第30話 辺境の地

 私は、空を飛んでいた。

 何も持たず、そのままの恰好で縦になったり、横になったりしながら、自由に飛んでいる。


 しかし、飛んでいるところがどこなのか、よく分からなかった。

 周りに何もなかったのである。

 街があるわけでもなく、見渡す限りずっと海なのか湖なのか分からないが、水面が広がっていた。

 そして、ところどころマングローブの森のようなものだけが、あった。

 その他に、人がいそうな陸地を探してみるが、全く見当たらない。


 私は、どこか人がいそうな場所を求めて、その後もしばらく飛んでみた。

 だが、進んでも進んでも、同じような景色ばかりで、人がいそうな場所が全くなかった。

 どうやら、私は、辺境の地に来てしまったみたいだ。

 飛んでいて、変化があるとすれば、それはマングローブの大きさや形が、場所によって、微妙に違うことだけだった。


 これだけ飛んでみても、人一人いないというのは、何とも孤独な気持ちになってきた。

 まるで、世界に私一人だけが取り残されてしまったような、そんな感覚がした。


 それでも、私は諦めずに、誰かを探し求めて、ひたすら水面とマングローブだけが見える景色を、上から見ながら飛び続けた。


 そして、かなりの距離を飛んでいると、これまでずっと同じだった景色に変化があった。

 遠くの方に、マングローブ以外の陸地が見えたのである。

 あそこなら、人がいるかもしれない。

 そう思って、私は、その陸地を目指して飛んだ。


 陸地にたどり着くと、そこは思ったよりも小さく、上から見れば全体を見渡せるほどの広さだった。

 そして、そこに、ぽつんと一軒だけ小屋のようなものが建っていた。

 周りには、その小屋以外、何もない。


 私は、陸地に降り立ち、その小屋のところへ行き、ドアをノックしてみた。

 すると、中から、大柄なおじいさんが出てきて、笑顔で私を迎え入れてくれた。

 中へ入ると、一匹の大きな犬がいて、その犬も私を迎えてくれているようだった。


 私は、テーブルでおじいさんに、ずっと飛びながら、人がいる場所を探してきたことを話した。

 おじいさんは、それは大変だっただろうと言ってくれて、私に食事を出してくれた。

 私はお礼を言って、ありがたく思いながら、おじいさんの出してくれた料理を食べ始めた。

 パンにスープに、煮込み料理まで、美味しい物ばかりだった。


 こんな、周りに何もない場所で、一体どうやって食料などを調達しているのだろうと不思議でならなかったため、おじいさんに聞いてみた。

 すると、おじいさんは、「ここは意外と便利なんだよ。」とだけ笑顔で言って、詳しくは教えてくれなかった。

 私は、不思議だなと思ったが、それ以上は聞かないことにした。


 食事を終えた後も、おじいさんと会話をしていると、周りが何もない水面とマングローブだけの地だということを、忘れそうになった。

 あれだけ、長い距離を、人を求めて飛んできたというのに、まるでそんな感じがしなかった。


 私は、おじいさんに、ここに一人でいて、寂しくないのかと聞いてみた。

 おじいさんは、「犬もいるし、こうやって、時々誰かが訪ねてくるから、全然寂しくないんだよ。」と言った。

 そして、「それに、ここは、意外と賑やかな時もあるんだよ。」とも言った。

 

 一体、どういうことだろうと、私は思った。

 私からすれば、ここはとても静かなところに思えるのだが・・・。


 そう思っていると、急に小屋の外が賑やかになってきた。

 何だろうと不思議に思い、小屋の窓から外を見てみると、小屋から少し離れた場所に、さっきまでなかったはずのステージのようなものが、そこにあった。

 ここにたどり着いた時は、小屋しかなかったはずなのに、どういうことなんだろう。

 驚いている私の横で、おじいさんは、にこにこしていた。

 おじいさんにとっては、驚くことでもなんでもないらしい。


 その後も、窓からステージの方を見ていると、ステージの周りにはだんだんと人が集まってきた。

 一体、この人たちは、どこから来たのだろうと疑問に思ったが、その間にも人は集まり続け、何やらコンサートが始まった。

 さっきまで、静かだったこの陸地は、まるで、全く違う場所かと思うくらいに賑やかな場所になった。


 私が、小屋の窓からコンサートが始まったステージを眺めていると、おじいさんが、「行ってきてみるかい?」と言った。

 歩いて行けそうな距離だったので、私は小屋を出てステージの方へと歩いて行ってみた。


 ステージでは、男性数人のアーティストが歌って踊っていた。

 それを見ていると、私もだんだん楽しくなってきて、他の観客と同じように夢中になっていた。

 小さい陸地に、ステージで歌うアーティストの声が響き渡り、それを聞く観客でいっぱいになった不思議な光景だった。

 私は、そのまま時間が経つのも忘れて、コンサートに夢中になり、やがてコンサートは終了した。


 私は、小屋に戻って、おじいさんにコンサートの感想を話そうと思い、後ろを振り返ると、なんと小屋はきれいになくなっていた。

 そして、小さな陸地だったはずが、そこは見渡す限り、普通の街並みへと変わっていた。

 私は、あっけに取られていたが、もうあそこには戻れないことを不思議と理解した。


 だけど、いつかまた、何処かで、あのおじいさんに会いたいなと思った。

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