第34話 黒猫

 私は、今、自宅のリビングでごろごろとしている。

 いつも、何かと用事が入って、忙しかったりするのだが、今日は珍しく、決まった用事もなく、家でのんびりしていたのだ。


 たまには、こんな日もいいなと思いながら、テレビを見てみたり、パソコンをしてみたり、音楽を聴いてみたり、ストレッチをやってみたりと、普段はあんまりやらないこともやってみる。

 それでも、まだまだ時間が余っていた。


 私は、じっとしていられなくなって、家の掃除でもしてみようと思った。

 掃除機で、家中のホコリを吸っていく。

 最初は、軽く床のホコリだけ吸うつもりが、そのうち他の所も気になって、家具の上や、隙間なんかも掃除しだす。

 掃除をやりだして、気が付けば、家の中はぴかぴかになっていた。


 私は、ぴかぴかになった部屋に満足して、また休憩することにした。

 リビングの真ん中にあるテーブルについて、再びテレビを見る。


 すると、どこからか、ぱきぱきと小さい音が聞こえてきた。

 よく聞いてみると、どうやら自分がいるリビングで音が鳴っているような気がした。

 しかし、どこから音が鳴っているのか、見渡してみても全然分からない。

 私は、テレビを消して、真剣に音の原因となる場所を探すことにした。

 床や天上など、細かく調べてみるが、とくに変化があるようなところはなかった。


 だが、音の原因を探している間にも、少しずつぱきぱきと鳴る音が大きくなっているような気がした。

 その後も、時間をかけて音がどこから鳴るのか探してみるが、一向に原因となる場所が見つからなかった。

 私は、探すことに少し疲れ、真ん中のテーブルまで戻り、床に座った。

 すると、ぱきぱきと鳴る音が近くなった。

 どうやら、最初に音を聞いたこの場所が、音の原因となる場所に一番近いらしい。


 私は、自分が座っている場所を軸にして、周りをもう一度ぐるりと見渡してみた。

 すると、ある一部分がおかしな形をしていることに気が付いた。

 テーブルの真後ろにあった、本棚のガラス扉のガラスの一部分が、ぱきぱきと音を鳴らしながら、盛り上がっていっているのだ。

 普通、ガラスは、物が強く当たれば割れることはあるが、盛り上がることなんてありえない。

 こんな経験は初めてであり、一体何が起きているのか理解も出来なかったが、私は、何とかガラスを元に戻そうと思い、上からぐっと押してみた。

 しかし、ガラスはとても硬く、押し戻そうにも、びくともしないどころか、ますます盛り上がっていく。


 私は、どんどん盛り上がっていくガラスを、戻すこともできず、ただ呆然と見つめていた。

 すると、ガラスが十センチほど盛り上がったところで、盛り上がった部分だけがだんだんと黒くなっていき、いきなりその黒い部分がガラスを離れて、前に飛び出してきた。

 驚いて、飛び出してきた黒い物体を見ると、なんとそれは黒猫だった。

 先ほどまで、盛り上がったガラスで硬かったはずが、飛び出したところには盛り上がった分だけの大きさをした黒猫がいたのだ。


 私は、黒猫と本棚のガラス扉を見比べた。

 ガラス扉の、盛り上がっていたガラスの部分は、何事もなかったかのように、元の状態に戻っている。

 そして、黒猫は、突然現れたかと思うと、急にリビングの中を走って暴れだした。

 見た感じは、小さい子猫なのに、動きがかなり素早くて、さっきまで私が掃除をしてぴかぴかだったリビングを、どんどんと散らかしていく。


 私は、きれいにしたリビングをこれ以上、散らかされまいと必死になって、黒猫を捕まえようとした。

 しかし、黒猫の動きは俊敏で、まったく捕まえることができない。

 黒猫と格闘すること数十分、私は完全に息を切らして、疲れ果てていた。

 黒猫は、まだまだ元気で、大人しくする気配がなかった。


 このままじゃ、いつまでたっても捕まえられない。

 私は、頭を使い、黒猫をリビングの端へ追いやって、捕まえる方法を思いついた。

 徐々に端へ追いやり、捕まえようとしたその瞬間、黒猫は少しだけ開いていた窓から、高くジャンプして外の道路に飛び出した。

 私は、慌てて窓から外を見ると、黒猫は高くジャンプしすぎて、着地するのに失敗したみたいで、道路に丸まったまま、ピクリとも動かなかった。

 心配になった私は、ドアから外に出て、黒猫の様子を見に行くことにした。


 黒猫が丸まっていたところに行ってみると、そこに黒猫はおらず、黒猫と同じサイズの黒いビニール袋が丸まって落ちていた。

 黒猫が丸まっていた時には、黒いビニール袋なんて落ちていなかった。

 私は、黒猫が逃げたのではなく、この黒いビニール袋になってしまったのだと、直感で思った。


 もう一度、黒猫の姿に戻らないだろうかと思い、しばらく黒いビニール袋を眺めていたが、再び黒猫の姿に戻ることはなかった。

 黒猫とリビングで格闘していたものの、なんとなく寂しい気持ちになりながら、私は、黒いビニール袋を拾って、自宅に戻った。


 そして、その黒いビニール袋をゴミ箱に入れて、静かになったリビングを見渡すと、とても散らかっていた。

 黒猫が、確かにここにいたんだな・・・。

 私は、しみじみとそう思い、またリビングの掃除をすることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る