バレンタイン

バレンタイン当日、あの柚葉の言葉が頭を過ぎる。


「チョコは好き?」

今まで意識してこなかったせいか、洗面所に映る自分を見るなり柚葉の顔が頭に浮かぶ。そして熱くなる顔を冷やすため顔を何回も洗う。


普段柚葉を待つ側の俺は、今日に限って珍しく寝坊してしまった。柚葉を少しでも外で待たせる訳にはいかないと思い、朝食を食べず玄関を飛び出す。


すると、玄関先で幼馴染が立っているのが目に入る。


「おはよ!和鷹くん。幸彦君はまだ中に居る?これ、先に渡しとくね」


彼女の名前は"長谷川芳江"

幼馴染で兄と同じ歳であり、俺の初恋のその人である。


「おはよう!芳江さん。毎年ありがと」

彼女は俺より少し背が高く、俺の正面に立ち軽く腰を屈ませ、前に流れた髪をそっと耳に掛け、反対の手で"チョコ"を差し出してきた。


「それじゃ、今日も"柚葉ちゃん"だっけ?仲良いみたいだし、貰えるといいね」芳江はそういって俺に手を振った。


「...はい、また...。学校で...」


芳江の言葉に、少し複雑な気持ちになりながら一歩また一歩と歩みを進め、柚葉を迎えに走る。


今日も柚葉を迎えに家の前にやってきた。インターホンを鳴らそうと人差し指を近づける。すると中から誰かが出てくる人影が見え、その手を止める。


ガチャ。


柚葉の母親だった。


「いつも呼びに来てくれてありがとね?今日は少し遅れるみたいだから、先に行って大丈夫よ」


俺は、寝坊でもしたのかと彼女の母に軽くお辞儀をし、ゆっくり学校へ向かおうと柚葉の家に背を向ける。


「み~ず~は~ら~く~ん!」


バシン!!背後から迫り来る足音に振り返った時には遅かった。


背中に走る衝撃に俺は思わず叫んだ。


「いって~!!何すんだよ瀬良さん!!」


「間に合って良かった!学校じゃ恥ずかしいから、今渡すね!」


彼女がおもむろに鞄から取り出し、俺の前に"それ"を突き出す。


「それ、義理でも友チョコでもないから...うちの特製チョコレートやから食べたら感想教えてよね?」


彼女は、少し意味深気味にそう言いながら、俺の正面に立ち頬を人差し指で突き、二三歩後ろにステップを踏むようにして下がる。


人生で幼馴染以外で貰うのは初めてだった。ただでさえテンションが上がっているのに、"義理でも友チョコでも無い"ときた。いくら俺でも平静を保つのがやっとである。


あまりに嬉しくて、俺は朝から少し浮かれていた。


「今年は何かあるなコレ」


そんな事を考えると、授業は案の定上の空で、気がついたら放課後になっていた。


「和鷹くん、部活行こっ!」

柚葉は昔から男女両方から人気があった。そして、今もその人気は落ちることを知らない。

だから、俺にも愛想を振舞っているのだろうと思っていた。


きっかけという程大きな事があった訳では無いが、小学生の時から、何かと絡む事があり、最近になって少し友達の域を超えてると自覚さえしていたりもする。


次第に今の関係が当たり前ようになり、気がつけば違和感のようなものは無くなっていた。


早まる気持ちを抑えられそうになく、嬉しい半面怖くなった。柚葉の気持ちに向き合える自信がないからか、心の整理が一向に出来そうにないのだと悟る。


「彼女に告白をされたら、俺は受けるべきか断るべきか、俺はどうしたらいいんだよ」


そんな事を考えながら、一人窓際の俺は運動場をただ黄昏ていた。


授業が終わり、いつの間にか放課後になり、俺はそんな事を考えていた。


「和鷹くん、何か考え事?悩みがあったらうちに出来ることなら力になるで?」


誰も居ない教室で一人座っているのを見兼ねたのか、柚葉が心配そうに俺の方に駆け寄ってくる。


こんな悩みを彼女に言えるわけがない。


「いや、大丈夫だよ。今日チョコ本当にありがとな」


彼女に告白をされるのは時間の問題である。


本来なら男である俺からするべきなのだが、俺に出来る覚悟がない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る