第9話 クラウディアと石英
シュナジーは汲んできた水を車の燃料タンクに補給した。
「やっとこれで山を下りられるな」
「うん、一件落着だよ、でもさっきの子供は歩いて戻っているんだよね?」
「チェの事か。あいつは足が鍛えられているから、このくらいの距離はなんて事ないよ」
「いつもここまで来るのかな?」
日暮れにはまだ時間があるはずだけど、森の中はもう薄暗くなっている。
「必要なら毎日でも来るだろうな。チェたちのように自分から働かなければ生きていけない環境の子供は沢山いるさ。マッキーならあの子らの気持ち分かるのじゃないのか」
「うん……」
シュナジーは車に乗り込みすぐにエンジンをかける。
シュルルルー
「あれ?」
エンジンが空回りしている音。
「おお、かかった。よかったぜ」
どうにかエンジンがかかり、二人はホッとした。
クラウスはゆっくり動き出すと山を下りていった。
「そういえばさっきの建物に寄ってみない? クラウスが沢山置いてあった所」
「ああ、あそこか? もう奴らは帰っただろうかな」
マッキーは建物内に沢山放置されていたものがなんなのか気になり、もう一度そこにあった車を確かめに戻った。
こんな山奥にポツンとある建物を目の前にすると、やっぱり奇妙だった。だんだんと日は暮れていき、暗くなる。だけど建物内は光を内部に取り入れる設計になってあるようで、さほどまだ暗くはない。日暮れの光は、いくつも並ぶ車のボディーに反射していた。
「シュナジー、ちょっと来て。ここの車は全部クラウスじゃないよ」
「クラウスじゃない? よく似ているけどな。それじゃこの車は何だ?」
マッキーは車の下をのぞいたり、ボンネットを開いたりして調べている。
「ボディーは確かにクラウスにそっくりだけど、エンジンは普通のガソリンエンジン仕様だよ。クラウスの特徴がない」
「クラウスの特徴?」
「クラウスは人の手で軽く押すと、浮いたようにスライドして動いて行く。それが全くないのはただの車と同じだ」
「なるほど! ラウルの奴らが気にもとめないはずだな」
並ぶ車は全部で二十五台。全てクラウスと同じデザイン。おそらく一度も走る事なくここに保管したままだろう。しかしここには誰もいない。ラウル達もここの車には興味がなく、広い建物内に並ぶ車の隅で二人は腰に手を置き、何故ここの車は放置されたままなのか考えていた。
「脇の方にも部屋があるな、行ってみようぜ」
二人は小部屋の扉を開くと事務所みたいな所を見つけたが、そこにはなにもなかった。
「壁の板に何か文字が書かれている」
「俺もこの文字はさすがに読めない。文字と言うより暗号じゃないのか?」
「シュナジー、こっちにももう一つ部屋があるよ! 入ってみよう」
もう一つの部屋は、扉の枠がゆがんでいるのか、なかなか開かない。
「堅いなぁ、建て付けが悪い。マッキー下側を蹴ってくれ。行くぞ。せーのー!」
扉は下を引きずりながら音をたて、ようやく開いた。
「ああ、ここにもあったよ」
部屋に入るとまたもや車が置いている。ただクラウスとは少し違い、同じ流線型だが、車体が長く作られている。
「ここの車はボロいな、なんでこんな事になっているのか?」
そこにある二台のうちの片方はは車体が前と後ろ真っ二つに切断されている。タイヤもエンジンも何もなく空っぽだ。
もう一つの車体はボディーがボロボロで塗装もはがれている。とても汚い。マッキーは錆びたボンネットを開くと、今度はエンジンの周りを鉛で固められていた。クラウスと違うし、車の原形がとどめられていないがこの二台に限ってはさっきの二十五台と違い、シートから内装、車体の内部構造まで、マッキーのクラウスととても似ていた。
「ここは、何をする場所なんだろう」
「不思議だよな。車体のデザインは違うけど部品一つ一つは似たものばっかりだぜ」
「しかし、ここにあるものを見ていると、何か開発途中のもの思えるよね」
「謎ばかりだぜ。何なのか知りたいよな」
「誰が何の為に……」
その時、低い声がした。
「その謎を教えてやろう」
「はっ! ラウルの組織だ!」
「お前達、やっと見つけたぞ!」
二人はすぐにラウルの組織に囲まれた。
しかし身軽のマッキーは男達が捕まえようとするのをすり抜けた。
