第14話 人面イグアナ
私は一人で旅をしていた。
ずっと長い間旅をしてきたので、家にはもう何年も戻っていない。
気の向くままに様々な場所を訪れていたため、どこをどういう風に旅してきたか詳しく覚えていない。
今回行きついたところは、日本から遠く離れた国の、どこか一番端のような場所だった。
街のようなものはなく、行きついた端の場所に、ポツンとホテルが一軒建っていた。
その先は海岸になっており、見渡す限り海が一面に広がっている。
海岸には、何やら無数の生き物がいたが、離れていたので、それが何かは分からなかった。
私は、それらを特に気にすることなく、ホテルに向かい中へ入った。
ホテルは、街から遠く離れていて、端っこにあるということもあり、宿泊客は少なく、部屋は何室も空いていた。
ホテルを案内する係が来るまで、ロビーで待つように言われる。
ロビーからは、海岸や海を眺めることができて、すごく見晴らしがよかった。
しばらく、ホテルから外の景色を眺めていると、先ほどホテルまでの道のりでちらっと見えた無数の生き物がいた。
どうやらイグアナらしかった。
イグアナが海岸に数十匹ほど生息しているらしい。
体長は一メートルを超える大きさのように思える。
ふと、ホテルのすぐ外を見ると、そこにもイグアナがいた。
かなりの近さだ。
近いので、はっきりとイグアナが見えるわけだが、よく見ると何かがおかしい。
普通に見るイグアナと、どこかが違うのである。
じっとイグアナを見つめる私。
すると、イグアナも私に気付いたのか、ガラス越しにこちらをじっと見つめてきた。
イグアナと物凄く目が合う。
そうか。分かった。
このイグアナ、よく見ると、イグアナの顔をしていないのだ。
人間と同じ顔をしているのである。
しかも、顔だけが人間で、顔より下は完全なイグアナだったのだ。
人面イグアナである。
どうりで、違和感を感じるわけだ。
近くにいたイグアナの顔は男性の顔をしていた。
好みの問題もあったが、顔だけで言うとかなりの男前であった。
遠くの方にいたイグアナたちもよく見ると、みんな人間の顔をしていた。
しかも、イグアナの顔はどれも微妙に違い、個性があった。
こんなイグアナは見たことがない。
そう思って、近くにいるイグアナをもう一度見つめる。
イグアナも私をじっと見ている。
顔が人間なだけに、ガラス越しではあったが、今にもこちらに向かってしゃべりだしそうな雰囲気だった。
でも、人面イグアナは話さない。
そうやって、イグアナをずっと見ていると、ホテルの案内係の人がやってきた。
私は、案内係の人に、イグアナについて聞いてみた。
ここにいるイグアナは、みんな人間の顔をしているのかと。
すると、案内係の人に逆に不思議な顔をされた。
どうやら、ここの人たちにとっては、イグアナは顔が人面であることが当たり前らしい。
色んな世界を旅してきた私にとっては、とても珍しかったのだが。
いや、おそらく私でなくても、現地の人以外はみんなびっくりするであろう。
案内係は、私が不思議そうにしていることを気にも留めず、今日泊る部屋の場所と、食事をするところ、それから、大浴場があるらしく、その場所も説明してくれた。
私の部屋から、食事をするところや大浴場に行くには全て、このロビーを通るらしかった。
説明を聞き終えると、私は自分の部屋に行き、しばらく休憩することにした。
休憩する部屋からは、海岸が見えなかったため、あの人面イグアナの姿は見られなかった。
世界を渡り歩いていると、色んなことがあるものだな・・・。
そう思いながら、部屋で足を伸ばす。
そうしていると、お腹が空いてきて、食事をしに行こうと思った。
部屋を出て、ロビーを通り過ぎようとして、あの人面イグアナが気になり、ホテルの外を見る。
すると、あのイグアナはまだそこにいた。
ホテルのそばがお気に入りなのか、そこでじっとしている。
そして、やっぱり目が合う。
私はそのイグアナが気になりながらも、食事する場所まで向かう。
そして、イグアナのことが頭から離れないまま、食事をする。
ホテルの料理は、現地のものがたくさん出てきて、とても美味しかった。
お腹いっぱい食べて、満足しながら、再び自分の部屋に戻るために、あのロビーを通る。
またイグアナのことが気になり、外を見る。
やはりイグアナはそこにいる。
そして、目が合いながら部屋へ戻る。
次はお風呂に入るために、準備をして再びロビーを通る。
やっぱりイグアナはそこにいる。
そして、目が合いながら大浴場へ行く。
大浴場は、大きくて立派で、長旅の疲れを癒してくれた。
それでもイグアナのことは頭から離れない。
お風呂に入り終わり、また部屋へ戻るためにロビーを通る。
やっぱり外を見ると、イグアナはそこにいる。
目もばっちり合う。
今日一日だけで、何回同じことを繰り返しただろうか。
人面イグアナと私は、目が合ってばかりだった。
もう全く頭からあのイグアナの顔が離れない。
私は、頭から離れないまま、眠りにつくことにした。
朝、荷物をまとめて、ホテルをチェックアウトするために、ロビーへ行く。
手続きを済ませ、ホテルの外を見ると、やはり、あのイグアナはいた。
ここまで、目が合うと、どうも情が湧いてきて、このイグアナとの別れが名残惜しくなった。
それでも私は行かなければならない。
旅をするために。
これまで、どこへ旅をしたかなど、いちいち覚えていなかったが、この場所だけは覚えておこう。
また、このイグアナに会いに来るために。
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