第3話 ニューゲーム



「――どうするんだ、村長。連れてきて……」


 声が聞こえた。


「仕方ないだろう、見捨てるわけにもいかない」


「でも、こいつ裸だぞ。犯罪奴隷だったら……厄介事はごめんだ!」


「奴隷は紋章がどこかに必ず付いてる。それはないだろう」


 犯罪だの奴隷だの、不穏な単語が飛び交っている。

 そういえば、さっきまで何をしていたんだっけ。確か俺は狼に襲われて――段々意識が覚醒していく。


 ああ、気絶したんだっけ。じゃあ、ログアウト出来たのか。

 この声はテレビか何かの――目を開ける。


「……え?」


 目の前の光景は、ワンルームの俺の部屋ではなく――知らない部屋の中。

 三人の男が俺のことを見下ろしていた。

 そして、視界に映るHUD――ここはゲームの中ということ。何故、ログアウト出来てない。


「やっと、気が付いたか」


 一番近く大柄の男が俺を睨みつけ、首を掴まれる。苦しい。

 抵抗しようとして、全裸のままで椅子に縛られ座っていることに気付いた。

 ログアウト出来ない上に何かのイベントに巻き込まれた? 


「ちょっ、いきなり何を……ぐうっ」


「さあ、どうしてあんなことになってたか説明してもらおうか」


「俺は何も……」


 ぐぐぐっ、と力が強まる。本気で首を絞められている。

 不味い、本当に呼吸が出来なくなって来ている。

 プレイヤーなら頭上にアイコンが出るはず。

 けれど出てこないということはNPC。だったら――。


「――じ……GMコールっ……!」


 フィフスマギナのNPCには、運営側の緊急窓口になる機能があった。

 これを使えばイベント中だって、NPCの動きが止まって――止まらない。何で。


「こいつ、まさかアーツを……!」


「が、ああ、あっ……」


 死ぬ。視界が赤黒く染まっていく。

 カウントダウンと言わんばかりにHPが減っていく。

 

「――ギムリ、もういい! 殺す気か!」


 男の腕を初老の男性が止める。

 首絞めが解除されて、一気に空気が入り込み噎せる。視界のHPが元に戻った。

 

「でも、村長。こいつをこのまま」


「お前たちでは話にならん! 後は私がやる。戻っていなさい」


 村長と呼ばれた初老の男性が一喝し、首を絞めた男ともう一人の男が部屋を後にする。

 そして、村長は俺の縄を解き始めた。

 

「申し訳ない。こうでもしないと、今の村は納得しないのですよ」


「村……?」


「ええ、ここはヨルム村。村長のハウゼンと申します。魔獣に襲われていた貴方を運んできたのです。服を持ってきましたから」


 ヨルム村、聞いたことのない村の名前だ。アップデートで追加された場所か。

 拘束から解放され、俺は手渡された服を受け取る。

 手触りからして麻製の服。下着の類はなく、そのまま着る。

 チクチクして痒い。しかし、全裸よりマシだった。

 

「ありがとう、ございます……」


「水もいりますか?」


 水の入った木のコップを渡される。

 素直に受け取ろうとして、手が止まる。毒とか入ってないよな。


「毒なんて入ってませんよ」


 そう言って村長は一気に飲み干した。

 安心した俺は水差しから再び注ぎ入れられたコップの水を飲み干す。


 冷気が喉奥に沁み込む。旨かった。

 ログインしてから水を一滴も飲んでいなかったことを思い出して、二回おかわりしてしまう。


 喉が渇く、か。

 ゲーム中の生理現象はある程度ブロックされている。

 ダイブ前に水分をとって、トイレに行けと注意喚起されるのだ。

 だから、喉が乾くわけもないし、腹も――ぐう。

 腹の音を聞いて、村長は微笑んだ。恥ずかしい。


「大したものじゃありませんが、迷惑料と思ってくだされ」


 麻袋からパンが取り出される。フランスパンみたいに堅焼な丸っこいパン。

 かぶりつく。見た目以上に硬い。

 しかし、何度も噛みついて齧る。

 ボソボソしてあまり美味しくなかったが、空腹には沁みた。

 

