第24話 歯ブラシの模擬店

 今日は、久しぶりに大学に行ってみようと思った。

 どれくらい久しぶりかは覚えていない。

 だが、あまりに久しぶりすぎて、どのバスに乗ればいいのかさえ、うろ覚えだった。

 おそらく、このバスだろうと検討をつけ、乗ってみる。

 それから、しばらくバスに揺られながら、窓からの景色を眺める。

 少しずつ知らない景色に変わっていきながらも、多分こっちの方向であっているだろうと、何故か思った。


 その後、街を走っていたバスは、山の中へと進んでいく。

 バスの中は、いつの間にか大学に行くための学生でいっぱいになっていた。

 やっぱり、このバスで合っていた。

 多分、もうすぐ大学に着くはずだ。

 だんだんと見慣れた風景になっていき、私はそう思った。


 バスが、山の中をさらに進み、ようやく大学前のバス停にたどり着いた。

 学生たちは、みんなバスからぞろぞろと降りていく。

 私も、その人波にまぎれて、バスから降りた。

 久しぶりの大学は、とても懐かしかった。

 だが、しばらくここに来ていなかったせいか、なんとなく雰囲気が変わったような気もする。


 私は、生徒たちにまぎれて、キャンパス内を歩いてみることにした。

 以前にはなかった建物や道が増えており、歩いてすぐに、どこを歩いているのか分からなくなってしまった。

 それでも、坂道を上っていくと、先の方が、やけに賑やかだった。

 どうやら、今日は、大学祭をやっているようだった。

 どうりで、人も多かったわけだ。


 道の途中には、色んな模擬店がたくさん並んでおり、看板も目を引くものばかりだった。

 から揚げや、ポップコーン、ホットドッグにフランクフルト、マフィンやクレープなど、実にさまざまな模擬店があり、どのお店からもいい匂いがした。

 模擬店の前では、学生たちが、必死に通っていく人に声掛けをしている。

 私も、匂いにつられて、何か食べてみようと思い、どれにしようか迷っていると、ふと気になる模擬店があった。


 歯ブラシの模擬店である。


 こんなところで歯ブラシを売ってどうなるのか。

 周りの模擬店は、たくさんの人でいっぱいなのに、このお店だけは人が全くいなかった。

 私は、逆に気になってしまい、その模擬店に近づいてみた。

 すると、店員の学生に笑顔で声をかけられた。

「ここは、歯ブラシを売っているんですか?」と、私が聞いてみると、店員は、「そうです。」と笑顔で答えながら、色んな歯ブラシを目の前に並べて置いてくれた。


 よく見ると、色んな種類があった。

 歯ブラシの毛の硬いものや柔らかいもの、ヘッドのサイズが大きいものや小さいもの、毛束の多いものや少ないものなど、数えるときりがないくらいの種類の歯ブラシが、そこにはあった。

 模擬店に、歯ブラシなんか何故売っているんだろうと思っていたが、見ていると、だんだん楽しくなってきた。

 そして、自分ならどれが使いやすいだろうと考えだしたら、あれもこれも見たくなってきた。

 そして、数十種類もある歯ブラシを真剣に見比べながら、これだと思う歯ブラシに出会った。

 私は、迷うことなく、その歯ブラシを買うことにした。

 周りには、美味しそうな匂いが漂っているというのに、そんな匂いには目もくれず、私はこの歯ブラシを選んだのだ。

 買った歯ブラシを大事にバッグの中に入れ、店を出ると、もう他の模擬店のことはどうでもよくなった。


 もう少し、先に進んでみよう。


 そう思って、模擬店が並んでいる道のその先を目指して進んでいく。

 すると、行きついた先には、十階建てくらいの高い建物があった。

 中に入ってみると、一階は事務室の窓口のようになっていた。

 今、通ってきた模擬店の道の賑やかさに比べて、ここはとても静かな雰囲気だった。


 私は、この建物を知っているような気がした。

 前に何度か、ここへ来たのかもしれない。

 そして、エレベーターに乗り、迷わず八階のボタンを押した。

 八階に到着すると、そこも事務室のようになっており、事務職の人たちが忙しそうに仕事をしていた。


 大学祭の時でも、関係なく忙しそうにしているんだな・・・。


 そう思っていると、誰かが私を呼んだ。

 誰かと思って、呼ばれた方を振り向くと、そこには大学時代にお世話になった先輩がいた。

 先輩は、大学を卒業した後、この事務室で働いているということだった。

 私は、何故ここに先輩がいたのか、何故エレベーターで迷わず八階を押したのか、自分でも分からなかったが、あまりの懐かしさに嬉しくなった。

 少しの間、先輩と話をしていたが、先輩も忙しそうだったので、早めに挨拶をして事務室を出ることにした。


 事務室のある建物を出て、再び賑やかな模擬店の道に戻る。

 満足のいく歯ブラシも買えたし、懐かしい先輩にも会えたので、私はそろそろ家に帰ろうと思った。

 大学前のバス停に戻ってくると、私は学生にまぎれて列に並び、バスに乗り込んだ。

 キャンパス内を歩いて疲れたせいか、バスの中でうとうとしながら、気が付くと自宅近くのバス停に到着していた。

 私は、慌ててバスを降りる。


 今日は、充実した一日だったな。

 そう思いながら、家までの道のりを歩くのであった。

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