「マッキー、クラウスの所まで走れ!」
「わかった、!」
マッキーが車へ乗り込もうとドアを開けると既に男が座っていた。
マッキーはすぐに男に捕らえられて、また建物の中へ引き戻された。
「我々からは逃げ続ける事は不可能だ」
「お前達はどうして俺達からクラウスを奪おうとするのか?」
「奪う? もともとクラウスは我々の物だよ。それにここの秘密を知ってしまったからには君らも生かしてはおけない」
「いや、まだ全容は知らないですけど!」
「では、教えてやろう!」
「別に、いいです!」
「何故だ、知りたいのだろう」
「だって、知りたいけど、知ったら殺されるだろ?」
「それは……、ここの存在も知ったし、どっちにしても一緒だ」
「じゃ、さっさと教えてくれ!」
「何だ、その言い方は! もう言わん!」
「何だよ。ひょっとして、クラウスと似た車と関係があるのか?」
「ここは我々が使っていた開発施設だよ」
「へー、わかった、じゃ」
「おい、ちょっと待て! 話は最後まで聞け!」
「ああ、わかったよ、聞くよ」
「今から十四年ぐらい前の事だ。我々は昔、モーリスが立ち上げたプロジェクトチームのメンバーだった」
「えっ? モーリスって昼間のか」
「お前達と一緒にいた男だよ」
「それではこの施設もさっきのモーリスって人の物なのか?」
「そうなのだが、話をさかのぼると、モーリスは初めにに海上でクラウスを回収してから車を調べる為に、ある極秘の研究機関に車を持ち込んだ。それが二〇年前だ。そこの研究機関はグリース研究所といい、世間に知れる事のないように森の中に施設を造った。世界中を飛び回る研究者だったモーリスは仕事を辞めると、そこで新たに働く事になった。モーリスとラウル殿もその場にいた。順調に謎が解明されていたが、あるとき問題となり実験は中止、その研究機関はすぐに解体され、クラウスも分解する事が決まった」
「なんで分解するのか? もったいない、それで問題って何だ?」
「私も一度ラウル殿に聞いたが、やはりそこでの人間関係がもたらした問題らしい、私も詳しくは聞いていない」
「結局クラウスは分解しなかったのか?」
「破壊する事になっていたはずだ。だがモーリスはクラウスを研究所から持ち出して、今度は自分で謎を探っていった。だが計画を実行する為に当時の研究員の一人だったラウル殿を引き入れ同時に、我々もラウル殿について行く事になった。我々はモーリスを始めから信用していなかったがクラウスは特殊な車で、研究は金儲けの為のプロジェクトチームと言うのはわかっていたから、我々も協力する事に決めた。五年続いた極秘のグリース研究所が解散して一年後、そう一九四六年、モーリスを筆頭に始めた研究チームの拠点がここの施設だ」
「やっぱりそうだな、モーリスっていう人もそんな事言っていたよな」
「クラウスを水で走るようにしたのはモーリスで。水で走る事のできる車を大量生産して売り出すように予定していた。開発前から既に注文が沢山入っていた。だが水で走る事に成功できたのはオリジナルのクラウスだけだった。結局水で走る車をモーリスは造る事ができなかった。仕方なく同じデザインのボディーを設計して、車体を似せて製造した。だけどエンジンは普通のガソリンエンジンだ。注文が入っているものに限っては、そのタイプを格安で納品したがすぐに車は返されてしまった。いくつか売れたが残ってしまった車がここにある物だよ」
「そうか、お前らの工場だったのか。しかし違うデザインの車が奥の部屋にあったぜ」
「奥の部屋にある車は我々が造った物とまた違う、もう少しクラウスを研究していくと、同じ類の車が他にも存在する事がわかった。我々はあらゆる所へ調査にとび、探し続けた。すると二台の車がそれぞれ違う所で発見された。大切な研究材料だったが車体にはエンジンが積まれていなかったり鉛が詰められていたりで、結局は使い物にならなかった。モーリスはその二台も水で走るよう改良をかさねていた、しかしそれもむなしく不発で終わった」
「あれもだめだったのか」
「あきらめたモーリスは、自ら手を引いてしまったよ。同じくモーリスのチームは三年足らずで解散した」
「解散したのに残っているお前達は何者だ?」
「三年前に新しく我々の組織はラウル殿の指揮で再結成された組織だ」
