卒業の先に待つもの
あの花火大会から半年近くが過ぎる。兄や芳江さんは高校三年になり、兄弟揃って受験生である。
特に行きたい学校もなく、入れたら何処でもいいとすら考えていた俺は、学校で渡された"進路調査票"のプリントをただ眺める。提出期限前日に適当に書いた内容は"自分探し"の四文字で、提出期限当日の放課後俺は先生に呼び出され、個人面談をするはめになった。担任の長い話が終わり、一時間以上もの時間が過ぎ気が付けば夕方の五時を少し回っていた。
一人で家に帰るのは少し違和感を感じるようになったのは、いつも、隣に柚葉が居たからだと思う。
「ただいま」家に着き、玄関を開ける。奥で何やら母と父が真剣なトーンで話している声が聞こえる。
リビングに入って内容を確認するなり、どうやら引越しについての話らしい。
「母さん、引越しするの?」と俺は聞く。母と父は何も言わず、ただ首を縦に振るだけだった。
「和鷹?訳あって来年から引っ越すことになったんだけど、あんたはどうする?」俺はあまりにも急過ぎる話に驚きはしたが何故か、思ったよりすんなりと受け入れることが出来た。
去年兄が"引越し"を匂わす事を夏休みのプールで話していたのが頭を過ぎった。
彼女と芳江さんと離れることになるのだと。兄はそれを知ってたから、芳江さんと付き合う事をしなかったんだと思う。でも、遠距離で付き合うことだって出来たはずである、それなのにしなかったのは他に理由でもあるのだろうか。俺には分からなかった。
友達の居なかった昔だったら、親もこんな事は言ってはこなかっただろう。最近は頻繁に遊びに行くようになって、それを見ていた親は俺を早急に引っ越させようとはしなかった。
「じゃあ、卒業までは此処に居るよ」一度納得こそしたが、引っ越すことを想像すると、また一人になると思うと怖くなった。
「そう、それじゃおばあちゃんに連絡しとくわね」携帯を片手に母はそう言った。
俺の祖母は駄菓子屋で店番をしてる。七十八歳という年齢にしては、元気な方である。最近になって少し身体が衰えだしたらしく、病院に頻繁に通ってるみたいだ。ただ何も無い事を祈るだけである。
俺は小さい頃から祖母が大好きで、今もよく会いに行っている。
駄菓子を買う訳でも無く、祖母に会いに行く為だけに通っていた。
俺がまだ産まれてなかった頃、祖父は早くに他界したらしく、祖母が一人で駄菓子屋を切り盛りしていた。
祖母が何かあっても直ぐに駆けつけれるようにと、俺が保育園の時にこっちに引っ越してきた。
しばらく祖母の事を考えるうちに、俺は母に抗議しに駆け寄る。
「お母さん?また引っ越すの?おばあちゃんは?」母は深刻そうな顔をしながら、「仕方ないのよ、もう決まったの」
俺は、この日から母が嫌いになった。
おばあちゃんの事を考え此処に引っ越してきたのに、また引っ越すと言うのだ。
「卒業したら、こっちに来るのよ?高校受験何処か決めたの?」
受験勉強なんてやってないし、何処を受けるのかすら検討もつかない。
特別勉強が出来るわけでもなく、正直何処でもいいとさえ思うくらいである。
どうせ卒業したら、柚葉と離れてしまう。それなら、今の内に思い出を沢山作っておこう。
夕飯と風呂を済ませ、明日からの彼女と遊ぶ計画を考えることにした。
「柚葉って何が好きなんだ?あいつ、あんまり自分の事話さないからなぁ~」部屋の椅子に座り、肩肘を立てながら考えた。
結論分からなかった。
「近々直接聞いてみるか」
四月十九日、土曜日の朝。俺は彼女を公園に呼び出した。
「これで本当に良いんだよな」一足先に公園に着いた俺はベンチに腰掛け、引っ越すこと。幼馴染を今も心に居るということ。俺の中で両方伝えるべきではないと思い、卒業まで黙っておくことに決めた。
「和鷹くん!おはよ!和鷹くんから、うちを呼び出すん初めてやない?」奥から手を振りながら、彼女はこちらへ向かっている。
俺は彼女を見るなり、両手で自分の頬を強く叩いた。
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