、指先でちょんちょん触ってうんうんと頷いた。


「別にいいけど、何に使うんだ?」


「……毛繕いしてほしい」


 照れくさそうに、か細く彼女は呟いた。

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