「また、金儲けのチームか?」
「違う。ここに置いてある車も関係ない。そんな事よりも更に大きな物を手にいれるのだ」
「大きな物? それは何だ?」
「ラウル殿の計画は私にも教えてもらえないが極秘で何かを進めていこうと考えているのは間違いない。それにはこのクラウスが必要となるのだ」
「わかったよ、じゃその車持っていけよ! じゃまた!」
「だから、お前達はただでは帰せない。今からお前達を拘束する」
「拘束? 車は受け渡したじゃないか」
「お前達はラウル殿の下で働くのだ、でなければここで死ぬ」
「言いなりにはならないさ」
「お前達は命が惜しくないのか?」
「そりゃー死ぬのは嫌だ。かといって俺達がラウルの所で働き、車を金儲けの為に作っても何もおもしろくない。それに肝心なラウルの計画は聞けていないしな」
「そういえばそうだな。ただラウル殿からはお前らを始末していい事言われているのだ」
「ほー、恐い組織だぜ」
「まあいい、この山の中から自力で降りる事は難しい。縛り上げて置いていけ! すぐに本部へ戻るぞ」
「なんだよ、ひどい奴らだな! 置いて行くのか」
シュナジーの喋るのを相手にもせず、ラウルの組織はクラウスをキャリア車に積み込むとすぐに行ってしまった。
「マッキー、ラウル組織はさっさと行ってしまったな。こんな山奥に置いていきやがって」
「でも、命だけでも助かってよかったね」
「とりあえずロープを解こうぜ」
体に巻き付けられたロープをシュナジーが持っていたナイフで切り、二人はやっと身動きがとれるようになった。だけど暗くなってきた森の中、ゆっくり歩いても、木の根に足元をとられて転けそうになり、危なくてしょうがない。
「シュナジー、もう真っ暗だよ! どうすればいいの?」
「仕方ない。街までひたすら歩くしかないな」
「だけどこのまま歩いても迷子になりそうだよ」
「朝までには着くさ、それともさっきの車の倉庫に戻るか?」
「いやだよ! やっぱりあそこは気持ち悪い」
「でも結構あの倉庫も良さそうだったよな」
「あっ、そうだ。あそこにあった車、動かないのかな?」
「戻ってみるか? 動くかは分からないぞ!」
「どうしよう、戻ってみる?」
「よし、戻って動くか調べてみようぜ」
二人は車のあった建物まで暗い道を戻った。戻るのは早かったが建物を目の前にすると、さっきよりも暗くて足がすくむほど建物は黒く不気味。二人は、なかなか中に入れない。
「マッキー、先に入れよな!」
「シュナジーが行って!」
「マッキーも戻ろうって言っただろ」
「わかったよ、じゃー入るよ」
「おう……」
「……」
「……」
「喋ってよ!」
「びっくりするなあ、後ろにいるから大丈夫だ」
「周りが全く見えないよ」
「そこじゃないか?」
マッキーは一台の車のドアを開け、シートに乗り込むとエンジンをかけてみた。
「やっぱりかからない。うんともすんともいわないよ」
「無理か」
「だいたいガソリンの臭いがしないから燃料が入ってないと思うよ。水では走らないだろうし」
その時後ろから何か気配がした。
「ん? マッキー、何か音がしないか?」
急に二人はライトに照らされた。
「うわっ! まぶしい! 誰だよ?」
「やっぱりね! あなた達クラウスを取られたわね! どうしてくれるの」
「あっ、あの時の子だ! どうした?」
「どうしたじゃないわよ! クラウスがどうなったか心配で探していたのに、結局ラウルに取られる事になるとはね」
「悪かったよ、車を取られた事は謝る。どうしても君を助けなければと思ってさ……」
「しょうがないわね……、お母さんどうする?」
「ハーネス、この子達を責めても仕方ないじゃない」
「君、ハーネスと言う名前だったのか」
「気安く呼ばないでよね。それに本当バカ!」
「そんな事言わないの、ハーネス。二人は何も関係ないわ」
「でも、あの車がラウルの手に渡ると大変な事がおきるのでしょ?」
「大変な事ねぇ。分からないけど、ラウルが最近おかしいのよ。何か企んでいる事は間違いないし、モーリスも何かの為に動き出しているのじゃないかって、この先なにか起こる予感がするわ」
「モーリス? モーリスって知り合い?」
「なに言っているの! 知り合いも何もわたしの父よ!」
