瀬良柚葉
"バレンタイン"とは、カップルが騒ぎ出すイベントである。
別に彼女が居ないからと言って僻んでいる訳では無い、ただ目障りだと感じただけである。
海外では男性から女性にというのが主流であり、原点を辿れば"ウァレンティヌスという人が処刑された日"であり、なにを盛り上がっているのか理解に苦しむ。
更にいえば、チョコレート会社が儲ける為でもあると言える。
言い出せばキリが無い習慣は沢山ある。クリスマスや教会で挙げる結婚式も同義である。
とはいえ、それらを否定するつもりもないし、俺にそんな権利は無い訳だが。
結論から言うと、モテる男は腹が立つ。ただそれだけである。
今でこそ"友チョコ"だの"義理チョコ"だとかでモテない男子に、微かな希望が見えていた。
バレンタインなんて無くなってしまえば良いと、一人愚痴を零しながら今日も朝から柚葉と登校する。
いつもと同じ、何も変わらない日常である。
途中から同じクラスの連中と合流して教室に入る。
そんな普通の日常が、俺は好きである。代わり映えのしない日常に、俺は一つの悩みを抱えていた。
二月に入って数日が経った頃だった。
今日も"遅刻常習犯"である柚葉を拾いに家に向かう。
二月とはいえ、雪が収まる気配もなく冷たい風が顔目掛けて襲いかかった。
「痛っ!」唇がついに切れた。少し血の味がして舌で軽く舐め、しばらくして血が固まった。
家の前に着き、彼女が出てくるのを待っていると、なにやら家の中から騒がしい音が聞こえてきた。
ガッシャーン!バタン!バタバタ・・・ ・・・
ガチャ。彼女が玄関から出てきては、なにやら恥ずかしそうに顔を歪めて笑っていた。
「雪、積もってるね。これだけ積もってると、雪の絨毯みたいだね。此処で寝たら気持ちいいんだろうなぁ」そう言って彼女は、軽く雪を蹴って見せた。
先輩に送る為の写真や撮影場所、過去の撮った写真を思い出し、何にするか考えているとあっという間に授業が終わり、放課後がやってきた。
教室から廊下へと流れるように居なくなる。
放課後に仲良く帰るカップル、足早に部活に向かう人、教室で誰かを待っている人。しばらくして教室には俺一人だけになった。さっきまで騒がしかった教室とは思えない静けさに、俺は一人妄想を繰り広げる。
「この学校は俺が占拠した!なんびとたりとも俺の自由を邪魔させはせんぞ!」
へくしゅん!!
廊下から聞き覚えのある"くしゃみ"に俺は、恥ずかしくなり軽く咳払いをする。
ゴッホン!
「にしても、今日も寒いなぁ~」
ガラガラガラ。
教室のドアが開き、慌てて独り言を呟くも、彼女の姿は俺の直ぐ後ろに立っていた。
「水原くん!今日帰り一緒に帰っていいかな?うち水原くんに話したいことあるねん」
瀬良柚葉だった。鞄からカメラを取り出し、カメラバッテリーを確認しながら、彼女の方へ体を向けると、何処か落ち着きがないように感じられたが、柚葉との登下校は俺の中では当たり前感じていたし、特に予定も無かったため二つ返事で答える。
「うん、良いよ。荷物置いたら、写真撮りに行こうな」
柚葉なりの優しさなのか、俺の厨二発言を触れる事はなく、話を逸らしてくれた。
「柚葉が俺に帰る約束なんか初めてじゃないか?何かあったのか?」
さっきまでの羞恥心を隠し、柚葉の発言に一度我に返る。
"彼女"ではないとはいえ、改めて異性と二人で下校するのだと、意識すればする程、緊張が増し、汗が至る所から滲んだ。
「そんな大したことないんやで?ただ、ちょっと気になっただけなんよ。それより、はよ写真撮りに行こ?」
そう言って俺は、柚葉と卒業する先輩達に、今まで撮影したら写真や、先輩達の活動場面の写真などをスライドショーで流し、最後に簡単なコマ撮り映像を俺達からメッセージを添えて送る計画を立て、卒業式まで一ヶ月を切った今、俺達は急ピッチで作業に取り掛かるため、カメラを持ち校舎を出て撮影しに向かう事にした。
部活動が終わり、柚葉が俺の方へ駆け寄る。
「先輩達、喜んでくれるといいね」
彼女は先輩と仲が良く、なにかと良くしてもらっていたらしい。
「柚葉の気持ち、きっと伝わるよ」
部室を出て下靴に履き替えた俺達は、校門を出て少し先輩との思い出に更けていた。
しばらくして、ふと部活が始まる前に彼女が言っていた話しを思い出した。
「柚葉、さっき話してた"話したい事"って何?」彼女は一度呼吸を整え、話し始める。
「水原くんは、チョコは好き?」俺は彼女の言葉に、感情に起伏が起こる。
瞬時にバレンタインの事であることを理解したが、俺は柚葉に好意を向けられる覚えはなく、向こうも友達としてしか思っていないのだとばかり思っていた。
人生で幼馴染を除き貰うのは柚葉が初めてということもあり、一度呼吸を整え冷静になる。
そして、俺なんかに渡すチョコは本命の訳が無いのだと。
ギリチョコか友チョコだとは思うが、どちらにせよ、俺は嬉しかった。
そうこう考えている内に、柚葉の質問を思い出し少しの沈黙の後慌てて答える。
「好きだよ!大好きだよ」
柚葉に向き合い、チョコが好きである事を正直に伝える。
「瀬良さん、大丈夫?顔赤いけど、熱でもあるのか?」
いつも元気な柚葉が、今日はやけに顔が赤みを帯びていた。
夕焼けのせいか、柚葉の顔がいつにも増して赤く見え、熱でもあるのではないかと思い心配になった俺は怖くなり、咄嗟に彼女を抱き抱え全力疾走で家まで送る。
「もうすぐ着くからな!」
早く家に届けないと、その一心で走った。
しばらくして柚葉の顔色を覗こうとすると
柚葉は両手で顔を隠すようにして覆っていた。
「水原くん恥ずかしいって、下ろしてよっ!うち熱なんか無いよ?」
柚葉の発言から"熱"でない事が分かり、
彼女の家の前に着き、早とちりして行動した俺は急に恥ずかしくなり、ゆっくりと彼女を下ろす。
すると彼女は帰り際、俺を見るなり
「馬鹿っ」
俺は何も言えず、ただ風邪でないことに安堵の息を漏らした。
・・・ ・・・
二月十四日。遂にあの日はやってきた。
いつも通りに平常心で彼女に会うのだと、鼓動が異常な速さを押さえるように玄関で何度か深呼吸をした。
「行ってきます!」・・・ ・・・
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