第4話 ヨルム村



 鳥の囀りと窓から差し込む陽光で目を覚ます。

 最初に目に入ってきたのは、馴染みのある俺の部屋の丸形蛍光灯ではなく、木造の天井。


 知らない天井――ではなく、ヨルム村の隅っこにあるあばら家のもの。取り壊そうとする前のものを貸してもらっている。


「やっぱり、ログアウト出来てない……」 

 

 上体を起こす。気絶で駄目だったから、期待はしていなかった。

 しかし、寝落ちログアウトも許されないという事実は、いよいよもって底知れぬ不安を呼び起こす。


「……どうしよう、こうなるとギアを引っぺがすしかないよな……」 


 最後の手段は誰かが俺のギアを外して、強制的に接続解除するのみ。

 しかし、ログインしたあの日は金曜日――土日に会社からの連絡は来るだろうが、一応休み。

 出れなかったとしても、気を付けろで終わってしまう。


 仕事が忙しすぎて、友人とも疎遠になってしまっている。

 家族は、この年になってそんな頻繁に連絡を取り合うほどでもない。


「つまり最低でも、あと二日か三日はログアウトが出来ない……」


 項垂れる。月曜日は俺が無断欠勤したことになりそう。


 次の火曜日がチャンスか。

 流石に二日も無断で休めば職場が家族に一報入れて、部屋に押し入る流れになるはずだ。


 あるいは俺のようにログアウトできない奴が他にも居て、運営会社が警察に相談するかあるいは――。


「そもそもサービス終了って言ってて、何でサーバーが落とせてないんだよ」

 

 そもそももう二時間以上経っている。

 フィフスマギナの時間設定は、現実世界の半分。十二時間で一日だった。

 だから、ゲーム時間で半日経っていれば、現実世界では六時間経過していることになる。


 やっぱり人気だから止めますとか? 

 冗談じゃない。炎上するぞ。広告まで打っておいて。

 

「はあ、でも身体の調子はすこぶる良いんだよな」


 ちゃんと眠れた感覚があり、頭も冴えている。

 ほとんど気絶して眠っても、目覚ましよりも早く起きてしまうのがデフォだったリアルよりも、随分と健康的だった。

 藁の上で眠るのはどんなもんだろうと心配していたが、案外適応力はある方だったらしい。

 

「村長のところに行こう」


 突然のロスタイム。

 だけど、最低三日はこの村での生活に馴染む必要がある。

 村長の信頼を失うことになれば、大変なことになるのだから。


 俺が気絶して運び込まれたときにはもう夕方で、電灯なんて代物がないこの村は薄暗く全容を把握することは出来なかった。


 改めて朝に村を見てみると、随分と牧歌的な印象を受ける村だった。

 襲われる前に見た風車塔に、まばらに建つ家々。

 畑もいくつかあって、村人たちが手入れや収穫を行っている。


 服と一緒に貰ったボロい靴の履き心地の悪さに若干難儀しながら歩いていると、村人の視線がこちらに向く。


 明らかに警戒した視線。

 会釈するだけするが、すぐにそっぽを向かれてしまう。


「……村社会、ってやつか」


 余所者来るべからずの雰囲気が凄い。

 村長の家は村の中心にあり、他の家と比べると多少頑丈そうに作られていて、立派に見えた。

 ノックすると、すぐに村長が出てくる。


「昨日は良く眠れましたかな」


「ええ、お陰様で。食事もすみません、助かります」


「いえ、いいのですよ。一人より二人で食事をする方が楽しいですからな」


 朝食は、粥状の何かだった。

 食べてみる。これは……オートミール?

 味は正直塩味以外感じられない。後はミネラル感が強いというくらい。

 しかし、温かい食事というものは活力が出る。


 味覚も処理を食うから、俺が現役の時は死ぬほど甘いか死ぬほど辛いかくらいしかなかったのに。


「それにしても……その、村の方は随分と私を警戒してますね。無理もないのは重々承知ですが」


「私以外のものはあまり村の外にも出ない者たちばかりですから。それに」


「それに?」


「時期が時期なのですよ。村の近くまで魔獣が出てくるというのは今までありませんでしたから」


 苦笑する村長、しかしその目は真剣だった。


「元々ヨルム村はノウス領の中でも安全な場所でして。森さえ入らなければ時々魔獣が畑を荒しに来ようとするくらい」


 ノウス領……領地制なのか。じゃあ、貴族がいる?


「ギムリ、という男が居たでしょう。奴が若い衆を引き連れて村の外で狩りをして間引く、それくらいで十分だったのです」


 なるほどあの首絞め男は荒くれものっぽかったが、狩人ポジションで村の警備を担っていた、と。そりゃ警戒もする。


「今は十分ではない?」


「ええ。ホーンラビットくらいなら可愛いものですが、狼型の魔獣が目立つようになりましてね。貴方を襲っていた魔獣も狼型で大きかった。群れのボスじゃないかと疑っているのですよ」


 ボスが何らかの理由で村を襲いに来ないか心配、ということか。経緯が掴めてきた。


「しかし、今のところはそのようなことになっていないので粛々と生活するのみです。ギルドに依頼するにもお金が足りないですから」


 ギルド。知っている単語が出てきたぞ。


 個人から頼みごとをされたり、様々な仕事を斡旋するギルドから依頼を受けて報酬を得るのは、フィフスマギナのゲーム進行法の一つ。

 他にも行商人プレイ、盗賊プレイなどVRというジャンル以前のMMORPG的プレイ方法は網羅されている。


 それにしてもギルドか。

 その仕組みを社会人になった今、改めて考えてみると人材派遣会社の一業態だな、と思ってしまうから染み付いた社畜意識というのはつくづく嫌になる。

 

「朝から辛気臭い話をしても仕方ありませんね。さて、早速仕事ですが――薬草を採ってきては貰えませんか?」



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