君とみた景色を今も鮮明に覚えている

緒夢來素

雪合戦

"四季の中で一番苦手な季節はいつですか?"

アンケートとかで、よく聞かれる質問にこれはある。そして、俺はすかさず答えることが出来た。何故なら"霜焼けに毎年苦しめられるからである。この苦しみは、分かる人にしか分からない。


俺は、部屋から窓の外を確認し、外は風が強く前が見えなくなる程吹雪いているのが見えた。身嗜みを簡単に整え、マフラー、手袋、ダウンジャケットを装備し、フル装備を見に纏い、俺は外という名の戦場に一歩踏み出した。


今日は、俺を合わせ六人で遊ぶ約束をしていた。その内の一人に、朝が弱いせいか学校を遅刻することが多く、小学校の頃から仲が良かった女の子がいた。俺は、そしていつしか彼女により"世話役"とやらに任命される事になる。


そして俺は今まさに、遅刻の常習犯とも言える女子の家に向かっていた。彼女の家は、俺の家から学校の丁度中間地点にある。


家の前に着き、インターホンを押そうとしたその時だった。ガチャっとドアが開く音がして、中から人影のようなものが見えた。


「えいっ!」


声が聞こえた時には手遅れだった。握り拳くらいの大きさの冷たい物体が、近距離で顔にぶつかってきた。


「冷たっ!」いくら防寒具を装備したとはいえ、顔は無防備である。すかさず顔に付いた雪を手で払い、飛んで来た方向に目を向ける。


「水原くん!おはよ!」


したり顔で俺を見ていたのは"瀬良柚葉"である。

俺は彼女に反撃をしようと雪を掻き集め、彼女に向かって投げつけてやろうと、両手を振り上げた時、視界に映った彼女は無邪気に笑っていた。


まるで初めて雪に触れたかのように、柚葉は雪の上を飛び跳ね、滑ったり寝転んだり、彼女の笑顔を見ると、急に反撃する気が失せ馬鹿らしくなった俺は、自分の足元に"それ"を投げつけた。


「瀬良さん。早く行こ!皆待ってるよ」両手を上にあげ降参の意思表示をする。そして二人で集合場所へと向かった。


しばらく歩いていると、彼女の口が開く。


「あけましておめでとうございます。今年も宜しくね!水原くん!それと、さっきは何で反撃してこなかったの?」


俺は柚葉と今のように遊ぶのが当たり前になっているが、柚葉が俺に見せる表情は他のクラスメイトとは少し違うように思えた。


俺が思うに柚葉は、容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀ときた。まるでアニメや漫画の世界のような彼女は、同性からも異性からも人気こそあったが、柚葉が優しい事を良い事に、利用目的で近付く人も少なくはなかった。


"住む世界が違う"と思っていた人も居たかもしれない。


そして俺もまた彼女に対し、心のどこかで似たような事を感じていた時期もあった。


そんなある日、彼女に対する味方が大きく変わった。


柚葉自身、それに気がついていたのか、公園で一人で泣いている姿を何度か見てしまった。


学校では常に笑顔で、周りからチヤホヤされている事に偏見を持っていたが、クラスメイトの大半は、彼女の一面を知らない。


俺が彼女と友達になってから、学校が楽しいと感じるようになったのも、紛れもない事実である。


とはいえ、彼女の体に乗り移る事が出来ない限り、彼女の考えは分からないし、彼女の行動や言動や仕草の全ては、考えられ計算された事なのか、あるいはただの天然なのか誰にも分からない事である。


そんな中、中学二年の一月現在。学校中の男子から告白をされた回数は、数え切れないほどである。そして一部の間では"結婚したい女子ランキング"等が開催されていた事が、つい最近耳にし驚いたものだった。クラスの男子も当然と言うべきか、放っておける訳もなく、俺が"彼氏"だという意味不明な噂が流れ、周囲の男子から嫌というくらい確認されたのも、今となっては安心したのか、聞いてくる人がいなくなっていった。


そして一人になると、ふと"柚葉"の顔が頭を過ぎる時がある。


数多くの男子からモテる秘訣はなんだろうか。なぜ付き合わないのか。柚葉の好きな人は誰なのか。


本人にしか分からないことを、俺は無意識に考えてしまっていた。


友達の少なかった俺にとって柚葉とは数少ない"友人"の一人であり、彼女と居るといつもペースを呑まれてしまう程、俺にとって柚葉とは"親友"という言葉が限りなく近く思う。


思春期であるこの時期、異性同士が仲良くするだけで周りの視線は敏感に感じたし、刺さる。


そんな事を考えながら、俺は柚葉に対し正面に向き直る。


そして柚葉もまた、俺をどう思っているのか気にならない訳ではなかったが、わざわざ聞く事はしなかった。


なぜなら、答えによっては今の関係が壊れてしまうのではないか不安だったからだ。

・・・ ・・・


ようやく集合場所に辿り着いた俺達は、他の四人を待っていた。約束の時間を少し過ぎ、携帯電話は持っていなく、友人との連絡の取りようがなかった俺達は、しばらくの間待ってみたが、来る気配は無く、何か理由があったに違いないと思い、行く予定だった神社から変更し、俺と彼女は地元の神社で初詣を済ませる事にした。


このまま帰るのも、何処か味気ないと思った俺達は、しばらくの間近所の公園で遊ぶ事にした。彼女は公園に来る時は、よく花を見ては楽しそうにして眺めていた。


お年玉を貯めたお金で、カメラを買ったとかで今は取扱説明書を必死になって読んでいるらしい。


「水原くん!今度、うちが買ったカメラ持ってきてあげるからね!いっぱい写真撮ろうね!」俺は昔から集合写真以外は、カメラを向けられると逃げていた。なぜなら、撮られるのは苦手だからだ。


俺は、彼女の楽しみにしている顔を見ると、いつも断れずにいた。いつだったか、過去に一度遊ぶ約束を断った時があった。


その時に彼女は酷く落ち込んで、それでも無理して俺の前では笑っていたんだ。いくら俺でも、無理した笑顔を見抜けない程馬鹿ではなかった。


「おう!楽しみにしてるよ!」公園の斜面に咲くスイセンの花を眺めながら、楽しそうに笑う彼女を見て、次第に俺も楽しくなっていた。


「瀬良さん。雪合戦、しようよ!今朝の続きをしよう!」しゃがんでいた体を起こし、大きな欠伸を一つして両手を上に上げて体を伸ばした。彼女は顔を縦に振り、

「うん!いいよ!今度はちゃんと投げてきてよね?手加減なしなんだから」


両手で膝に付いた雪を払って、立ち上がるなりそういった。


膝下くらいまで積もっていた雪は、歩く度に鳴る音が心地良かった。ザクッザクッ。


「いくよー!えいっ!」


彼女の雪は俺の所まで届いてはなかった。いつも大きな塊を作って投げてくるからだ。小さい雪の塊を複数掴み、俺は容赦なく彼女にぶつけにかかった。


「雪合戦とは、こういうものなんだよっ!」


とはいえ、数打てば当たる。


という戦法の俺はコントロールが悪く、彼女になかなか当たらなかった。新しい玉を作っている最中、彼女による近距離攻撃に、俺は撃沈した。

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