第25話 歌手グループ

 目の前には、私の大好きな歌手グループがいた。

 女性と男性が数人の歌手グループだ。

 何故、こんな目の前にいるのか、分からない。

 だけど、こんな機会もめったにないと思い、そのまま普通の顔をして、その場にいることにした。


 すると、歌手グループの一人が私に話しかけてきた。

 初対面のはずなのに、自然な感じで話しかけてくれる。

 私は、嬉しくなって、すぐさま返事をした。

 目の前にいる歌手グループの人たちは、私が混ざっていることに何の疑問も持っていないようだった。

 まるで、私がそのグループの一員のような扱いをしてくれる。

 その後も、グループ内での会話が続き、私もそこにいることが当たり前かのようにふるまった。


 それにしても、いつまでたっても、私が同じ場所にいても何も突っ込まれない。

 もしかして、私はこのグループのメンバーになってしまったのではないか。

 グループのみんなの反応から見て、それは間違いなさそうな気がした。

 何故、そしていつから、このグループのメンバーになったのだろうか。

 私は思い出そうとしたが、全く思い出せなかった。

 しかし、大好きなグループの人たちに、仲良く話してもらえることは、すごく嬉しかったので、気にしないことにした。


 しばらく、みんなで話した後、控室に戻ろうという話になった。

 私も、何食わぬ顔をして着いていくが、みんな仲良くしてくれる。

 控室に着くと、そこでもみんなでわいわい楽しく話していた。

 こんなに仲良くできて、まるで至福の時であった。


 そして、いろいろと話しているうちに、今がどういう状況にあるのか次第に分かってきた。

 今は、コンサート直前のリハーサルを終えたところで、あと数十分で本番が始まるということであった。

 メンバーは、みんな本番に向けて意気込んでおり、頑張ろうと声を掛け合っている。

 私も、頑張ろうと言ってはみるが、いくら大好きなグループとはいえ、歌詞を全部覚えているわけでもないし、振り付けもほとんど分からなかった。

 もしも、このまま本番を迎えて、ステージに立つことになれば私だけが、完全に取り残されて浮いてしまうだろう。

 そうなれば、観客の前で、メンバーではないことがばれてしまい、ものすごく恥ずかしい思いをするだろう。


 みんなと一緒にはいたかったが、何とかして、本番を迎えるまでに、この状況から抜け出さねば・・・。


 そう思って、みんなと会話しながら、必死に抜け出すタイミングを見計らっていた。

 しかし、メンバーのみんなは仲が良いため、いつまでもみんなで話している。

 なかなか、抜け出すタイミングが見つからなかった。

 そのうち、振り付けの最終チェックのため、みんな真剣な顔をしだした。

 私も適当にうなずきながら、みんなと動きを合わせる。


 本番数分前。

 ステージの裏に待機するため、控室から移動することになった。

 ここまで来てしまったら、抜け出すことなんて無理に等しい。

 私は、抜け出すことを諦めて、なりふり構わず、みんなの後ろで適当に踊ることにした。


 本番が始まり、みんなでステージに上がっていく。

 物凄いファンの歓声と、照明が眩しかった。

 メンバーは慣れた感じで、手を振ってファンに応えている。

 私も、手を振ってみる。

 人気者になれた気がして、とても心地よかった。


 いよいよ、音楽が始まり、私はなるべくメンバーの後ろの方で、前のメンバーの振り付けを真似することに全力を尽くした。

 一人だけ、ぎこちない動きだったが、後ろは意外と目立たなかった。

 そして、何曲か歌い終わり、いったんステージの裏にみんなで戻ることになった。


 何とか、やり切った。

 そう思って安心していると、スタッフの人に声をかけられた。

 何と、次は私がソロでステージに立ち、歌う番だというのだ。

 

 そんなことがあっていいのか。

 やっと、ここまで何とか乗り切ったというのに。


 詳しく聞いてみると、私のよく知っている曲だったので、歌詞は何とかなりそうだった。

 スローテンポな曲だったので、振り付けも特になく、ステージの端から端まで歩きながら歌うということだ。

 これなら、なんとかなりそうだ。

 しかし、そう上手くいくのか心配でならなかった。


 そうこうしているうちに、私がステージに立つ時間となった。

 私は、がちがちに緊張していた。

 照明が私に集中し、かなりの眩しさで周りが真っ白になる。

 笑顔で歩きながら、歌ってみるが、思った以上に声が出ない。

 今まで、本格的に歌ったことがないのだから、こんな広い会場で、声が通るはずもなかった。

 それでも、この状況で逃げ出すこともできない。

 私は、声がかすれながらも、必死に歌った。

 そして、何とかステージの端に到着し、歌いきることができた。


 ステージの裏に戻ると、メンバーがお疲れと言って、温かく迎えてくれた。

 私は、物凄く、やり切った気分になった。

 後は、みんなともう一度ステージに立って、また後ろで動いていればよかった。


 そして、コンサートを最後までやり切って、私たちはステージの裏で、お疲れ様と言い合い、やり切った気持ちを共有しあった。


 その時、私は、もう本来、自分がメンバーではないことなど、忘れてしまっていた。

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