花火大会
プルルル… プルルル… 固定電話に表示された名前を見ると、柚葉からだった。受話器を上げ、耳に当てる。
「もしもし?明日の花火大会の話だけど、待ち合わせはいつもの場所でかまへん?」
時が流れるのは本当に早いものだ。昨日まで夏休みが始まったばかりだったのに、今日は八月二十五日。
そう言えば、柚葉と五日間ずっと宿題づけだった。
「もう、夏休みも終わっちゃうんだな」
カレンダーに目を移すなり、最後の花火大会が明日だということに気がついた。
「いつもの場所で。夕方五時くらいでいいか?」
「明日こそは、うち絶対遅刻しやんから心配しなくて大丈夫だよ!」
どの口が偉そうに言っているのやか、それは当然のことである。とはいえ、俺と柚葉にとっては花火を一発として見逃す訳にはいかないのだ。写真に収める事も理由の一つだが、なんたって最後の花火大会を目に焼きつける為である。
俺と柚葉は、カメラのバッテリーを満タンにする事は勿論、念の為予備のバッテリーの充電を開始する。
まさか、俺が芳江さんや兄以外の相手と花火を見に行くことなんて、考えたこともなかった。
前日夜、俺達は遅くまでパソコンで通話を繋げていた。
「明日楽しみだね」
「そうだな」
他愛もない話をし、最後の方は明日の花火大会に向けて二人して盛り上がった。
~翌日~
まるで遠足の前日と言わんばかりの興奮気味で、俺はあまり寝れなかった。
「ふわぁ~もう八時かよ~そろそろ起きるかぁ~」普段学校に行く時は七時過ぎには起きる。そして目覚まし時計を見ると、うるさかったのかアラームを止めるどころか、スイッチをオフに無意識のうちに切り替えていた。
「和鷹~飯出来たから早く降りてこいよ~」一階から俺を呼んでいるのは、兄の幸彦だった。
「今行くよ~」兄は今日も早起きで、ランニングでもしてきたのか上半身裸の姿で肩にバスタオルを巻きながら朝食を作る兄の姿が目に入った。
「兄さん、何処か行ってたの?」
食パン、コーヒーが並ぶテーブルに俺と兄の二人で朝食を食べながら、兄のその格好に質問を投げかける。
「あー、ちょっと走ってきたんだ。今日花火大会だろ?お前も行くのか?今日は誰だっけ?確か、瀬良さんだったか?あの子と見に行くんだろ?楽しんでこいよ」
言われなくとも楽しんでくるつもりである。きっと兄は芳江さんと行くんだろうな。ただの幼馴染として... ...
朝食を済ませ、暇を潰すにも限界があった俺は部屋に戻り昼寝をすることにする。
「おーい、瀬良さんから電話来てるぞ!待ち合わせの時間過ぎてるんじゃないか?」
「待ち合わせ?... ...ん?...あっ!!!」
俺は慌てて受話器を取り、電話に応答した。
「ごめん!今過ぐ行く!!」
玄関で靴を履いていると、自然と靴棚の上の置き時計が視界に入る。
時刻は十六時五十分。待ち合わせの時間は二十分過ぎていた。
散々柚葉を遅刻常習犯扱いしていたのに、今日は災難である。全力疾走で待ち合わせに向い、柚葉が公園のベンチで座っているのを見つけた。
「柚葉!遅れてごめん。屋台で何か奢るよ!」
柚葉は泣いていたのか、両目が少し充血していたように見えた。
「うち、和鷹くん来ないかと思った。うち凄く寂しかったんよ?」
大人が使う"携帯"とやらが有れば、こういう時に連絡が取れるのだが。俺は柚葉を二十分以上待たせていたのかもしれない。いつも遅刻する柚葉を、勝手に決めつけ一人にさせてしまった。
「本当にゴメンな... ...」
「うん。ちゃんと来てくれて良かったよ」
花火大会の会場に着き、俺達は花火が上がるまでの間屋台を見て回る事にした。
「うち、ここ来たら絶対食べたい物あるねん~♪」
さっきまでの表情とは一変して、楽しそうに笑っている柚葉の菅田がそこにあった。
「柚葉、浴衣似合うな。可愛いと思う」
バシンッ!!
「痛っ!!」
顔を逸らしながら俺の肩を叩く。
「褒めたら許してもらえると思ってるの?バカじゃないの?でも、まあ...ありがと」
柚葉が言っていた、絶対食べたい物。を探しに俺達は目的の屋台に向かって歩き出す。
「柚葉?さっき言ってた屋台って何処なんだ?」
「うち、わたあめ好きなんよ。和鷹くんは、かき氷やったっけ?」
しばらく歩き、"わたあめ"と"かき氷"の屋台を見つけた両向かいに立っていたので、それぞれ一旦別れ列に並ぶ。
お互いに目的の品を購入し、花火を見る為の場所取りに向かう。
「和鷹くんは、いつも何味買うん?」
不意にされる質問に、俺は答える。
「かき氷の味って、どれも同じだって知ってた?香料と色が違うだけなんだ。まあ、俺はブルーハワイかな。理由はとくに無いんだけどね」
少しドヤ顔で柚葉に答えるも、少し悔しそうな表情を浮かべどこかつまらなさそうにも見えた。
「なーんだ、和鷹くん知ってたんだ。先に言われたから、おもろないわ~」
「なんか、ごめんな?」
俺は柚葉が悔しがるのを良いことに、嫌味ったらしく柚葉に謝る。
「花火見る場所、此処でいい?」
彼女が指定する場所は、ベストポジションとは言えないが、周りに人が居ない静かな場所だった。
「おう。ここにしよう」
花火は近すぎると胸に響くが、少し離れた場所からでも充分に見えるし、二人で見る上で少しロマンチックで雰囲気がとても良いと思う。
「あっ!!」柚葉が叫ぶ。
「どうしたんだよ大声なんか出して、まさかバッテリー忘れたとかじゃないだろうな?」冗談交じりに柚葉に聞く。
「その、まさかだよ...どうしよう...」
もうすぐ花火が上がるという時間に、今から言えに取りに帰る余裕は無かった。
「良いよ、俺が撮るから柚葉は目に焼きつけると良いよ」
あれから一時間近く花火が上がっていただろうか、横に居た柚葉はいつの間にか俺の肩の上で眠ってしまっていた。
柚葉を起こさないように、そっと柚葉の頭を俺の膝の上に乗せる。
「寝顔も可愛いんだな。今でも信じられないよ、こんな可愛い相手が俺の彼女だなんて」思わず彼女たちの寝顔にカメラを向ける。
パシャ。
「にしても、可愛いな...」
起こしてしまったのか、彼女の口が開いた。
「何か言った?」
俺は彼女から目を逸らし、
「いや、なんでもないよ。花火大会、終わったよ」
「そっか、うち寝ちゃってたんだね..」
彼女の声は何処か悔しそうで寂しそうだった。
花火が見れなかった事に対するショックで泣いているんだろう。
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