第12話 マッキーの記憶

 マッキーが島へ行って、もう三ヶ月も経った。全く戻って来る気配も感じないし、消息も分からない。ただ世間は何事もなかったように、いつもと変わらない毎日が過ぎていた。

 シュナジーはハーネスとまめに情報を取り合っていたけど何の進展もなかった。

「なあハーネス、マッキーは何処に消えちまったのかなあ」

「やっぱり、あの時わたしが行けばよかったのじゃない? たぶん途中で事故かトラブルがあったのよ。わたしなら対処できたわ」

「確かにマッキーは鈍い所があるけど、君が行っていれば俺は今ここで暢気にしてはいない。たぶん俺達は責められていたはずだ。それにマッキーが自分で選んだ道だったし、あの時に俺を車から付き落としたくらいだ。信じて俺達は待つしかないな」

「でも、もう三ヶ月近くもなるし、いくらなんでも長すぎるわ」

「案外とひょっこり戻って来るかもしれないぜ」

 シュナジーはその辺の路地を見回した。ハーネスもつられて目をやる。

「マナ村の整備工場とかマッキーの自宅倉庫をしに行ってよ」

「何度も行ったさ。もち論先月も行ったよ。他に思い当たる所もハーネスと回っただろ。なのに何処にもいない」

 シュナジーは頭を振ってこたえた。落胆するハーネスの気を逸らすように、持ってきた新聞紙を目の前に広げて見せる。

「ねえハーネス、この新聞の記事を見てくれ」

「なに? 事件なの」

「この写真だよ、レースで優勝した時の写真、この時が懐かしいぜ」

「クラウスで優勝したの? すごいわね、それに二人ともいい笑顔だわ」

 記事に写る二人の表情を見て、ハーネスは顔をほころばせた。照れの混じったマッキーの顔を見詰め、ぼそりと呟く。

「やっぱり、あの大きな島に一人で暮らしているのかな?」

「島で? 家を建てて、畑を耕して、木の実を食ってか? しかしもう戻って来てもおかしくはないだろ?」

「なんらかの事情があるのよ、クラウスが動かなくなったとかね。そうなるとわたし達が何か考えて秘策を練り、あの島へ乗り込む方法を考えなければならないわね」

「そうそう、それはかなり難しいらしいな。あれからもラウルは島へ乗り込む機体を開発していったけど、何度も失敗して墜落したらしいぜ。やっぱりあの島の磁場とやらは強力らしいな」

「そんなに地場の影響がひどいのね、わたしもお母さんと何か考えてみるわ」



 それからも何も変わらなかった、その次の日もずっと。

始めの頃は必死で探していたけど、今は疲れて、シュナジーは仕事に専念して気持ちを切り替えていた、ただ何もない毎日が過ぎていった。

 シュナジーは新聞記事に掲載された、優勝したときの写真を眺めていた。

「初めてあの倉庫に行った時にマッキーが入れてくれたコーヒーはうまかったなあ。今思えばあのお湯も大切なものだったな。それで車からグツグツと音がして、マッキーが乗ると暴走した。あれはメッセージだったのか」

 シュナジーは落ち着かない気持ちになる日が時々ある。そういう時は決まってマッキーの倉庫に行ってみる。

 いつものようにマッキーの自宅倉庫に着いた。カギはいつも開いているし、だれもいないから汚れはしないだろうけど、煤はたまる。マッキーがそのままにしていった食器とかを今日は片づけて行く事にした。そうやって倉庫へ行くとシュナジーは目を疑った

「ん? クラウスだ! 確かにクラウスだ」

 シュナジーは車を降りて走った。

「マッキー! 帰っているのか?」

 倉庫の中からは返事はない。シュナジーはあちこち探した。それでも見つからない。何処かに寝ているのかと思ったがいる気配が全くない。シュナジーは何度も叫んだが自分の声だけが倉庫の中で響くだけだった

