第15話 通過儀礼


 リルと一緒に買い食いしながら、目的地のギルドに辿り着いた。

 縁日のステーキ串みたいな奴を三本もリルは平らげてしまった。痛い出費だった。


 アイザックに場所を聞くのを忘れていたが、すぐに見つかった。

 しっかりした造りの建物に、剣とペンのエンブレム。ギルドのアイコンだ。


「おお……懐かしい」 


 ギルドとは依頼を受けるための場所であるが、家や拠点を持たないプレイヤーにとっては溜まり場である。


 コミュニケーションの場としての役割を果たすために、飲食店としての顔も持っていた。


 中央に陣取るテーブルに装備を固めた冒険者たちが昼から酒盛りをしている。

 依頼が張り出されたボードの近くで話し込む者。きっと受けるかどうか考えているんだろう。

 そして、隅の方で魔獣の素材を金銭に引き替えている者。買い取り屋の出張所。


 混沌が広がっていた。


「……なんだかうるさい」


「そう言うなよ、過疎ってるよりマシだ」


 そうか。リルはギルドに入るの初めてだっけ。

 契約魔獣はサイズによって入場制限もあった。

 皆には、家で待ってもらってたな。


 プレイヤーは……きっと居ないはず。いや、判別がつかない。

 ターゲットアイコンも出なくなったお陰で、プレイヤーが緑、青がNPCみたいな見分け方がつかなくなっている。


 あまりジロジロ見てしまうと因縁付けられそうなので、そそくさと受付に向かう。

 話は既に通っていたらしい、受付の女性は俺たちを二階、その一番奥の部屋に通してくれた。


「よう、遅かったな」


 アイザックが出迎える。


「色々手間取ってしまって……」


「ま、時間をかけた分見違えたようじゃないか。ええ? まあ座れや」


 手で示された応接用ソファに俺たちは腰を下ろす。

 ニヤニヤとアイザックがリルを見て笑った。


「さて、と。改めてになるが、俺はここのギルドの責任者になる」


 ノウス支店長とか言っていたものな。


「ハウゼンの手紙だと、ヨルム村の魔獣騒ぎを治めたらしいな。助かった、まさか村へ群れで襲撃を仕掛けてくるとは」


 げっ。そんなことを書かれていたのか。

 リルのことは書いてないだろうな。冷や汗が背中を伝う。


「それにしても驚いたぜ、この嬢ちゃんが結構腕が立つとか。格好を見た時は信じられなかったが」


 おお? グリムファングはリルが倒したことになっている?

 事実はそうだが、どうやら詳細は書かれていないようだ。気を利かせてくれたらしい。

 

「……あんな雑種、本当なら食いちぎれる」


「ん、食いちぎる?」


 アイザックが怪訝な目に変わる。

 

「く、食い千切るってのは比喩、比喩ですから。それくらい彼女にとって余裕ということです」


「なるほどな。随分威勢のいいこった。で、仕事を探してるんだろう」


「ええ……旅をしたくて。それにはお金も必要ですから」


「で、冒険者ね。まあ、商人と同じく国の移動には便利な身分だ。身寄りがない奴にとっちゃ、それくらいしか身を立てる術がねえ」


 ちょっとだけ探りを入れてみよう。


「国の移動ってやっぱり制限されているんですか」


「ん? ああ、記憶がないんだったか。商人は通行手形が必要だし、冒険者も最低でも五級にならないと登録した国の外で仕事ができねえ決まりだ」


 冒険者ランクがあることは現役時代と齟齬はないな。

 十級から始まって一級、そして特級、銀級、金級、金剛級。


 しかし、ランク制限なんてあったかな。

 ああ、でもプレイヤーが選べるスタート国家から出るにはクエストを受けないといけなかったし、アプデで条件変わったのか。


「そして、本来は登録料を取ることになっている」


「登録料?」


「一人銅貨二枚、お前らなら四枚。国に依るけどな」


 びっ、と四本指が立つ。賤貨百枚で銅貨一枚だから……二人で賤貨四百枚? 高っ。

 薬草採りで全てを賄うには、約五百本くらいの草が必要になる。

 あの重労働を考えると非常に現実的ではない。


「……冒険者ってのは概ね危険な仕事だ。それに依頼をしっかりこなしてもらわなきゃ商売として成立しねえ。保証料だよ」


 なるほど。合点がいった。

 プレイヤーはともかく、冒険者になるやつはなんらか訳アリな奴もいるだろう。俺たちもそれに含まれる。


 その点、保証料でそれくらい払えるぐらい見込みがあるかどうかでスクリーニングすると。

 案外、ゲームのくせしてビジネスとしてしっかりしている気がする。


「俺たち、今金が」


 村長から貰った残りで払えなくはないし、賤貨が基本的な生活の貨幣基準なのは、道中の露店での様子を眺めているうちに気付いた。


 しかし、今の話を聞くとすんなり出すのは得策ではないと思う。

 不測の事態のため、活動資金は残しておくに越したことはない。


「分かってるよ、本題だ。戦友ダチのハウゼンの頼みだ。登録料は条件付きでタダにしてやってもいい」


「条件?」


「西の森辺りが狩場になってる。そこで指定する魔獣を倒してギルドに買い取りさせろ。期間は今日入れて……そうだな二日だ。出来なきゃ規定通りの代金を貰う」


 二日。実質一日の猶予くらいしかない。意外と時間がない。


「竜を狩って来いなんて無茶なことは言わねえ。そもそもここは危険な魔獣は少ない場所で有名だ。あくまでも魔獣を狩れるかどうかさえわかりゃいい。買い取りで登録料を相殺するみたいな真似もしねえ。既定の手数料は貰うが」


 一瞬だけ浮かんだ考えを否定される。タダ働きはさせないと。


「とにかく、力を見せろってことですか」


「ああ、そうだ。冒険者は腕一本で身を立てる稼業。そもそもグリムファングを倒せる力があるなら余裕、だろ?」


 つまり、半信半疑だから確証が欲しいようだった。


 あんなぼろい格好をしていて、リルに至っては装備もない。まともな武器は俺の剣だけ。

 確かに信用しきるにはちょっと無理がある。



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