第5話 狼との再会
村長からの依頼――魔獣がうろついているから薬草採集に行けず、代わりに行ってほしい。
毎日ニ十本目安。
「くそっ、これ硬いくせに滑る……!」
ざくっ、ざっ、ざざ……くっ。
やや錆びついたナイフでは草の繊維質を切ることすら中々難儀する。
しかも中身の粘つきでより切りにくい。
薬草採集? 余裕余裕なんて思っていた自分を殴りたい――いや、ゲーム性を変えてきやがった運営をまずは殴るべきか。
採集は対応する道具で何回かアクションすれば、自動的に素材になるシステムだった。
例えば、木材が欲しければ斧で五回叩くとか。
けれど、どういうわけか今のフィフスマギナの仕様だと完全にリアル準拠らしい。
耐久値も出てこないし、ようやっと切り落としたものもアイテム化してインベントリに入ってくれない。
「いや……インベントリがないんだった」
ステータスを開く。
インベントリタブそのものがないのだから、収納のしようがないんだろう。
借りた布袋に詰めていく。
薬草――春菊みたいなザ・草、という一般的なゲームのお決まりに反して、フィフスマギナではアロエのような多肉植物。
細かい設定を知らなかったが、この中身のナタデココのようなゼリー質に薬効があって、滑らかになるまですり潰して煮詰めると簡単な傷薬になるらしい。
「三本目なのに、<採集>スキルも覚えないし……」
所定のアクションをする回数を減らし、収集可能数を増やす<採集>スキル。
記憶の限り一回でも採集をすれば覚えて、スキルレベルを鍛えていくはずなのだが、一向に覚えない。
スキルタブには相変わらず<魔獣契約>のみ。
「で……五本で
ユルドが単位だったはずなのに、ここも改変されている。
賤貨、銅貨、銀貨、金貨――指の太さほどある肉厚の葉五枚で賤貨四枚。銅貨一枚は賤貨百枚ほど、と聞いた。
銅貨一枚を得るには百二十五枚?
とりあえず、利益率二割と考えて、食事代という人件費が薬草十六本分。
賤貨にして十二枚で村一日の暮らし……駄目だ、こんな計算してもとりあえず金にならないのだけがよくわかった。
「採集でレベルも上がらなくなってるのは痛いよなあ」
<Haru 魔獣操師 Lv.1>という視界の左片隅にちらつく、HPMPと並ぶ第三のゲージ。
戦闘以外でも経験値が貰える仕様だった。
そのはずが、残念なことにドットすら溜まっている気配がない。
打たれ弱い魔獣操師の序盤は、とにかく戦わずにレベリングするのがセオリー。
戦闘はレベルに
どれだけ運営は魔獣操師を虐めたいんだ。
「経験値が貰えないとなると――」
――ガサガサ。近くの茂みで音が立つ。
そして、ぴょこんと現れるホーンラビット。
「戦闘で稼げってことだよな」
きゅう、とホーンラビットが俺の問いに応えるように鳴いた。
何がきゅう、だこの野郎。
ボロボロのナイフを構えると、兎畜生も臨戦態勢で角をこちらに向けてくる。
どうしても戦闘をするとなれば、いけそうな奴を倒していくほかない。
それに薬草採集以外でも代金に換えられるだろう、毛皮とか肉とか――狼が食い殺した光景がフラッシュバックする。
「今は……考えるな、俺っ」
プレイヤーが殺した場合は大丈夫さ、きっと――。
と、意識を外していた一瞬をついてホーンラビットが飛び込んでくる。
兎は跳ねるというが、奴の場合は飛ぶ。
俺の胸の辺り、心臓目掛けて自慢の角を突き刺さんと迫ってきた。
殺意が高いし、早い。
だが、目で追えない訳じゃない。
「よ、よぉし!」
それでも怖いものは怖い。
おっかなびっくり、ガニ股ステップで大きく躱す。よし、躱せた。
当たらなきゃいいのだ。目と身体を慣れさせる。
挑発しながら、めげずに飛び込んでくる兎と戯れる。
「いける……!」
そして、タイミングを見切りきったと判断。
最初より随分勢いの無くなった奴の飛び突きのすれ違いざま、目を瞑って思いっきりナイフを突き出す。
最初の感触は弾力があって、そして、何かを貫いた感覚だった。
――腹に思い切り刺さったのだと気づいた時、ナイフを離して目を開く。
どすん、と俺の目の前にホーンラビットがもがいていた。
腹部に突き刺さったナイフ。
どうなっているのかとそれを直視してしまった瞬間――気持ち悪さがこみ上げてくる。
足が後ろに下がっていた。
倒されたものは必ず光の粒子になって跡形もなく消えていた。
