ノイズキャンセリング

冥仙りな

ノイズキャンセリング

 とうとう願いが叶った。これで煩わしい雑音とはおさらばだ!




 2年D組、喧騒。右斜め前の席で先生をなじる声。現文の堀田は口が臭いらしい。真後ろの壁際では学年一有名なカップルが乳繰りあっている。へぇ、日曜はデート。お幸せに。それを遠巻きに揶揄する左斜め後ろの女子3人組。本人近いよ、大丈夫? 黒板近くでは筆箱に落書きを施された広瀬が今まさに反撃を開始するところ。狂騒。そしてそれは、私以外の耳には、なんの問題もなく毎日通り抜けていく。


 私はどうやら人より耳が良いらしいと気がついたのは、小学生の頃。教室で下手くそなリコーダーが30人分吹き荒れている中で、内線の電話の音を私がただ一人聞き付けた時からだったと記憶している。それ以来、私は気が狂うような騒音に苛まれてきたのだ。全ての人の会話が私の脳にダイレクトに伝わり、その内容が文字になって広告塔の様に、閉じた目の後ろに映し出される。うるさくて眠ることすら出来ないから、私はただただ暇な人を演じるしかない。それは、世間体が何よりも重要なこの「教室」という唯一無二の牢獄では、非常に痛手になるのだった。せめて友人の一人でもいればいいものの、高校デビューを派手に失敗した私の周りに今更人が集まるでもないし、まして、口を開けば卑屈以外の一切が出てこないようなこの私と、好き好んで話したいと思うような人はそうそう居ないのだ。

私の机だけが、ただ静かだった。


 右斜め前、堀田が宿題の未提出者を至近距離で叱っている。見なくてもわかる。叱られている側の顔は鼻が曲がっているだろう。後ろではデートが上手くいかなかった様で、甲高い声で彼を責める女の声と、苛立ちを露わにして隠そうとしない男の声が混ざりあって気持ち悪い。左斜め後ろは、ほれみろと言わんばかりの笑い声。ねぇ、今あの子そっちを見てたよ。黒板に広瀬がぶつかって一際大きい音がなった。笑い声、怒声、手を打つ音、足を踏み鳴らす。狂騒。頭蓋を揺らすような言葉の数々。


 耐えられなかった。騒音から解放される方法。それは、一つしかない。




 ようやく訪れた静謐な教室に私は一人で悦に入る。しかし、一難去ってまた一難とはよく言ったもので、聴覚の次には嗅覚が問題になってしまった。どうやら私は耳だけでなく鼻も良かったようだ。

この教室に充満する鉄臭い匂いに耐えられず、吐き気を喉元でどうにか飼い慣らそうとしてみる。

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ノイズキャンセリング 冥仙りな @grumble

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