第32話 職場復帰

 私は、朝から緊張していた。

 何故なら、今日は、職場に復帰する日だったからだ。

 どれくらい、職場から離れていたか、はっきり覚えていないほど随分前だったような気がする。


 職場に復帰して、仕事内容をきちんと覚えているだろうか。

 また、前とは仕事内容が変わっているかもしれない。


 そんなことを思いながら、朝の支度をして職場へ向かう。

 私の働く仕事は、お客様を相手にする接客業だ。

 お客様の話を聞いて、その人にあった商品を提案する。


 職場に着くと、まだ誰も来ていなかった。

 復帰する日ということもあって、決まった時間よりも早く出てきたためだった。

 私は、少しでも、職場を離れていた期間の感覚を取り戻そうと、職場にあったファイルや商品をチェックし始めた。

 それらを見ていると、久々ということもあって、大分忘れていることも多かった。

 それに、私が以前働いていた時とは違った仕事内容もいくつか増えており、それらをちょっとでも、開始時間までに覚えようと必死になった。


 開始時間が迫ってくると、職場の人たちが次々と出勤してきた。

 私は、久しぶりに職場復帰するので、周りの人達に挨拶をしに行った。

 懐かしい上司や先輩や後輩がいて、私が職場を離れた後に入ってきた知らない人たちも大勢いた。


 みんなの足を引っ張らないように、復帰したてで、知識が追いついていない私は、必死に周りの話を聞き、様子を観察した。


 周りの人たちは、慣れている動きで、てきぱきと準備をしていく。

 私は、こんなに久々に職場に戻って、ちゃんとお客様に対応できるのだろうかと、すごく不安になってきた。


 それでも、周りを見ながら、自分も準備を進めていく。

 そうしているうちに、開店時間になった。


 ここは、開店時間から、たくさん人が入ってくるようなお店ではない。

 開店しても、しばらくはお客様が来ず、その時間が逆に、私を緊張させた。


 開店して数分が経ち、数人のお客様が来店し始めた。

 ちゃんと接客できるだろうかと、どきどきしていると、慣れた様子で、先輩や後輩が接客をしに行く。

 そんなに、お客様がたくさん来られるわけではなかったため、私が接客する順番は、なかなか回ってこなかった。

 そのため、私は、接客する先輩や後輩のサポートをすることにした。

 サポートをしながら、職場の接客する感覚や雰囲気を思い出していた。


 すると、接客ではなく、商品整理をしていた先輩に、仕事を手伝ってほしいと頼まれたので、私はそちらを手伝うことにした。

 いくつかある商品の在庫を、裏の倉庫に持っていき、整頓する仕事だった。

 私は、先輩と裏の倉庫へ行き、たくさんある商品を整頓していった。

 商品の数が多かったため、二人でやっても、まだまだ時間がかかりそうだった。


 真剣に商品整理に取り組んでいると、後輩が一人、倉庫へ入ってきた。

 店内のお客様の人数が多くなってきたため、一人接客に来てほしいということだった。

 そこで、先輩が接客に行くことになり、私は、一人で倉庫の整理を行うことになった。

 一人でするには、量が多すぎるのだが、それでも、もくもくと作業をする。


 大体、整理し終わった頃には、結構な時間が経っていた。

 私は、店内に戻ろうと思い、倉庫を出て、店内への通路を歩き出した。

 しかし、いくら歩いても店内に通じるドアが見つからなかった。

 さっき、先輩と倉庫に来た時は、そんなに長い距離を歩いた記憶がない。

 通路自体も単純で、間違えるほど複雑ではなかったはずなのだが・・・。


 私は、通路をうろうろ歩きながら、ドアを探した。

 すると、やっとのことで、一つのドアを見つけた。

 私は、ドアを開けて中へ入ると、そこは店内だったのだが、何か様子が違う。

 さっきいた時よりも、照明が薄暗く、人が一人もいなかったのである。

 まるで、閉店してしまったような、そんな雰囲気だった。


 いくら、倉庫整理を長い時間かけてやっていたとはいえ、私も閉店してしまうほど、数時間も倉庫にいたわけではない。

 おかしいなと思いながら、店内を歩いて人を探してみるが、やはり誰もいない。

 どうしたらいいものかと迷っていたが、私は、もう一度、店の裏へ行って誰かいないか探すことにした。


 ドアを開けて、裏の通路を歩くが、そこにも誰もいない。

 結局、今度は迷うことなく倉庫まで戻ってきてしまった。

 倉庫のドアを開けて、中へ入ると、そこには一緒に倉庫整理をしていた先輩が、接客から戻ってきていた。


 そして、先輩に「この短時間で、商品を整理し終えるなんて、頑張ったのね。」と言われた。

 私は、かなり時間がかかったはずだったので、先輩にそのことを話すと、先輩は、倉庫を離れた時間は十五分ほどだけだったと話してきた。

 私は、疑問に思い、時計を見ると、確かに時間が十五分ほどしか経っていなかった。

 倉庫整理中、時計は見ていなかったが、確かにそれ以上時間はかかっていたし、その後に、誰もいない店内を歩き回っていたから、十五分は確かに過ぎていたはずなのに・・・。


 私は、先輩と一緒に店内へ戻ったが、そこは開店した時と変わらない明るい店内だった。

 だとしたら、私がさっきまでいた薄暗い店内は一体どこだったのだろうか。


 その後、いくら考えても、私は自分に起きたことが不思議でならなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る