その後、ドロップ品一覧が出てくる。
淡い期待だった。
じたばたともがいていたホーンラビットが動かなくなる。
その瞬間、動かなかったゲージが僅かに溜まった。
――<
「……何が解禁だ、リアル寄りにしたいのかはっきりしろ……うぷっ」
視界に出てきたシステムメッセージを振り払い、亡骸に近づく。
吐きそうになるのを堪えて、ナイフを抜く。
ぐちゅり。その感触と音を聞いて、もう駄目だった。
どうにか口を兎に向けずに吐くことに成功する。
「……うう、グロすぎだろ」
白を染める赤。
それに罪悪感が尋常ではない。しばらく肉が食えそうにない。
食物連鎖を引き合いに出す人間がよくいるが、この光景を見てそれとこれとは違うだろ、と言いたくなる。
規制の大切さが少し分かった。
リアルすぎても駄目だ。ゲームにならない。そして、運営が恨めしい。
そして、案の定というかやはりというか、ドロップ画面が出てこない。
薬草同様、自分で解体しなきゃならないらしい。
「いや、無理無理……」
出来る訳がない。
何ならこのままにしていたら、蠅が集って腐りそうなくらい生々しいのだ。
「……諦めよう」
角だけ切れば、と思うが、このなまくらナイフじゃ折れそうにないし、この場で長時間に居ることも厳しい。
勿体ないが、経験値は入ったのだ。骨折り損にはなってない。
ただ気分が悪い。村に戻って、少し休憩しよう。
そう思って踵を返そうとした瞬間、風が強く吹く。
――直後、音もなく、灰色のあの狼が俺の前に現れた。
まさか、また出てくるなんて思いもしなかった。
どこかに逃げたとばかり思っていた。
勝てる見込みはないが、ナイフを構えるほかない。
狼はぐるぐると喉を鳴らして、俺を見ている。
視線を外せば一気に飛び掛かってきそうだ。
お互い動かない。俺は動けない、というのが正しい。
そして見合ったまましばらくの時が経つ。
しかし、狼はこちらをじっと見つめるばかりで襲い掛かってくる気配がない。
ナイフが怖いのだろうか。いや、こんなにデカい癖にそれはないだろう。
そもそもこれでダメージが入るのかすら怪しい。
しかしだからと言って、襲い掛かられても困る。
「ん……?」
ふと、狼の視線がちらちらと俺から外れ始めていることに気付く。
その方向には、俺が倒したホーンラビット。
「もしかして……お前腹が減ってるのか?」
抜き差しならない緊迫した状況ながら、つい口に出てしまった。
言葉通じないはず――いや、頷いている! はっきりと首肯している。
人間の言葉を理解できるのは、一部のイベントボスや人型のものと、あるいは契約魔獣くらい。
つまりこいつは、何らかのボス相当でレベルにすれば三十、四十くらいあるのでは。
何でそんな奴がこんな牧歌的な村の近くに居るのだ、とツッコみと共に俺の中の脅威度が劇的に上方修正されるが、同時に一つある可能性が浮かぶ。
「その肉くれてやる」
耳と尻尾がぴくんとはねた。
分かりやすいくらいの反応。
「だが、条件がある。俺を襲うな、それならくれて――」
言い切る前に、がう、と狼は吠えた。
随分あっさりとした交渉成立だった。
拍子抜け。だがそれでも気を緩めない。
隙を見せたら飛び掛かってくるかもしれないのだから。
ゆっくりと俺は下がりつつ、ナイフでホーンラビットを指し示す。
すると、奴はのしのしと近づいてきて、兎を食べ始めた。ここで食うのか。
「お前、おまっ、ああ……っ」
目を逸らしたいが、出来ない。
モザイクをかけてしまいたいほどの生々しい食事風景に反して、奴は立てた尻尾を揺らして実にリラックスして食っている。
だが、チャンスでもある。
夢中になっている隙に俺は一目散に逃げ出す。
「はっ、はあっ、ふっ、ふう……い、居ないよな?」
とにかく走って走って、村の近くまで辿り着いた時に後ろを見る。
約束を守ってくれたのか、狼はピタリとくっついているなんてことはなく、その姿はどこにも見えない。
「それにしても……あの尻尾の癖……そっくりだったな」
データが消える前、俺が最後に契約した魔狼――アイツもあんな食べ方をしてたっけ。
ふと蘇った過去に、懐かしさともう会うことのできない寂しさを覚えた。
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