第14話 ギルド支店長と身だしなみ
「――お前らか、俺の客ってのは」
詰所。
座敷牢を横目に隅っこの椅子でしばらく待っていると、声が響いた。
現れたのは、頬に刀傷、短く切り揃えられた白髪混じりの髪で歴戦の戦士然とした風貌の男。
安っぽい表現を使うなら、ワイルドなオジサマとか、悪い中年だった。
「ギルドでノウス支店長をしているアイザックだ」
「ハルです、こいつはリル」
手を差し出されたので握っておく。
結構な握力だった。
リルは彼を一瞥するだけで、やや警戒している。
しかし、言いつけは守ってくれていてそれだけだ。
「で……詰所に呼びつけられたから何事かと思ったら」
「すみません、本当ならギルドでお探しするつもりだったんですが……」
「まあ、仕方ねえわな。そんな格好なら。そっちの獣人の嬢ちゃん、物乞いか逃亡奴隷に見える」
何をそこまで、と彼の視線につられて見直してみると否定できなかった。
逃亡奴隷か。
首を傾げるリルの顔立ちは整っているし、逆に只事ではなさそうな感が出てしまっているのか。
そういえば奴隷制なんてレーティング的に駄目だった気がするが、いつの間に世界観に組み込まれたんだ。
「手紙は見せてもらった。確かにハウゼンの野郎の筆跡だし、あいつらしい文章だからこちらとしても疑う気はねぇ」
「じゃ、じゃあ……!」
「話はつけておいた。街に入っても問題ない」
良かった。ほっと一息つく。
いきなり旅が終わるところだった。
「だが」
腕を組まれてしまう。
「だが?」
「……ギルドに来る前にもう少し格好をどうにかしてこい。中央通り沿いの四つ目の角に古着屋がある」
溜め息を吐くアイザックに、俺は曖昧に笑うしかなかった。
一旦アイザックと別れ、中央通りと呼ばれた大通りに出る。
土や岩の道ではなく、石畳の街路だ。挟むように置かれた露店がひしめき縁日のようにも見える。
そして、道に沿うようにまばらに建つ木造や煉瓦作りの建物。文明度が一気に引き上がった。
東京と比べれば村みたいなものだが、この久しく忘れていた喧噪と街という概念。大変いい。
息を吸い込む。
草木の匂いだけではない。
色んな匂いが混じっている。
「……娑婆の空気は旨いなぁ……」
「しゃば……?」
おほん。
意図しないタイミングでの指摘は少し恥ずかしくなるものだ。
リルと二人で通りを歩く。
ちらちらリルを見てくるものはいるが、すぐに興味を無くしてしまう。
露店を眺めてみると、色とりどりの果物、サンドイッチのようなもの、ちょっと不格好なアクセサリー、その他もろもろ。
「じゅるり」
涎を啜る音で隣を見る。
啜っても啜ってもだばだば出てしまうのか、目を輝かせたリルの視線が食べ物を置く露店たちに奪われ、虜にされている。
ずっと硬いパンとからっからに干された薄い肉しか食べていない。
文句を言うことはなかったが、それはそれとしてずっと食に飢えていたんだろう。
「服買ってから、な」
「ごしゅじん、約束だからね」
ぎゅっと腕を抱き、ぱあっと一段と輝かせた目を向けてくるリル。
スーパーでお菓子をねだるこどもと親のやり取りと被る。
仕方ないな、と思いつつ、まあいいかと思わせてしまう心理はこういうことか。
目線の高さはそこまで変わらない、見た目はちゃんと女性なのに。
アイザックから紹介された古着屋に到着する。
角にあると言っていたが、正確には少し入ったところだった。
店内に入る。
最初に黴臭いというか繊維の古い臭いが出迎えた。
客は俺たちだけ。
店員も積極的に話しかけてくるような服屋のテンプレではなく、奥に居て俺たちを見ているだけ。個人経営の古本屋を思い出した。
アレルギー持ちの人だったらくしゃみが止まらなくなりそうな場所。
リルは一瞬、少しだけ顔をしかめる。
