第2話 奉行、西洋の妖を斬る


「・・・ここが、例の地か」

夜、戊の刻。

光は月明かりだけ、長めの草が多く生える平原にツバキは立っていた。



「・・・この近くに、魔物・・・否、妖が出るのです」

「妖、だと・・・!?」

俄には信じがたい一言。しかし、歴戦の者と思えるこの老人から、嘘を言っている気配や、は一切見えない。

「ええ、妖にございます。ヤマトのそれとはまた違った妖が、人々に仇為すのです」

それを聞いては、ツバキは黙っていられない。



かくして現在、何一つとしてあやかしの気配は無い。

(・・・騙されたか?いや、私が感じれていないだけか・・・)

そう思うと、少し警戒心を強める。

目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。

風の音、草が擦れてさらさらと鳴る。


突如として、得体の知れない、異質な気配が感覚に触れる。

懐から面を取り出して顔に被せる。そして流れるように腰の刀を抜いて、斜め上めがけて居合一閃。

手応えはあった。しかし、浅い。

「ゲゲゲッ・・・この俺に傷を負わせるとは・・・一体何者だ!」

粘っこくまとわりつくような汚い声。

小さい羽、先が尖った尻尾、角、全身黒。

以前書物で読んだ「りとるでぇもん」とやらに違いない。

確信を得たツバキは、臨戦態勢へと入る。



ツバキ達「除霊奉行オンミョウブギョウ」には、ある決まった戦い方がある。

普通の武器、普通の拳で妖には傷一つ付かない。

その為、除霊奉行達は『魂魄こんぱく』という力を使用する。

周囲に散らばった状態で漂うこんを、己の内に在る受け入れる器、即ちはくに注いで一つの魂魄として扱う。

武器に流せば凄まじい破壊力を以て妖に対抗できる。

そして、人の身で魂魄を扱うというのは非常に難しく、逆に危険の方が大きい。

故に、自由自在に操れる神や妖に成りきる為に面をつけるのだ。


これら全てを当たり前に扱えるようになると、除霊奉行も含め「虚器うつろぎ」と成れる。




白黒のまがたまが組み合わさったような柄の面をつけ、刀を抜く。

スランと涼やかな音を響かせた刀は、純白の刃にうっすらと藤色の妖気を漂わせ、鍔に菊の柄をあしらわれてーいる。

名を「菊鍔真剣きくつばしんけん不知火しらぬい」。この世に二つとない名刀である。

ピタリ、真っ直ぐと片手で不知火を構える。気配、妖気、果ては魂魄の漏れの一切さえない。

静寂を打ち破るかのようにでぇもんが空を滑りながら、ツバキの元へーー届く前に、右腕を切り落とされた。

「グギャアッ!!!」

耳障りな音を立てて、後ろへと倒れるでぇもん。

何が起こったか分からないという表情だ。


除霊奉行、その上位へ辿り着く者は何かしら特異な力があるものが多い。

ツバキの場合、魂魄を流すとある別の力へと変貌させられ、また魂魄の攻撃とそれ以外の時の出力調整が他より頭一つ分突き抜けている。

先程も、居合の時、斬撃を魂魄に乗せ、放った。

飛ぶ刃は、でぇもんの右腕など容易く斬り飛ばす。

「ぎ、ぐがああああ!!」

尚も突進するでぇもん。

不知火を楽な姿勢で構え、でぇもんが此方へ来るのをまつ。

十尺にも満たない距離迄でぇもんが肉薄す。

回避は不可能。

でぇもんの爪がツバキの首に触れーー


なかった。

直前に、ツバキが胴を両断していた。

相手の動きを利用し、その力を自分の攻撃へと転ずる技。

「・・・片平流かたひらりゅう煉灼刀れんじゃくとうの舞、〈狼煙打のろしうち〉」

反撃の一閃、受肉した肉体は灰に帰す。

魂は地獄へ堕ちる。

灼熱の刀が、妖を焼き焦がす。




「ほっほっほ・・・まさか本当にかの妖を斬り伏せるとは思いませんでしたな」

「そうか、なら二階の宿を貸してくれ」

ツバキはこの妖を斬ったら宿の一室を借りるという約束でこの依頼を受けた。それの履行を求める。

「ええ、お貸し致しますとも・・・ところで」

彫りの深い顔から、また面白い事を言う様な眼が見えた。

「もうひとつ妖が出たという情報がございますよ」

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アヤカシガール 白楼 遵 @11963232

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