入学式

三年の先輩が卒業し、俺達に後輩が出来た。


二年生になったとはいえ、特に変わるような事も無く、蕾だった桜が美しい桃色の花を咲かせ、 花見に来る人で集まっていた。桜は毎年見ているはずなのに、何年経ってもこればかりは飽きることがなく、満開に咲き誇った桜の木に、俺は今日も感動していた。


そう言ってみれば、俺が柚葉と初めて出会った時もこんな桜の木の下だった。


あれは俺が小学一年生の入学式の時の事だった。


四月十日入学式、緊張していた俺は、少し早く家を出て近くの公園に立ち寄った。


桜の大きな木を見ていると、木に向き合うようにして座っている、同じ歳くらいの女の子の姿が見えた。


満開に咲く綺麗なピンク色の花びらが一枚、また一枚と空を舞う光景は儚さこそ感じさせが、大きく凛とした姿は、俺に声を掛ける勇気を与えてくれた。


彼女に近づき、よく見ると同じ学校の制服を着ていて親近感が湧いたのか、話すきっかけを見つける事が出来た。



「あの、鷺ノ宮小学校だよね?僕の名前は、水原和鷹。よろしくね!」人見知りだった俺は、自分でも凄いと思う程よく話した。


彼女も酷く緊張していたらしく、肩が強ばっていたのが見て分かるほどだった。


彼女は強く両拳を握りしめ、ロボットのような歩き方で俺に向かってる歩いてくる。


「うちは、瀬良柚葉。水原くんは、花は好き?」


柚葉はそう言って"桜の木"を指差し、笑顔でそう言った。


彼女は、髪を耳に掛けるなり握手を求めるよう両手を差し出す。


「うち、ちょっと前まで此処に居なかったの。友達が出来るか不安やって、話しかけてくれてありがとう。クラス同じやったら、その時はよろしくね」


この頃、柚葉の第一印象は"仲良くなりたい"そう思った。


それからというもの、彼女とは四年に上がるまで同じクラスになることは無かった。


「柚葉~またそこに居たのね、そろそろ行くよ?」遠くから柚葉の母親らしい人が呼んでいた。


「今行くよ~」柚葉は俺を見るなり、笑顔で手を振って走っていった。


「僕もそろそろ行かなくちゃ!」


俺は何も言わずに家を出てしまっていた為、急いで家に戻る。すると、玄関で待っていた母は俺を見るなり


母は少し涙目で言った。


「怪我、なくて良かった。急に居なくなるから、探したんよ?」


心配そうに俺を見るも、怒ることはしなかった。

そして、何をしていたのか聞こうともしなかず、ただ俺を見るなり全てを理解したかのように、笑顔で背中を押してくれた。


純粋に心配してくれていたのだろう、母の額に汗が流れている事から探してくれていたのだと理解する。


「お母さん、ごめんね」


俺は半泣きになりながら謝った。


「これからは、勝手に一人で何処にも行かんでな?心配するんやから」


そう言って、母は俺の頭を何度も撫でた。


小学一年生。それは心が踊るもの。


そして初めてが沢山増える事。友達が出来、遊んだり、楽しい事は考えれば考える程胸が高鳴るものである。


現実は想像とは違い、クラスに馴染めるどころか友達は出来なかった。


いわゆるデビュー失敗ということである。そして、入学式の日に出会った"瀬良柚葉"、彼女とはクラスが離れていた。一学年六クラスある鷺ノ宮小学校に、俺と柚葉は端と端で会いに行くにも勇気が持てず、気がつけば七月の下旬になっていた。


一人廊下に理由もなく歩いていると、奥で聞き覚えのある声が聞こえた。


「痛っ!!」誰かの叫び声が聞こえ、声のする方に走った。


「大丈夫?怪我してない?立てる?先生呼んでこようか?」


彼女は水で濡れていた廊下で滑ったのか、強く腰を打ったらしい。

顔を伏せていた為、一瞬誰か分からなかったが、肩を貸し保健室に連れて行く時横顔が視界に入り、気づいた。


「入学式の時の、瀬良柚葉さんだよね?」彼女は、泣きながらではあったが、少し笑っていたようにも見えた。


「水原くんだったよね、うち水原くんに二回も助けられちゃったね。ありがとう」


そんなやり取りが続き、柚葉の覚束無い足取りを支えるようにして保健室の前に着く。


ガラガラガラ。


扉を開け先生に彼女を任せ、俺は教室へ戻る。


柚葉との出会いは、今となっては懐かしい思い出である。


「そう言ってみれば、四年生になるまで"瀬良さん"と同じクラスにならなかったんだな」


中学二年の始業式が終わり、一人俺は桜の咲く公園に、約束の花見をしに行った。俺は彼女の好意に気がついていた。俺は怖かった。


友達が出来始めた今、俺が彼女からの告白を受け、振ろうものなら学校中で広まれば、何を言われるかは明白だった。


"幼馴染"の事もあって、告白を受ける者として最低な事だという事も、重々理解していた。俺は友人は少なく、基本的に一人で居ることが多い、そんな俺がクラスで人気者の女子からの告白である。


俺の何処に惚れ、何処を好きになったのかは分からないが、今付き合うとなると、俺は"怖かった"彼女と釣り合わないし、隣に立つなんて恐れ多い事である。

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