ああ、そうか。狼はイヌ科だから。
店内にはぎっしりと古着が押し込まれていて、服を置いているというより布を置いているような状況。
下北沢とかにある古着屋のタイプではない。
あれはヴィンテージ。
「ぼろい装備品を売ってるのはあったけど、これは中々……」
適当に摘まみ上げてみると、ヨレてしわしわ。
ところどころほつれている。
こっちは穴も空いている。
服にも耐久値という概念はあったけれど、店売りのものは新品のものが基本。
こういうダメージ品でもそういうロールプレイ向けのものであって、新品。
手に持ったこれは本当に中古なんだなと思わせる。
こういった部分でも、リアル志向は変わらない、と。
新品の衣服を買う歴史の方がまだ浅いことを踏まえると、新品の服屋では一体いくら吹っ掛けられるのだろうか。
そもそもそういえば、フィフスマギナの世界観というか文化的なものってどこら辺まで設定されていたんだっけ。
「……どうかした?」
「ああ、いや、なんでもないよ。着れそうなもの探そう。ほらリルも探してみろ」
考察というか色々考えたくなってしまう。
元々、凝り性だった。
というか、凝り性じゃないと魔獣操師は出来ない。
物珍しそうに見ているだけで全く手の動いていないリルを先導して、服を探す。
一覧から選べないというのは、この物量では結構面倒くさい。
だけど、現実世界基準で考えれば当たり前。
掘り出し物探し、宝探しと考えればちょっとだけ楽しくなってくる。
「むー……なんか違う」
優先すべきはリルの服だ。
あれだけ興味がないというかピンと来ていなかったはずのリルがここにきて覚醒する。選り好みをし始めた。
「さっき沢山居た人間の格好は、合わない」
「おしゃれさんめ……」
襤褸姿でも気にならなかったくせに、待ちゆく人々の着る無難なデザイン、というのにはあまり興味がないらしい。
狼状態の時もなんか服とか着たかったのかな。
犬用ベストを着るリルの姿を幻視……あの大きいままだとちょっと間抜けだ。
子犬くらいの時の小さいサイズ感であれば可愛い。
「ごしゅじん? なんか変なこと考えてない?」
「い、いや?」
胡乱な視線。勘が鋭い。
「……うん、いい感じ」
改めて、リルが新調した自身の服を見て、ふんすと息巻いた。
ようやく店を出られた。
なんだかんだ相当時間がかかったような気がする。
女性の買い物は時間がかかるというのを身をもって実感できた。
「どう?」
リルの服装は、言うなれば踊り子衣装と女盗賊衣装の合いの子のようなものだった。
足回りは裾の拾いゆったりとしたパンツにショートブーツ。
上半身はタンクトップにカーディガンのような羽織りもの。
色合いは白とか黒とかモノトーン基調。
茶色とかくすんだ色ばっかりのあの中からよく見つけたなと感心してしまう。
「良いと思う、似合ってる」
女性ものの服の評価に関するボキャブラリーを俺に期待しないでほしい。
全体的に軽装で動きやすそうで、リルらしい。
しかし、露出度が高い。
お腹周りががっつり見えている。
綺麗なくびれと薄く入った腹筋のラインがよくわかってしまう。
改めてリルの人間の姿が細身で引き締まった身体つきだということを認識させられる。
「ごしゅじんも似合ってる」
「そりゃどうも」
村人Aみたいな格好は卒業しようと思って、ついでに新調してしまった。
といっても、メロスよろしく、私には服は分からぬ状態だ。
無難に襟付きシャツにジーンズっぽい厚手のズボン、そしてロングブーツ。
足回りには苦い思い出があるので一番頑丈そうな奴にした。
靴の中の臭いについては、後で洗う。絶対に洗う。
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