「落ち着きましたかな」


「……ええ、本当に助かりました」


 もう一脚、隅から持ってきた椅子に腰掛けた村長と向かい合う。

 なんだか学校の先生を前にしている気分だった。

 

「まずは、貴方のお名前を教えてください」


「ハル、です」


「では、ハルさん。何故あんなことになったのか、教えていただいても?」


 状況……といっても、ゲームの中でログアウト出来ないと言っても通じないというのは、あのギムリとかいう男の態度から見ても分かってしまった。


 NPCの緊急通報機能も死んでいるとくれば、もうゲームからどうやって運営に連絡すればいいというのか。本当に不具合に当たってしまったのか。

 

 そして、村長が俺を助けてくれたのは間違いないが、状況次第で俺はこの村から追い出されかねない。


 追い出されて待っているのは魔獣だ。

 武器もなく、またあんな狼に出くわしてしまったらと思うと、あのリアルな血を思い返すと、恐ろしすぎる。


 じゃあ、魔獣に殺されてHPがゼロになれば、ログアウト出来るかもしれない。

 けれど、痛覚が現実同様のものの今、とてもじゃないが自殺に及べる勇気はない。

 首を絞められたのは人生初めてのことで、あんなに苦しくて怖いと思わなかった。


「……実はあの狼に襲われる前――」


 色々考えた結果、ゲームログイン直後から狼に襲われるまでを正直に言うことにした。


 ステータスがリセット食らっただとか、契約魔獣が居ないだとかそんなシステム的な部分は除いて。言っても伝わらないと思った。


 変に誤魔化すよりちゃんと言ったほうが信用してもらいやすい。

 営業の経験上、よくあることだった。特にトラブル対応の時。


「では、草原で目を覚ます前のことは?」


 そりゃそうなるよな。

 でも草原で目を覚ます前、東京の自室に居たんだ。

 ゲーム世界の人間が、現実世界の話を理解出来るわけがない。

 メタネタ過ぎる。


「……もしかして、記憶がないのですか」


 沈黙を別の意味に解釈してくれたらしい。

 記憶喪失、か――その設定で行こう。

 

「ええ……名前以外のことは正直、何も。自分も何でこうなっているのか」


 自分に言い聞かせる。

 ログイン前の記憶はこの世界においてはなかったこと、つまり今の俺にとっては草原からの記憶が始まりということ。


 これを人は詭弁というが、嘘ではない。

 村長はしばらく俺の言葉を頭の中で反芻しているのか、沈黙する。


「――それは、大変でしたね」


 そして、村長は憐れむような表情に変わる。

 フィフスマギナのNPCの思考ロジックは高度であるが、基本的に信用度というパラメータで態度が決定される。 


 どうやら、俺のことを信用してくれたらしい――会話の主導権を握るなら、今しかない。


「……あの、もしよろしければ、なんですが」


「はい」


「村にしばらく泊めさせてもらえないでしょうか。そのかわり、泊めさせてもらう間、何か村の手伝いをさせていただくという条件で」


 プレイヤーなら村のどこかで雑魚寝するのも自由なゲームであったが、今はそういう訳に行かない。


 ここは現実世界と同じ価値観で考えるべきだと思った。

 タダ飯食らいで村にしばらく泊めてもらうことは難しい。

 

「そう言っていただけるとこちらとしても助かります。正直な話、今は余裕がある訳ではないので……」


 手を差し出される。まるで商談のようだった。

 躊躇うことなく、その手を握る。

 温かくて、硬い皮膚の手。

 NPCとは思えない、人間の生の感触だった。


「ヨルム村は貴方を歓迎します」


 その言い回しは――序盤の街イルガルタの衛兵が、最初に入ってくるプレイヤーに言うものとそっくり。

 リセットしてニューゲーム、か。


 ――それにしては随分とハードモードだろうに。


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