第39話 一斉発信

 私は、ついにスマートフォンを買った。

 そう、略していうと、スマホである。

 今までは、ずっとガラケーだった。

 そう、略さずいうと、ガラパゴス携帯である。


 機械の操作が苦手な私は、スマホへの買い替えを、ずっと何年も渋っていた。

 そうするうちに、周りの人は、だんだんスマホに買い替えていき、気が付けば私の周りにはガラケーを使っている人が、ほとんどいなくなってしまった。

 本当は、それでもずっとガラケーを使っていたかった。

 しかし、この先、スマホに買い替えたほうが、生活に便利なのではないかと思い、私はついにスマホを買うことを決意したのだ。


 スマホに買い替えてからは、頭の中がスマホのことでいっぱいになった。

 ガラケーとは、見た目や操作の方法が、まるきり違う。

 今までのガラケーでは、ボタンで操作していたものだから、スマホの画面での操作がとても難しく思えた。

 画面を上下に動かすつもりで操作しているのに、タップしてしまったりと、慣れない操作に悪戦苦闘していた。


 それでも、周りのみんなと同じスマホを持っている自分が嬉しくなり、特に用事もないのに、スマホを持ってアイコンをタップしてみたり、アイコンの場所を入れ替えたりしてみた。

 スマホに関する基礎知識が全くなかった私は、とりあえず、毎日スマホを操作することで、少しずつ慣れていこうと思った。


 それにしても、スマホの画面にあるアプリのアイコンは、とても種類が多く、それらを一つずつ覚えていくのは、かなり気が遠くなりそうだった。

 周りの人は、よくこんな複雑な操作を、簡単に使いこなしているなと感心するほどである。

 とりあえず、使う頻度が高そうなアプリは、かならず使いこなしたいと思い、それらから覚えていくことにした。


 具体的には、電話やメールやメッセージ機能のアプリである。

 これらさえ覚えておけば、他が理解できなくても、何とかなるだろうと思った。


 そして、それらに関係するであろうアイコンをタップしてみる。

 きっと基本的なアプリのはずなのに、私にとっては、とても未知なものに思えた。

 ガラケーとは、内容が似ているようで似ていない。

 表示一つにしても、それをタップすれば、どうなってしまうのか分からないため、かなり慎重になった。

 それでも、時間をかけながら、設定などの必要そうな部分をタップして、内容を確認していく。

 すると、確認するにつれて、未知だと感じていたアプリも、だんだん操作方法を理解できるようになり、なんとか使いこなせそうになった。


 一つアプリの内容を理解できると、他のアプリの内容を覚える時間が、だんだんと早くなっていった。

 気が付けば、基本的なアプリの内容を確認するだけのつもりが、その他のアプリまで、いろいろとタップして確認していた。

 慣れてくると、いろいろなアプリの内容を知るのが楽しくなってきて、スマホではガラケーと違い、こんなこともできるのかと感動してしまった。

 これだけ便利なら、みんながスマホに買い替える理由も分かると、今さらながら納得した。


 スマホを使っていると、時間が経つのがあっという間で、時計を見ると、使い始めてから、一時間以上が経っていた。

 そろそろ、スマホを使うのをやめて、少し休憩しようかと思っていると、たくさん並んでいるアイコンの中の一つに気になるものがあった。

 見た目は、電話のマークのようにも思えるが、少しデザインが違うような気もした。

 基本的な電話のアプリは、さっき確認しているので、それに似たものなのかと思って、タップしてみた。


 すると、登録している電話帳のデータが、ずらっと並んでいた。

 どうやって使うのだろうと思ったが、タップできそうな部分は、画面の真ん中下にある丸いボタンのようなアイコンだけだった。

 スマホを使い慣れていない時の私なら、きっと慎重になって、その先をタップしなかっただろう。

 しかし、今の私は、いろいろとアイコンをタップして、内容を確認するのが楽しくなっていたので、押せば何かが分かるだろうと思い、軽い気持ちでボタンのようなアイコンをタップした。


 タップすると、どうなるのだろう。

 ただ、それだけの好奇心でタップしたのだったが、次の表示を見て、私は驚いた。

 いきなりスマホの画面に、「一斉発信を開始します」と表示されたのだ。

 メールの一斉送信なら聞いたことはあるが、電話の一斉発信など聞いたことがない。

 メールの一斉送信すらやったことがないのに、電話の一斉発信など、どうやって対応すればいいのだ。


 しかも、スマホの電話帳のデータにある、全ての連絡先に一斉発信されているということは、仲のいい友達だけでなく、あまり話さない人たちまで全員に発信されているということだ。

 私は、慌てて一斉発信を止めようと、通話終了のアイコンを探したが、全然見つからない。

 このままだと、多くの人と電話がつながってしまう。

 そうなってしまっては、対応できるはずもなく、大変なことになってしまう。


 私は、意を決して、スマホの電源ボタンを長押しして、電源を切ることにした。

 電源が切れると、画面は真っ暗になり、一斉発信はなんとか強制終了できた。


 ほっとはしたが、私は、その後しばらくスマホの電源を入れることができず、ただただスマホを眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る