幼馴染
カーテンから差す光で目が覚めた。
部屋が眩しく、目を手で覆うようにして隠す。
しばらくして足音がして、薄目を開ける。すると俺を顔を覗き込むようにして上から見下ろす人影が見えた。
「おはよ。目が覚めたみたいね、朝ご飯出来たから先に降りてるね」
幼馴染の"芳江"だった。
部屋を出る一瞬、風に乗って微かに甘い香りが漂った。
完全に降りたことを確認し、俺は小声で呟く。
「芳江!俺は芳江が好きだ!」
言って吹っ切れると思ったが、そう簡単にもいかず、恥ずかしくなった俺は赤くなる顔を両手で叩く。
「痛って~!!」
俺が入る隙間なんて無いことくらい、とっくに分かってた。諦めなければいつか叶うなんて言葉は、"恋愛"に限ってはそれこそ夢物語だ。
兄さんの幸せは、俺にとっても幸せだ。
兄さんは昔から尊敬する人で、今も尊敬している。人間として、一人の男として、兄弟であることが誇らしいとまで思う。だからこそ、俺は間違っていた。俺が幼馴染である"芳江"を好きにならなければ、こんな苦しまずに済んだはずだ。
二人が楽しそうに話す光景を見て、普段なら何も思わない筈が、最近ではそれを羨むようになっていた。そして、俺はそんな自分が情けなく、辛かった。
兄の様態の確認が終え、安心した俺は昼過ぎに祖母の家に帰る事にした。
俺の中から"芳江"の存在を消す為に、両足を地面に繰り返し踏み付け、両手で顔を叩き、叫ぶ。
「なんで優しくするんだよ!なんで!なんでなんだよ!」
好きに理由など要らないと言うが、俺は芳江を好きになるべきではなかった。
幼い頃から仲の良い兄と芳江の光景を幾度として見てきていた。
そして芳江は鈍感なのか、ただ幼馴染としても義務感で優しくしていたのか、今となってはどうでもよかったが、俺は芳江に対する気持ちを断ち切る必要があった。それが容易では無いことも薄々分かっていた。
俺は祖母の家に帰る道中、一人の女性の事を思い出していた。
「今日も、あの人は居るのかな?時間もあるし、少し立ち寄ってみるか」
幾度として悩み、頭では理解していたはずの"叶わない恋"を、叶えたくないと言えば嘘になるが、俺にその資格はない。ましてや、その行為は尊敬する兄に対する宣戦布告のようなものである。
俺は幼馴染に対する感謝を払拭するため忘れようと、次の恋を探していた。
電車に乗り、両耳にイヤホンを装着し音楽を流す。
音楽を聞いている時は何も考えないで済む、俺にとって唯一の現実逃避手段であった。
「このままじゃ、大学に行っても何も変わらないんじゃないか?"愛してる"ってなんだよ...」
中学の頃付き合っていた"瀬良柚葉"と過ごした思い出が、シャッフルで流れた懐かしい曲と同時にフラッシュバックされ、不思議と涙が頬を伝う。
「柚葉、元気にしてるかな?離れていったのは俺だ、合わせる顔なんか無いよな。アイツのことだ、俺なんかより良い男が出来てるに違いない。その時は心から祝福しよう」
最寄り駅に着き、改札を抜け、駅近くのいつもの公園に立ち寄った。
中には砂場で遊ぶ子ども、ブランコで二人乗りをしている中学生カップル、散歩がてら園内を歩く老夫婦の姿だけだった。
「今日は、あの人居ないんだな。そういえば名前、聞きそびれてたな。また会えたらいいな」
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