「マッキー、いないのか? 返事くらいしろよ」

 シュナジーは久しぶりにマッキーの勤める整備工場に行ってみた

「マッキーが戻ったのか! どうなのだ」

「マッキーの倉庫には車だけあって……」

工場のボスもマッキーが帰って来るのを今かいまかと待っていた」

「車があった? 中にはいなかったのか?」

「はい、全てみましたが何処にもいません」

「車があるのに何故だ? ここには一度も来ていない」

「ああそうですか、また何かわかりましたら来ます」

工場のボスはうなだれた。マチとホーリーも後ろの方で聞いていたが、マッキーの行方が分からない事を知ると作業に戻った。

 仕方なくシュナジーはハーネスの所へ行った。

「本当に? 車だけしかないなんて、とても変だわね」

「マッキーの姿は何処探しても見あたらない。一体どうなっているのか」

「ねえシュナジー、クラウスは無人で自動に走る事ができるの?」

「自動で? 今まで乗ってそれはなかったと思うけどな。車だけ自分で帰って来たというのか?」

「あるいは誰かが乗って降りて来たとかね」

「誰かがって、別の人が? もしかしてラウルか?」

「それは違うでしょ。ラウルがクラウスをわざわざマナ村に止めに行かないわ」

「そうか、どうしてマッキーの倉庫なのか?」

「そのクラウスにはまだ石英は装備されていたの?」

「ああ、確かにあったよ。島に行く前のままだった」

「石英は地図を表すけど、クラウスの道しるべにもなるわ。自動で戻って来る事くらいできるのかもしれないわね」

「それじゃ、車だけ戻ってマッキーはグランドベースに取り残されたままという事になるのか?」

「分からない。しかし車があるって事になると今度はわたしが乗るしかないわね」

「ハーネス!  本気で言っているのか? クラウディアが黙ってはいないよ」

「今となっては、残された道はこれしかないわ。やるしかない」

「ハーネス!」

「わかったなら、クラウスを取りにマナ村まですぐに行くわよ」

「わかったよ、でもそう慌てるなって!」

シュナジーとハーネスはマッキーの自宅倉庫までクラウスを取りに行った。

「ハーネス、本当にいいのか?」

「大丈夫よ、でも島上陸にはシュナジーもついてきてもらうから」

「ああっ、そうだよね。でもその前にモーリスを探さないか? 俺達だけじゃ不安だよ」

「わかったわ、お父さんにもついて来てもらおう」

 ハーネスとシュナジーはモーリスを探しに町をまわった。



「ハーネス、ここはウォータモルンの中では小さい市場だけどなかなか良いものが揃っている所だぜ」

「知っているわよそのくらい。私達もたまに来るからね」

 シュナジーは山で会ったチェの店にハーネスを連れて行く。

「じゃ、ここの麦は知っているか? 麦だけじゃなく米もいいものを置いている。チェはいないのかなあ」

「そうなの、ここの店で買った事はないわね」

「いたいた、こいつがチェだよ」

「知り合いなの?」

「一度話しただけだよ。島の近くにある黒い石の地下で麦とかを作っているのさ」

「地下で作っているの? 真っ暗じゃない?」

「それが、そこは明るかった。あそこは不思議だ。あれはやっぱり上の島、グランドベースからの影響があるのかもしれないな」

「一応聞くけど、その地下にもマッキーはいないよね」

「そこもいなかったさ」

 チェの所のおじいさんの症状が、記憶をなくした人達のそれと似ていたのが気になった。シュナジーはチェの店を訪れ、チェのおじいさんの事を聞きに行くつもりだ。

「へー、いろんな物を売っているのね。いつも通るのに全く知らなかった」

「よお、チェ、相変わらずおじいさんの面倒を見ていて大変だな、チェは偉いよ」

「あっ、お前か。友だちがずっと前から来ているぞ」

「俺の友だち? 誰だ?」

「山で会っただろ」

「もしかしてマッキーの事か?」

「嘘だわ!」

「嘘じゃない、そこにおる」

「えっ? 何処だよ?」

 シュナジーが店の周りを見回すと、いつもの記憶をなくしたおじいさんと、もう一人知らないがマッキーと同じ体格ぐらいの子供がいた。

「もしかして、お前マッキーか?」

 小さくうずくまって、そして震えているのは紛れもなくマッキーだった。ハーネスはのぞき込み確認するように話しかけた。

「ここにいたの? 心配したのよ! 何があったの?」

「あなた達は誰ですか?」

「何いっているのか? 俺だよ、覚えていないのか?」

 マッキーの髪の毛はカラカラになった泥が付いて頬は傷だらけ。痩せこけた顔をゆっくりあげた。

「やっぱり、記憶がなくなっているのね」

「記憶がなくなるだけじゃない、とてもひどい状態だ。チェ、マッキーは何処にいたのか?」

「この人は自分からここに来た。何処から来たのか分からない」

「ハーネス! とにかくつれていこう。このままじゃ死んでしまう」

「わかった、とりあえずわたしの家に行くわね」

 マッキーの腕を二人の肩にかけるが、変な顔したまま、なかなか自分で立ち上がろうとしない。そのまま強引に連れて行くしかなかった。

「友だち、大丈夫か? まるで我のおじいさんだ」

「大丈夫だよ、チェ。マッキーをありがとう」

 痩せこけたマッキーは車で移動している間も意識はもうろうとし、ハーネスの家へ着くなりクラウディアに会わせた。

「とてもひどいわね、こんな事になるとは思っていなかったわ、ハーネスはあの島へ行かなくて良かったじゃない」

「マッキーが島へ行って、こんな事になったのは残念だわ、だから今度はわたしがグランドベースに乗り込むわ」

「何を言っているの! 車に乗る事だけでも危険なのに島に行こうなんてもっての外だわ。この子が悲惨な状態になっているのをわかっていて、それでも何故あの島へ行くの? ラウルの思うつぼだわ」

