第28話 汽車
私は、気が付けば、どこか異国の酒場にいた。
なんとも、西部劇にありそうな酒場の雰囲気だ。
店内では、体格のいい男性たちが、お酒や肉料理などを豪快に食べていた。
特に目の前の男性が食べている肉厚のステーキは、かなり私の食欲をそそった。
他にも、ワインやサラダやチーズ、ハムなんかもあって、どれも全部美味しそうだった。
店内には、ワインの樽もいくつか置いてあった。
私も食べたいなと思って、周りのテーブルに置いてある料理をじっと眺めていると、全く知らない男性が私を誘ってくれた。
私は、遠慮せずに、ありがたくテーブルの料理をいただくことにした。
ローストビーフが、肉厚なのに物凄く柔らかく、感動する美味しさだった。
私は、あまりの料理の美味しさと周りの豪快な雰囲気につられて、テーブルの料理を人の目を気にすることなく、一生懸命にかぶりついていた。
すると、食事を誘ってくれたテーブルの男性が、私にこう言ってきた。
「もうそろそろ、出発するんじゃないかな。」
私は、何のことだか全く分からなかった。
一体、何が出発するのだろう。
疑問に思いながらも、料理が美味しいため、私はひたすら食べ続ける。
だが、食べ続けていると、何だか建物が揺れだしたような気がした。
地震でも起きたのかと思って、周りを見渡してみると、私は驚いた。
なんと、窓の外の景色が動いているのだ。
いや、正確に言うと、景色が動いているのではなく、このお店が動いていたのだ。
私が酒場だと思っていたこの店内は、本当は汽車の中だったのである。
どうりで、なんとなく店が横に長いなと思っていた。
汽車は、どんどん先を進んでいった。
何処へ向かっているのか知らなかったが、景色を見ながら美味しい料理を食べられることに、私は感動していた。
外の景色はだんだんと変わっていき、かなり高い崖のすぐそばを、走り出した。
そして、崖の向こう側には、大きくて横幅の広い滝があり、百メートル以上もありそうな崖の下に、水が落下していく光景は、とても立派だった。
壮大な自然を見ながら、料理を食べていると、お腹は満腹になった。
汽車は、その後、崖を通り越して、さらに進んでいく。
周りには何もない大地を汽車が駆け抜けていくと、その先に大きなドームほどの建物があった。
何の建物かと思っていると、なんと汽車はその建物の中に突っ込んでいったのである。
汽車が室内を走るなんて聞いたことがない。
危ないと思って、窓から様子を見ていると、建物の中は中華料理店になっており、汽車が店内を走っているというのに、中にいる人たちは、何事もなさそうな感じだった。
すると、汽車はどんどんスピードを落としていき、信じられないことにだんだんと小さくなっていった。
そして、汽車の前の方から、立体的だったはずなのに、クレヨンで書いた絵のように平面的になっていったのである。
とうとう、私がいる場所まで、汽車は平面になってしまい、私は汽車に乗っていられなくなってしまった。
子供が書いた絵のようになってしまった平面の汽車に、私は何とかもう一度乗ろうと思ったが、ぺったんこの汽車に乗ることができず、そのまま汽車は中華料理店の建物を抜けて、どこかへ行ってしまった。
私は、広い中華料理店の店内に、取り残されてしまった。
汽車の中で、たくさん美味しい料理を食べたので、お腹は全然空いていない。
これから、どうしたらいいのだろう。
そう思って、私は店内をうろうろと歩き出した。
店の外は、さっき汽車の中から見えた時に何もなかったので、出ないほうがいいだろうと思った。
私は、店内の端っこの方にドアがあることに気付いた。
他に行くところもないので、この中に入ってみようと思い、ドアを開けて中に入ってみる。
すると、そこはお店のバックヤードになっていたのか、急に狭い通路になっていた。
狭い通路には、色んなサイズの段ボール箱が天井まで積み上げられており、人と人がすれ違うのがやっとだった。
表は、中華料理店だったはずなのに、バックヤードでは、食料品に関係するものは全く置かれておらず、厨房もなかった。
どうやら、ドアを境にして、全く違う世界になっているらしいと直感で思った。
この場所は、最初の異国の雰囲気は全くなく、どうみても自分の身近な環境に近かった。
あのまま、自分の知らない世界の中華調理店で、行き場所が分からないままいるよりかは、ひとまず自分の知っていそうな環境に近づいて、ほっとした。
しかし、自分の知る環境に近づいたとしても、ここは狭すぎる。
とりあえずは、このバックヤードを出るための、他のドアを見つけよう。
そう思って、この狭い通路を、忙しく働いている人とぎりぎりすれ違いながら、ドアを探すことにした。
通路は一本しかなく、数メートル歩いただけで、他のドアを発見した。
私は、そのドアを開けて外へ出てみた。
すると、ドアの外は、バックヤードと同じお店のフロアになっていた。
それを見て、何だかほっとした。
私は、西部劇のような異国の世界から、汽車に乗って、このフロアにたどり着いた。
考えてみれば、とてつもない大冒険をしたのだなと思った。
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