第40話 能力者

 私には、人にはない、ちょっとした能力がある。

 それは、何かというと、サイコキネシスである。

 サイコキネシスとは何かというと、念じるだけで、物体を動かす能力のことである。

 それだけ聞くと、物凄い能力のように感じるが、実際の私の能力はというと、目の前にある紙コップを、念じることで三センチくらい動かすことができる程度である。

 もっと他にすごいことができるのかというと、全くそんなことはない。


 だから、生活に便利なように、この能力を使えるのかというと、実際のところ、何の役にも立たないというのが、実情である。

 もっと、使えるようにならないのかと、日々頑張ってはみるのだが、どう頑張っても、紙コップを三センチほど動かすのがやっとである。

 それでも、普通の人は、そういった能力を持たないのが当たり前であるから、その人たちから見れば、能力者ということになるのだと思う。


 そして、普段は、自分に能力があるということを、周りの人には、一切言っていない。

 大した能力ではないし、能力があると言うと、すごい人と思われてしまう可能性があるからだ。

 今まで、そうやって生きてきて、何の不都合もなかったので、これからもそうやって生きていくつもりだった。


 しかし、私の平凡な生活は、いきなり大きく変わってしまった。


 ある日、いつもと同じように、家の中でのんびりと過ごしていると、突然、大柄で体格のいい外国人の男性が、家に訪れてきた。

 見るからに、怖そうで強そうなその男性は、明らかに敵意がむき出しな感じがした。

 直感で、この男性に近づくと危ないと感じた私は、玄関の扉を開けずに、靴を持って、反対側の窓から出ていき、逃げることにした。


 すると、玄関にいた男性は、逃げる私に気付いて、後ろから走って追いかけてきたのである。

 それを見て、私も、捕まってはいけないと思い、必死に逃げた。

 何故、追いかけられるのか、心当たりなどないが、唯一考えられることがあるとすれば、それは私に能力があることが原因なのではないかと思った。


 だが、今まで、能力のことなんて、誰にも言ったことはない。

 誰かに言ったところで、私の能力は、せいぜい紙コップを三センチほど動かせるだけである。

 そんな小さな能力のために、なんで、こんなにも怖い男性に追いかけられないといけないのか。

 もしかして、私のこの能力は、将来大きく成長して、使えるようになるのだろうか。

 そう思ってみたが、結局のところ、何も分からず、私は、ただひたすら逃げた。


 家の近所の道は、男性よりも私の方が、よく知っているはずなので、私は、わざと細くて入り組んだ道を選んで、相手に見つからないようにして逃げた。

 結構走って逃げた後、後ろを振り返ってみたが、男性が追いかけてくる姿は見えなかった。

 どうやら、上手く逃げ切れたようだ。


 しかし、このまま家に帰っては、また男性が待ち伏せしているかもしれない。

 私は、家には帰らずに、もっと遠くまで逃げようと思った。

 ここよりも、もっと人が大勢いて、賑わった街中の方が、見つかりにくく安全なのではないかと思い、そちらの方向を目指して逃げることにした。


 街中にたどり着くと、そこには人が大勢いて、これなら見つからないだろうと感じた。

 しかし、逆に言えば、これだけ人がいれば、こちらからも、相手がどこにいるか分かりづらいのも確かである。

 私は、注意深く周りを見渡しながら、人込みに紛れることにした。


 すると、大勢の人がいる向こうの方から、あの大柄で体格のいい男性がこちらに向かって歩いてきていた。

 その男性は、距離が離れているにもかかわらず、明らかに私の方を見ていた。

 完全に、気付かれている。

 私は、急いで、反対方向に逃げ出した。

 人がたくさんいても、意味がないのだと分かり、今度は、人があまりいない方を選んで逃げ出した。

 街中から、人の少なそうな住宅地へ逃げ、そこからまだ人の少ない森の方を目指して、どんどん逃げていく。

 森のその先には、川が流れていた。


 そして、よく見ると、川岸に船が見えた。

 船には、人が一人乗っており、私を手招きして呼んでいた。

 後ろを振り向くと、まだあの男性は追いかけてきていた。

 私は、船にいる人が誰なのか分からなかったが、なんとなく味方のような気がして、川岸まで必死に走り、船に乗ることにした。

 私が船に乗ると、船にいた人は、急いで船を漕ぎだした。

 男性が川岸に着いたころには、船は、川の真ん中を、その先に向かって進んでおり、そこまで男性は追ってこなかった。


 私がほっとしていると、船を漕いでいる人が、「もう大丈夫ですよ。ここからは結界が張ってあるので、あの男性は入ってこられません。」と言った。

 私は、この船がどこに向かっているのか聞いてみると、どうやらこの先には能力者の学校があるということだった。

 そこには、私のような能力を持つ人間がたくさんいるらしい。


 しばらく、船に乗って川を進んでいくと、その先には、立派な建物が建っていた。

 私は、その建物の入り口近くまで船で案内されて、お礼を言って船を下りた後、建物の中に入っていった。

 そこには、一見すると普通に見える人たちが、たくさんいた。

 みんな、何かしらの能力を持っているんだなと思いながら、廊下を歩いていると、女の子に話しかけられた。


「これから、よろしくね。」


 笑顔で、そう言ってくれた。

 私は、その子に笑顔で、挨拶を返した。


 私は、これからの、この学校での生活に期待を込めて、廊下を進んでいった。

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