第13話 ノウスの街へ


「――やっと見えてきた……あれがノウスの街かぁ……」


 小高い丘からようやくノウスの街と思われる場所を拝むことが出来た。


 遠目に見える円状に伸ばされた街並み。

 そしてそれらを囲う壁。きっと魔獣対策か何かだろう。

 まるで城のように見える。


 全体像が見えるということはそこまで大きくなさそう。

 しかしヨルム村と比較すれば遥かに大きい。


 十字に街道らしきものが走っていて、まばらに人や荷車のようなものの動きが見て取れた。


 長かった。食事や休憩を入れて大体一日半。

 人間、ゴールが見えてくると疲労が出てくるものだ。

 ついつい腰を回してしまう。


 するとリルが俺の仕草を物珍しそうに見て、真似する。

 おっさん臭かった。恥ずかしいので止めなさい。


「しっかし、本当に歩いて二日かかるとは」


 実際は二日半かかっている。

 純粋な徒歩行軍というのは初めての経験だった。

 日中は歩き、道中川があれば皮袋に水を組み、そして夜は焚火をしながら交代で番をする。

 我ながら良くやれたものだと思う。


 村長が、火打ち石だとかくれた荷物の中身に気を利かせてくれていなかったら、確実に野垂れ死んでいた。


 今更な話、距離感もリアル準拠になっている。

 薬草を採りに行った時もそこそこ歩かされた。その経験が活きたのだ。


 リアルな世界観と話は評判だったけれど、長時間移動を強いられしんどいというゲームがあった。

 長時間プレイが出来ないプレイヤーからすれば最悪でしかない。

 なんでもかんでもリアルにすればいいというものではない。

 

「ま、本当に今更だよな……」


 リルが首を傾げたので頭を撫でる。

 狼の時と変わらず目を細めて、掌に頭を擦り付けてくる。


「あと少し、行くぞ」


「ん」


 それに、彼女が居たから心細いということもなかった。

 キャンプ兼遠足、そんな感じがしてそれはそれで楽しかったと思える。


 壁の向こうが見えなくなるまで街道を沿い、ノウスの街に近づくと突き当りの部分にちょうど人が溜まっていた。


「さて、と……やっぱあるよなあ」


 検問だ。

 空港や国境のような物々しさはないけれど、兵士はちゃんと居る。


 兵士たちに街に向かう人々は何かを見せたり、何かを渡している。

 荷車の時は見るパターンとそうでないパターンがあるな。


 通行許可証が要るのか、はたまた顔パスが許されるのか、あるいは。


 いきなり捕まったりしないよな。

 並んでいる奴の格好は多種多様で普通の服だったり、ちょっと汚れていたり――と、思わずリルの格好を見直す。


 服というより外套を羽織っているような姿。

 裸よか遥かにマシなのだが、その中は素っ裸。痴女だ。

 麻のサンダルは履いているが、歩き慣れないからと転んでしまいサンダルだったものに様相は近い。


 不味い気がする。どくんどくんと心臓が脈打つ。


「――次。どうした?」


 いつの間にか俺たちの番になっていたらしい。

 強面の兵士というわけではないのだが、入国審査中特有の謎の緊張感が身体を縛る。


「二人か?」


「はい」


「通行税、賤貨六枚だ」


 通行税を渡していたのか。

 賤貨を財布代わりの布袋から六枚取り出す。

 税を受け取った兵士は俺たちをしばらく見続ける。

 疑われている? 動揺を抑えるので精一杯だった。


「……通れ」


 良かった。文字通り関門は超えた。

 冷や汗でどうにかなりそうだった。

 そそくさと俺とリルは街に入ろうとする。

 

「待て、止まれ!」


 背後からの声に全身が跳ねる。

 振り返ると先ほどの兵士が俺たちに寄ってきていた。


「あ、あのう……通っていいんじゃ」


「お前はともかく、隣の獣人、だ。随分と格好がみすぼらしいな」


 なんて言い草だ、と言い返しそうになるが事実そうなので何も否定できない。

 むしろ突っ込まれるべきところに突っ込まれている。


「い、色々とありまして……」


「色々、とは?」


 ちらり、とリルの方を見る。

 人の姿を取るようになってから約三日。

 リルについて分かったことがある。


 すっとした冷たさのある鋭く整った顔立ちのせいで表情が分かりにくい。


 しかし、目は別だ。

 親の仇、と言わんばかりの視線を兵士に浴びせかけている。

 不機嫌な時はかなり分かりやすい。

 明らかな威嚇に兵士の顔が引き攣り、リルの方に向かう。


「ごしゅじんの邪魔を――」


 あっ、不味い。このままだと掴みかかる。

 何か手はないか。


「――あっ、えっとですね。そうだ! 手紙!」


 飛び込むように兵士とリルの間に割って入る。

 必死で袋からお目当てのものを探り当て、殴りつけるように兵士の胸に手紙を差し出した。


「ヨルム村の村長から紹介を受けてきました! 紹介! えっ、えっと確かそう、ギルドのアイザックさんへ!」


 封蝋もしてあるし、ゲームのベースと思わしき中世や近世の時代感からしてまだ印章が証明になりえたはず。


 俺たちは怪しいものじゃない。

 そう、怪しいものじゃない。アヤシクナイヨ。


「アイザックさんに?」


 実名を出したことで兵士の声音がやや柔らかくなる。

 有名な人物だったのか。

 強引に受け取けとらされた手紙の封蝋を見て、首を傾げ、そして唸る。


「……俺じゃ判断がつかん。とにかくアイザックさんを呼んでくるから、二人とも詰所に来てもらおうか」

 

 ああ、ですよね。普通、そうですよね。


 リルを見る。

 イライラが尻尾にまで伝播して、逆立っていた。

 さらに背後から彼の首を折ろうと狙いを定めている。


 気付かれないうちにそれとなく防ぐ。

 そして、俺が良いというまで絶対に何もするなと耳打ちをする。


 どこかのタイミングでもう少し常識とか知識を教えてやらないと。


「妙な真似をしたら拘束するからな」


「はは、あはは……はあ」


 タイミングよく振り返られた。

 まるで俺が怪しい動きをしたように勘違いされた。

 違う、むしろ俺は止めようとしたんだ。


 ヨルム村といい、ここといい、どうして俺は毎回疑われなければならないんだろうか。

 項垂うなだれるしかない。


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