ある枕の話

春風月葉

ある枕の話

 私は主人の夢を喰う。前のものたちがそうだったように、自分を選んだ人間の頭からの下で悪夢を喰らい眠りを守る。そうやって主人の悪い夢を喰らう度に、私は汚れて使えなくなっていく。

 主人の眠りを守れなくなったものはやがて捨てられ、悪夢と共に燃えて消える。私の前のものたちもそうやって繰り返してきたことだからその役を拒むつもりは微塵もない。

 ただ、一度でいいから悪夢以外の夢も喰ってみたかった。楽しい夢、優しい夢、明るい夢を、一度だけ。

 私はある晩、いつものように主人の夢を喰った。いつもと違ったのは喰ったのが悪夢ではなかったということだけ。その夢は今まで喰ったどんな夢よりも美味だった。別に翌朝の主人には特に変わった様子もなかったので私は次の晩も、また次の晩も主人の夢を喰った。そしていつしか、私は悪夢を喰らうことがなくなった。

 いつからか主人の見る夢が悪夢ばかりになっていたことに、私は気付けなかった。そして気付かないままだった。良い夢はいつか、そればかりを楽しみに待っていた。

 しかし、主人が良い夢を見ることはなかった。ある日を境に主人は悪夢すら見なくなったのだ。

 夢が喰いたい。上質で美味な夢をもう一度だけ。抜け殻の眠る寝室のベッドで私は二度とこない夢を待ち続ける。

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ある枕の話 春風月葉 @HarukazeTsukiha

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