第16話 魔獣態と人間態
――翌日。俺たちは早速狩場に向かっていた。
「リル、大丈夫そうか?」
「……たぶん」
昨日武器屋で買った双剣を握りしめながら、リルは何度か素振りをして感覚を確かめている。
「でも、やっぱり元の身体の方がいい」
「そりゃあな……」
本来ならば狼の姿で戦闘させたいが、そういう訳にも行かない。
ノウスに向かう道すがら、判明したことがある。
それは、今のリルでは魔獣の姿――魔獣態を維持できないということだ。
魔獣態に移行することは不可能ではないものの、すぐに人間の姿――人間態に解除されてしまう。
この不可解な不具合を分析すると、三つのことが分かった。
・俺のMPが一定値を下回ると、リルの魔獣態が解除される。
・形態維持を含めた魔獣態での全ての行動には、MPを要求される。
・一定値を下回ったMPを無理に使おうとして枯渇させてしまうと、気絶する。
契約魔獣と魔獣操師はMPを共有する。
だから、リルのゲージはHPだけ。
本来、規格外のMPは魔獣操師の俺のものではなく、契約魔獣のためのもの。
必殺技や魔法のような固有アーツを発動するのに使用する。
戦闘中、魔獣たちが繰り出すアーツのMP消費量を見極めて戦闘をマネジメントしなければならない。
それが、魔獣操師での戦闘の醍醐味。
そこまでは現役時代の知識と変わりはない。
問題は形態維持を含めるMP消費ということ。
つまり、通常攻撃はおろか、何もしなくても消費してしまう。
そんな馬鹿な、と最初は頭を抱えた。
魔獣なのに魔獣になれないなんて。
しかし、考えていくうち、想像の範疇ではあるものの思い当たる節はあった。
リルは本来で言えば、当時のレベルキャップだったLv.120に達していた。レベル制限の縛り上、俺もそう。
今、彼女はLv.7。
まだ始まったばかり、という感じ。
しかし、魔獣態に戻るとステータスが異常に高くなる。
Lv.120時代からすれば誤差の範囲なものの、Lv.7時点で破格のステータスであることは間違いなく、その代償としてMP消費が課されているのではないかと推理できた。
そして、当時リルが使えたはずのアーツは全てグレーアウトしている。一種の封印状態。
その推理で行くならば、グリムファングを瞬殺した<風斬>が使用不能になっているのは引っかかるところなのだが、もしかすると救済措置的なものだったのかもしれない。あの時もMPがゼロになっていた。
さておいて、MP切れで気絶するという仕様は改悪なので止めてほしい。
サービス終了したはずのゲームに言っても無意味か。
「申し訳ないが、しばらくは慣れてもらわないと困る」
「ん、この身体でもごしゅじんの役に立てる」
強くてニューゲームだったら無双プレイで色々すっ飛ばして旅に向かえるのだが、それはそれでゲームバランスが崩壊するから致し方ない。
レベルが上がっていけば、MP消費量も低減されるから活動限界時間も延伸されるはず。
「無理はすんなよ」
「分かってる――来るよ」
ぴくっとリルの耳が動いた。
同時に茂みから青い猪が飛び出し向かってきた。
ワイルドボア。ヨルム村近辺でも出てきていた。
あの時はレイドファングにリンチに遭っていたが、プレイヤー目線で相手をするなら突進が痛い相手。
攻撃自体はワンパターンだから、VRにおける戦闘の練習になる。
小ぶりな個体だから、リルも戦いやすいだろう。
突進してくるワイルドボアを、リルは飛び退いて躱す。
しかし、足捌きが若干ぎこちない。
今度はリルのターン。
右手の剣で斬りつける。
血が出てダメージの入った猪が鳴き声を上げるが、どちらかというと威嚇しているような声。
傷は浅く、仰け反らなかった。
斬りつけたところに頭が左右に振られて、リルのお腹が殴られる。
「くっ……」
カウンターを貰うとは思わなかったらしい、たたら足を数歩踏んで彼女の体がよろめく。
一方でワイルドボアは追撃しようと再び突進してきた。
流石に加勢した方がいいか――と、持ち直したリルは間一髪のところでそれを転がって避けた。
「……猪ごときが……!」
ワイルドボアに対峙するリルの表情は険しい。
土を付けられた格好で癪に触ったらしかった。
リルが転進する。
彼女のステータスは、人間態の今でも
そして、反転。
ワイルドボアに疾駆する。
低い姿勢の彼女に、銀狼の姿が重なる。
「狩る……!」
彼女の鋭い眼光は肉食獣のそれだった。
俺ともども猪が射竦められ、怯んでしまう。
その隙に猛烈な勢いで迫っていく。
大地を踏み切って放物線を描く軌道で空を飛ぶ。
そのまま飛び込むように、奴の脳天へ双剣を突き刺した。
突進の勢いそのままに剣先が奥の奥まで貫いた形となって、一撃でワイルドボアは絶命した。
XPが俺にも入る。
――Rilに<武器熟練・双剣>スキルが解禁されました。
おお、リルもスキルを覚えられるように仕様が変わったのか。
専用スキルとアーツだけだったのに。
いや、人間態だからか?
ステータスで見ると確かに解禁されていてスキル経験値が入るようになっている。
じゃあ、武器のアーツも――ざく、ざく、ざしゅっ、ぶしゅっ。
なんだこの音。
「リル……?」
「……よくも……よくも、ごしゅじんの前で恥をかかせたな」
ワイルドボアの亡骸にリルは執拗に双剣を突き立てていた。
「許せない、許さない、ごしゅじんにとって私は一番強くなきゃ駄目なんだ、なのに、なのに、お前、お前……ッ!」
びくびくと痙攣する青い体毛が赤黒い血に染まっていく。
返り血も気にしないリルの目は虚ろで――ぼんやりしている場合ではない。
「落ち着けっ、ど、どうした」
腰を抱きかかえて強引に引き剥がし、肩を掴む。
返り血で大変なことになっていた。
「ごめんなさい、ごしゅじん……」
「いや、謝ることはないだろう? その体は初めてなんだからさ」
「でも、あんな奴に……私は……」
耳が倒れてしまう。どうやら相当ショックを受けたらしかった。
グリムファングの時はともかくとして、本来自分よりも遥かに低レベルな相手にやられるわけがないと思っていたらしい。
意外とプライドが高いのか。
いや、無理もないか。元々強いんだもの。
「しょげるなしょげるな。思い出せ、リルだってちっこかった時あっただろ。こんなこともあったじゃないか」
「それはあったけど……もう違う。本当ならごしゅじんを守れるくらいに強い、こんなやつに絶対負けない」
「負けてないだろう」
ふるふると首を振られる。
ノーダメ、瞬殺が当たり前だと。
「弱くなったのは俺の責任なんだ、リルが気に病むことじゃない、むしろ俺が謝らないとだな」
「違う、違うっ……」
リルは俺の服を掴んで唸った。
「……次は絶対にさせない」
「分かった。だけど、ゆっくりでいいからな。一から鍛えなおせばいいだけなんだから」
押し黙って少し経ち、ようやく、こくん、と首が縦に振られる。
「じゃあ、次の獲物探す」
「待て待て、解体して素材集めてからな」
ぐるる、と不服そうに彼女は喉を鳴らした。
その目は苛立ちの色が濃い。
すぐには納得できない、か。
こういうのは時間をかけて感覚を変えていくしかない。
しかし、彼女の苛立ちの原因が俺のせいだと考えると、リルにこんな思いをさせて、と俺もまた少し苛立ってしまう部分があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます