決断

兄の言う"付き合えない理由"を俺は直接本人に聞いてみようと思う。


兄さんは部屋で課題があるとかで籠っているらしい。両親は今日も仕事で帰りは遅く、特にする事もやりたい事も一応考えはしたが直ぐに諦めた。兄さんの居る二階に上がり部屋のドアを数回ノックする。


「兄さん?少し入ってもいいかな?この前言ってた、芳江さんのことについて聞きたいことがあるんだ」


部屋の中から一言

「入っていいぞ」

部屋は余計な物がなく、ペンがノートを走る音、外の風が部屋を吹き抜けカーテンを揺らす音、俺は兄に促されるままベットの上に座る。


「兄さん、引越しするって聞いたけどだからって芳江さんと付き合わない理由にはならないよね?」

兄は思い出したのか、ペンを置き、椅子を回転させ俺の方に体を向け、目を見開くなり口を開く。


「和鷹、俺だって芳江の事は本気で好きなんだ...好きなんだよ!ダサいかもだが、願掛けみたいな事しててさ。大学の第一志望受かったら、俺から告白するつもりなんだ。それまで芳江には内緒にしてて貰っていいか?約束な!」


俺はてっきり芳江さんのことを好きじゃないのだとばかり思い込んでいた。冷めた態度こそとってはなかったが、どこか芳江さんのアプローチを避けてるようで気がかりだった。

兄の本音を聞け、芳江さんの片思いじゃないと知り安心したと同時に、俺の入る隙間が無くなっていくような気がして心から応援が出来ない自分がいた。


「兄さん、万が一志望校が落ちた場合どう考えてるの?」俺も嫌な性格をしてるのだと、自分で自分が醜く感じる。落ちれば俺が芳江さんに近づけるのではないかと。


「そうだなあ、その時は落ちた時に考えることにするわ!今は落ちない為に全力を出し切る!それだけだ!」兄弟とはここまで似ないものなのだろうか。


爽やかな笑顔に、真っ直ぐな瞳、勉強に対しても芳江さんに対する気持ちも両方本気で向き合ってるのだと、そんな尊敬するアニを見ると今の自分の醜さが更に際立つようで辛くなる。


兄は悪くない。ただ、自分で自分が嫌いなだけで柚葉に対する気持ちが友達だった頃と何も変わっていない事と、芳江さんに未だ好意があるという事に自分を抑えられなくなっていた。


「話してくれてありがとう。勉強頑張ってね」


兄の本気に比べれば、俺の気持ちは薄っぺらいもので、邪魔や抵抗する気持ちにはなれなかった。


「最後に一つ良いかな?兄さんは、引越しについてどう考えてるの?」


兄は俺を見るなり申し訳なさそうな顔で目が四方八方に動く。


「引越しの話、あの日から親に聞いてないのか?」


俺は緊張し、喉を鳴らす。


「分かった。実はな... ...」


俺は、これを機会に自然に柚葉と別れられるのだと、そして柚葉が居なくても一人で高校生活を謳歌出来るのではないかと、今まで兄や芳江さん、柚葉の隣に居ることで楽しかった毎日から卒業するタイミングなのだと、そう思った。


「俺、一人で頑張るよ!」


俺の頭を撫でるなり、兄は涙を流しながら笑顔で話す。


「和鷹、強くなったな!何かあったら言うんだぞ?」

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