第5話 祖父
「早く支度をしなさい。」と母に言われる。
今日は、おじいちゃんが、私とその兄弟たちを遊びに連れて行ってくれる日だった。
母から、おじいちゃんが、電車に乗って遠くまで遊びに連れて行ってくれると聞いたものだから、朝から楽しみで楽しみで仕方がなかった。
兄弟たちも、楽しみなのか、嬉しそうにはしゃいでいた。
お気に入りのリュックサックにお財布とタオルを入れて準備をすませる。
「いい子にしてるのよ。おじいちゃんの言うことしっかり聞いてね。」
そう母に言われて、私たち兄弟は、おじいちゃんと待ち合わせしていた駅まで母の車の運転で連れて行ってもらう。
向かった先は、いつもの見慣れた家の近くの小さな駅ではなく、車で三十分ほどのところにある、普段はあまり行かないような大きな駅だった。
大きな駅のとなりには、大きなショッピングモールや百貨店が立ち並んでおり、駅からは直結して行けるようになっていた。
駅に着くと、おじいちゃんが先に着いて待ってくれていた。
いつもおじいちゃんと出かけるときは、父や母も一緒なので、おじいちゃんと私たち兄弟だけというのは、とても新鮮な感じがした。
母は、おじいちゃんに私たち兄弟のことをよろしく頼みますと挨拶をして、私たちに手を振って去っていった。
いよいよ電車に乗って出発かと思ったら、おじいちゃんに電車に乗る時間までまだ一時間ほどあるから、それまでしばらく駅の周りのお店を見て回ろうと言われた。
普段、よく行く場所ではなかったため、どこに何があるのか分からなかったが、人の多さにびっくりしながらも、私たち兄弟ははしゃぎながら、おじいちゃんと一緒に色んなところを見て回った。
おもちゃ屋さんや服屋さんや食べ物屋さんなど、ショッピングモールが広すぎて、お店はとても沢山あった。
見慣れないお店が多かったせいで、私たち兄弟はとても刺激的で、見るもの全てに興味があふれていた。
その中でもとても気になったのが、ショッピングモール一階の入り口から少し離れた、駅に向かう途中の道にあった洋菓子店だった。
洋菓子店の中に入ると、フィナンシェやマドレーヌやクッキー、その他の焼き菓子がきれいに並べられており、どれもとても美味しそうに見えた。
どうやら、店の奥で全てを手作りしているようで、どれも作りたてのものが、棚に並べられていた。
あまりの美味しそうな見た目と匂いに、棚をじっと見ていると、おじいちゃんが、「欲しい物を買っていいよ。」と言ってくれた。
それを聞いて、私たちは嬉しくなり、どれにしようか真剣に悩んだ。
マドレーヌにしようか、それともクッキーにしようか・・・。
真剣に悩みだすと、なかなか決まらなかった。
そのうち、時間が経っていき、いつの間にかもうすぐ電車が発車する時間となっていた。
おじいちゃんに、「そろそろ時間だから、少し急ごうか。」と言われ、私は悩んだあげく、大きな丸いマドレーヌを買ってもらった。
私は、おじいちゃんにしっかりとお礼をいって、買ってもらったマドレーヌを大事に背負っていたリュックに入れた。
そして、おじいちゃんや兄弟たちと一緒に駅まで向かう。
たどり着いた駅は、あまりに広すぎて迷子になりそうなくらいだった。
おじいちゃんに切符を買ってもらい、改札口を通りホームに入ると、そこには今まで見たことのないくらいの数の電車がホームに停車していた。
6、7本は電車が停車していたような気がする。
一体どの電車に乗ればいいんだろう。
そう思っていると、おじいちゃんが、「一番右の電車に乗るんだよ。」と教えてくれた。
凄く長い電車だった。
この電車に乗って、ここから出発するのかと思うと、すごくドキドキしてきた。
みんなで、電車に乗り、出発するときを待ちながら、周りをキョロキョロと眺めていた。
そうこうしていると、「出発します。」とアナウンスが流れ、電車が出発した。
これから、私たちが向かう先へ電車は進んでいくんだな。
そう思うと、楽しみで仕方がなかった。
その時、ふと思った。
そういえば、私たちは今からどこへ向かうんだっけ・・・?
よく考えてみると、今日のおじいちゃんとのお出かけを楽しみにしていたものの、どこへ行くかは誰からも聞いていなかったのである。
おじいちゃんに聞いてみようかと思ったが、このまま何も知らずに向かうのも面白いかもしれない。そう思った。
その間も電車はどんどん先へ進んでいく。
私は、知らない目的地を楽しみに目指しながら、窓から見える風景を眺めていた。
・・・ここで目が覚める。
夢だったのか。
もしここで目が覚めていなかったら、もうちょっと夢の続きが見れたなら、あの後、おじいちゃんと私たち兄弟は目的地に着いていたのだろうか。
そして、みんなで楽しくやっていたのだろうか。
それにしても、おじいちゃん、懐かしかったな。
そう、この夢を見ていた時、祖父はもうこの世にはいなかったのである。
きっとこの夢は、亡くなった祖父がせめて夢の中だけでも、私たちを遊びに連れて行ってくれようとしたのかもしれない。
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