「そういう事を言っているのじゃないの。マッキーは戻ってきたって事よ」

「戻ったって言っても、辛うじて命があって良かったと思える状態じゃない」

「でもお母さんも島の謎を知りたいでしょ?」

「ハーネスを危険にさらしてまでも知りたいとは思わないわ」

「だけど、お父さんは行くしかないと言っているわ」

「あの人はそういう人なの、昔から。それにいつモーリスと会ったの? この事は知っているの?」

 ハーネスとクラウディアの熱くなっているので、言いにくそうにシュナジーが割って入った。

「ここに来る途中に会って連れてきました。クラウスが走っているのを見て気づいたみたいです」

 クラウディアがシュナジーの後ろを見た。

「モーリス、またあの時の実験のように娘を犠牲にするのね、ひどいわ」

 ゆっくり冷静に歩きながらクラウディアのもとへ近づく。

「まああの時と同じ状態だが、今回状況は違う。ハーネスは自分から志願している。更に謎解明の目標は目の前にある。ラウルが何かを企んでいる事も考えると、今謎を解きに行くしかないと言う事だ」

「だけど、あそこへ行くと記憶をなくすわ、そうなるともとも子もない。この子のようにね」

「しかし、強い電磁波と記憶をなくす事は全く関係ない、何か他の力がかかっているはずだ。私が見ていれば分かる」

「現在の科学では、研究者のダーツと言う人が電磁波による記憶の消失や健康障害を唱えている。疑いは十分にあるわ」

「ダーツの研究はまだ立証されている訳ではない。実際自分の目で見るまで分からないのだ。世間の言葉に惑わされるな」

「事前に危険を阻止する事も大切だわ」

「だが、やってみないと分からない事もあるだろ」

「行くとしても、何も事は解決しない。記憶がなくなれば今の事も忘れてしまうはず」

「その時は、仕方がない」

「なんて人なの!」

「言葉をはさむようだけど、マッキーの車は自宅の倉庫に止まっていたさ。そして本人はウォータモルンにいた。クラウスがあれば戻ってこられると言う事。ただ今は俺達の事を忘れているだけ。だよな、マッキー」

「……」

 マッキーは返事をしなかったが、食事と睡眠をとり、少しずつ体力を回復させていた。

「俺達は、記憶が消えても、他に何か起きたとしても、その覚悟はできている。この問題はマッキーが最初に飛び込んだ。俺達は、避けて逃げるわけにはいかない道。それに島へもう一度つれて行って忘れる記憶の謎を解き、マッキーの記憶を取り戻さなくてはならない」

「そうよ、このまま何もしないでいても、どうせ落ち着かないわ、ねえいいでしょお母さん」

「……、わかったわ、だけどわたしは残る。ハーネスが記憶をなくして帰ってきても家が分かるようにしておかなければならない。後は信用に欠けるけどモーリスに託すわ」

「相変わらず信用されていないな、まあそうと決まれば出発だ」

「これでいいのかハーネス」

「ばっちりだったわ」

「いいけ何処の先、ハーネスに振り回されそう……」

「なに……」

「いや、なんでもない」

 四人はクラウスに必要最小限の食料と道具を積み込む。

「缶詰は?」

「スープはいらない、重くなるわ」

「水は?」

「水は必要だわ、マナ村と同じ環境だったら困るから」

「工具は?」

「一応持っていこう」

「スコップは?」

「それはいらないでしょう」

 ボーっと遠くを見ていて虚ろ目のマッキーを乗せ、四人はいざ旅立つ。

「ハーネス、気をつけてね、無事をいのるわ」

「クラウディア、これを持っていてくれ」

 モーリスがクラウディアに無線信号機と起爆装置を渡した。

「なんなのこれ?」

「いざと言うときの為だ、お守りとして持っていてくれ」

「島を爆破させるの? 無茶だわ」

「島は破壊できない、巨大すぎる。仕掛けたのはふもとに位置する黒い石だよ。憶測だがあの石は島に関係している。戻ってこなければ押してくれ」

「どうなるのかわかっているの?」

「それは分からない、やってみるまでは」

「持っておくけど、使わないからね!」

「それでいい」

 四人はハーネスが運転するクラウスに乗って動き出した、始めはゆっくり、そして次第に加速していった。

 モーリスが後部座席で何かを見つけた。

「なんだこれは?」

「あっそれは、クラウスのあった倉庫のそばに落ちていたよ。何かの紋章が入っている」

「ポールの倉庫で? このピンの紋章何処かで見たような気がする」

 見る見るうちに速度が上がって行く時、ラウル組織と遭遇したが、顔を見る余裕もなくスライドして離れた。ラウル組織は島への進入を計画していたみたいだ。

「あれは! すぐにラウル殿に報告しろ、後れをとってしまった。いつの間にクラウスが戻ったのだろうか?」

 クラウスは速度をつけている為、ラウル組織は追いつけない。

「見えたな、グランドベースと言う名の島だ。必ず戻って来るぜ」

四人は再び謎の島を目の前にして、グランドベースへ乗り込んで行く。

「もしかすると私達は全ての記憶をなくすかもしれないわね、でもさよならとか言わないでおく」

「おう、当り前さ、なあマッキー」

「……」

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