第23話 クモ男

 雪が降っていた。

 石畳の道やお洒落な建物に、雪が少し積もっている。

 周りには、人が誰もいない。

 雪で白くなった静かな街に、私は一人で立っていた。

 白い街は、あまりにも幻想的な雰囲気で、これから何か素敵なことが起こるような気がして、私はわくわくした。


 しばらく、この場所に立っていたが、特に何も状況の変化はなかった。

 何かが起こらないかな。

 そう思って、辺りをうろうろと歩いてみる。

 しかし、特に何も起こらない。

 ただ、白い雪はずっと降り続き、街をもっと白に染めようとしていた。

 不思議と寒さは感じなかった。


 私は、しゃがんでみた。

 それでも、何も起こらない。

 空から降ってくる雪を、じっと見つめながら、私はここで何をしたらいいのか分からなくなった。


 その後も、しゃがみながら、ぼーっと雪を眺めていると、風景がぱっと変わった。

 さっきとは打って変わって、太陽が照り付ける中、私は山の中にいた。

 もう、どこにも雪は降っていない。

 出来れば、さっきのお洒落な雪の街にずっといたかったなと思いつつ、戻れないことを悟り、辺りを見渡してみる。

 雪の街と同じく、そこがどこなのか、さっぱり分からない。


 私は、また歩いてみることにした。

 山道を上に登っていくが、ここにも人は全くおらず、辺りは静かだった。

 しばらく歩いていくと、一軒の家が建っているのを発見した。

 こんな山の中に一軒家があるなんて珍しいな。

 そう思いながら、近づいてみる。


 すると、家の縁側に一人のおじいさんがお茶をすすりながら、座っていた。

 私は、おじいさんに近づきながら、挨拶をしてみた。

 おじいさんも、私に挨拶をしてくれる。

 そして、隣に座るように言ってくれたので、遠慮せず座ることにした。

 正直、山道を登ってきて、少し疲れていたので、ありがたかった。


「よく、ここまで来れたな。」


 おじいさんに、そう言われて驚かれた。


 しばらく、おじいさんとお話をして、ゆっくりしていると、おじいさんの顔が急に険しくなった。

 どうしたのかと思って、聞いてみると、おじいさんは真剣な顔をして私に言った。


「クモ男がやってくる。」


 聞きなれない言葉に私は戸惑ったが、おじいさんの表情から、とても危険な空気を感じた。

 おじいさんが言うには、クモ男が私のことを狙って、探しているらしいということだ。

 私は、そんな人に会ったこともないのに、何故狙われているのか、全く意味が分からなかった。

 おじいさんが、「これを見なさい。」と言うと、目の前にテレビもないのに、いきなり四角い映像が、空中に映し出された。

 まずそれにびっくりしたのだが、映像を見ると、さらにびっくりした。

 その映像には、人でありながら、長い手足が8本もある男性が映っていたのだ。

 しかも、何かを探しながら、うろうろと山の中を歩いていた。

 おじいさんの話だと、私のことを探しているのだろうなと、すぐに分かった。

 正直、こんな人に捕まったらと想像するだけで、寒気がした。


「早く、逃げなさい。」


 おじいさんが私にそう言ってきた。

 クモ男の映像は、いつでも確認できるように、私の目の前に表示したままにしてあげるからと言われた。

 しかし、山の中の風景なんて、どこも一緒に見えて、その映像が参考になるのかさえも分からなかった。

 とりあえず、ここは危険だということで、おじいさんに促され、逃げることになった。


 山を下りたほうが安全かもしれない。

 そう思って、私は、クモ男に遭遇しないように気を付けつつ、山を下っていくことにした。

 目の前には、ずっと映像が表示されていて、私が山を下る間も、クモ男は私をずっと探しているようだった。

 映像をよく見てみると、右上の方に映像の切り替えスイッチがあることに、今さらながら気が付いた。

 スイッチを押してみると、映像が広範囲になり、私とクモ男の居場所がそれぞれ点で表示され、距離感が分かるようになった。

 おじいさんにもっと早く教えてもらいたかったなと思いつつ、その映像を注視する。

 どうやら、青い点が私で、赤い点がクモ男らしい。

 赤い点がどんどんこっちの方向に近づいてくるのが分かった。

 向こうも映像が見えているのかと思うくらい、ほぼ正確にこちらに向かって進んできており、私は物凄く焦った。

 そして、必死に赤い点から逃げるように、山を下りて行った。

 映像を見ると、私が逃げるスピードよりも、明らかにクモ男の追いかけてくるスピードの方が速い。

 私にとっては、慣れない山道なので、どうしても逃げるスピードが遅くなるのだ。


 どれだけ、私が必死に逃げても、どんどんとクモ男は距離を縮めてきた。

 もう少しで追いつかれてしまう。

 だが、映像を見ていると、もうすぐで山を抜けられそうだった。

 私が山を抜ける方が早いか、クモ男に捕まってしまう方が早いか。


 追いつかれそうな映像を見ながら、必死に逃げる私。

 山を抜けるまで、あと数十メートルというところまできて、とうとう目に見える範囲までクモ男が迫ってきた。

 もう映像など必要なかった。

 目の前には、山を抜ける先の道路が見えてきた。

 道路には車も何台か走っている。

 あの道路を超えれば、もう大丈夫だろう。

 そう思って、必死に私は走った。

 あと数メートル。

 クモ男が真後ろまで迫り、その手を私に伸ばしてきた。


 山を抜けた。


 私は抜けた先の道路を超えて、後ろを振り向いた。

 すると、クモ男は山から出てこようとせず、じっとこちらを見ていた。

 そして、諦めた様子で山へ帰っていった。

 山を抜けた私の目の前から、映像が消えた。


 私は無事、クモ男から逃げ切れた。

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