別れ
祖母の事は大好きだし、柚葉と離れるのも寂しくないと言えば嘘になる。
異性とはいえ柚葉とは小学生の頃から友達のように接してきた俺は、付き合い始めてからも感覚は変わることは無かった。
それと同時に、兄の一言は"嘘"だとは思えなかったし、俺の持っていない物を全て持っている兄は羨ましい半面、尊敬していた。
"一人で頑張る"と言って兄を安心させたかったが、いざ兄が近くに居ないのだと思うと胸の奥の方から込み上げるように涙が溢れる。
引っ越す事に反対だった俺は、あの時兄は... ...。
「分かった。実はな、膵臓癌なんだ。大きな病院に入院することになって、それで直ぐに来れるようにって母も父も引っ越す話をしていたんだ。和鷹は此処でせっかく友達も出来た訳だし、和鷹まで来なくても大丈夫なんだぞ?」
そんな事を言われたら、行かないという選択肢は自然と消えてなくなってしまった。
いつも金魚の糞のように、兄の後ろを追うようにして生きていた俺は引越し先の近くの高校を受験し、これ以上兄に心配かけないように一人でも大丈夫だということを証明し、安心してもらいたいと本気で思った。
「俺の心配なんか良いからさ、兄さんはそんな病気直ぐに倒して早く帰ってきてよな!」
ステージワンと申告された今、早期治療をしないと後戻りが出来なくなるのは分かっていた。
兄さんは、万が一自分に何かあったら芳江さんを悲しませると思ったから、告白を軽く受ける事は出来なかったらしい。
兄が言いには、これが最善な手段だったと言う。
「芳江には心配掛けたく無いんだよ。俺がボロボロになる姿も見せたくないんだ。だから、芳江には秘密って事で頼むな」
"願掛け"と言う話は、俺にですら心配掛けたく無かったが故の"嘘"だったのだと、理解する。
柚葉と兄を天秤に掛ければ、考えるまでもない 。
「明日にでも柚葉に伝えよう」
意を決し、俺は柚葉と学校の登校中柚葉に告白する事にした。
翌朝。
「柚葉、俺引っ越すことになった。中学卒業したら直ぐに行く。柚葉には本当に感謝してる。俺なんかよりも良い男だって沢山居ると思うし、柚葉だったら大丈夫だよ!だから、別れよう」
バシンッ!!
「なんで!なんで和鷹君はそんな簡単に言えるの?なんで?分からないよ!引越し?理由は聞かないけど、少しくらい相談してよ!うちは君の彼女だよね?違うの?うちだったら大丈夫?なにそれ?意味わからないよ!うちの事はそのくらいの相手だったの?和鷹くんにとってうちは...うちはなんだったの?良い男って何?うちは和鷹君以外好きになれないよ!うちには和鷹君しか居ないんだよ!」
いつも元気で明るく、比較的穏やかな柚葉が声を荒らげ、顔をぐしゃぐしゃになるまで泣き、俺を睨みつけるなり俺の顔に平手打ちが飛んできた。
俺は柚葉に何も言える資格は無いと思い、ただ柚葉の走る背中を見る事しか出来なかった。
・・・ ・・・あれから九ヶ月
柚葉とはあれ日以降登下校を共にする事はなく、話す事も遊ぶ事も無くなった。受験生だということもあり、遊ぶ時間が無くなったのは必然ではあったが、それにしても会話はあまりにも無かった。
「今日で此処から離れるんだよな!今までありがと!」いつも利用していた公園や駅、街の風景を軽く見て周り、最後に大好きな祖母の居る"駄菓子屋"に顔を出す。
「おばあちゃん!和鷹だよ!今日で引っ越す事になったんだ。おばあちゃん!無理はしないでね?それと、兄さんが元気になったらすぐに帰ってくるから!長生きしてね!」
「和鷹や、おばあちゃんは早々くたばったりはしやんよ。なにかあったらいつでも此処に来ればいいさね。おばあちゃんは、いつでも待ってるからね」
祖母の優しい笑顔と、穏やかな声のトーンに俺は崩れ落ちるようにして祖母の膝の上でしばらくの間泣き止むことは無かった。
「おばあちゃん!絶対帰ってくるからね!」
「分かっておるよ。和くんも、無理はせんでな?之彦にも負けたらいかんでって伝えておくれ」
祖母と離れ、俺は家族と地元を離れる事になった。
車に乗り、出発しようとした時だった。
後ろから人影が走ってくるのが見え、窓を開け後ろを振り返る。大きな声で叫びながら追いかけてくるのは"瀬良柚葉"だった。
「和鷹く~ん!!うちは絶対君を嫌いになんかなってあげないんだから!!」
俺は柚葉に手を振りながら
「元気でな~!!」
窓を閉め、俺は本日二度目の涙を流す。
「和鷹、お前明日絶対目腫れてるな」
横に座る兄が俺を見るなり笑いながらそう言った。
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