「えっ、モーリスって人、昼間偶然に会ったぜ」
「バカじゃないの? 偶然なわけないわ、クラウスに乗っていれば跡をつけられるのは当然だわ」
「だけどその人、クラウスを解体しろと言ってたぜ。そうさせる為にクラウスを捜していたのか?」
「知らないわ。わたしは父の顔を今まで知らなかったし、会った事もなかったくらいよ」
「知らなかったのか? でも、さっき会ったろ?」
「うん、会ったわよ。それで父だと知った」
「さっきわかったのか? すごい話だな」
「そんな事はどうでもいいの。それよりもせっかくここまでお母さんが隠し続けて来たのをあなた達のせいで皆ラウルに取られてしまったって事よ。車も石英も」
「石英? 石英って何だ?」
「水晶みたいな石よ! あの時渡したでしょ!」
「ああ……、そうだったねシュナジー。今考えると何てバカな事をしたと思うよ。せっかくハーネスが盗られないよう俺達に預けたのにね。あれも車の中だ」
「あの水晶だろ? あれは車の中じゃないぜマッキー。俺が別の場所に隠してあるからな」
「そうだったの、さすがシュナジーだね!」
「そうそう、あいつらには予想もつかない所」
「この子達やるわね。わたしはクラウディア、研究で調べてわかった事だけど、実は、石英はクラウスにとって何か重要な道しるべとなっているらしいわ。だけどあれが発見されてからまだ、石の実態が解明されていないの。でも盗られていないだけましだった。」
クラウディアの話は興味深く、マッキーは聞き入った。
「それじゃーその石英と言う物でクラウスのある場所が分かるって事ですか?」
「クラウスの所が分かるのじゃないわ。これが教えてくれるのは、クラウスが造られた場所よ。それはまだ謎に包まれている空間なの。この石英によって、その空間が存在する事が明らかになったわ」
「えっ! そんな場所があるのですか?」
「その実態もまだ分からない事ばかりだけどね」
「しかしハーネスはそんな大切な石を、よく俺達に預けたな」
「ラウル組織は石を必ず奪いに来るし、わたし達が持っている事は既に知られているわ、それにあなた達はこの石の価値が全くわからなそうだったから、逆に安心かなと思ってね」
「そんなに大切なものだったとはな。とりあえず石英をハーネスに返すよ」
「わかったわ、それで部品屋は何処にあるの?」
「部品屋は街の方だ。当然夜は店が閉まっているよ。昼間に取りに行くしかないな」
「仕方がないわね。ならそのお店の場所を教えてくれない? わたしが直接取りに行くわ」
「わかった。しかし店のかあちゃんは少し変わっているからなあ」
「あなたの母親なの?」
「違うよ、でも昔から通っている店だからかあちゃんみたいなものだけどな」
四人はクラウディアの車で真っ暗になった狭い山道を下る。ライトを照らしても先があまり見えないのに、物ともしない速度だ。後部座席では車が段差を乗り越える度にマッキーとシュナジーが跳ね上がっていた。
「しかしシュナジー、なんで水晶を部品屋に隠そうと思ったの?」
「何も考えていないよ。石英だろ? 結局そこにしか隠す場所が思いつかなかったな。マッキー喋っていると舌をかむぞ!」
遠くに大きな工場が見えている、こんな夜中でも稼働しているみたいだ。
「あれは何かの工場ですか? あんなに煙を吐き出して」
「あれは石油コンビナート、石油製品製造の工場よ。石油をもとに原料や燃料などの工場施設の企業集団だわ。周りの住民の反対もあり白昼に煙突から煙を出すのはあまりにも印象が悪いので、夜中に一気に燃やしているの」
「すごいですね、そんな施設があるなんて」
世間は寝静まる時間、二人は車が何処走っているのかわからなかったが、一本通った道路に出るとシュナジーが気づいた。
「あっ! ここに出たのか。そしたら部品屋はすぐ近くだ。一応場所を言っておくよ」
「うん、寄ってみる事にするわ」
シュナジーの誘導でいつもの部品屋の店にたどり着いた。
「ここなの? なんだか汚い店だわね、どうしてこんな所に隠したわけ?」
「えっ、さっきは良かったって言ってなかったっけな?」
「そうだけど、こんな小さな店に隠してもすぐに見つかりそうだわ」
「大丈夫だって、店のかあちゃんにはちゃんと言ってあるから、ん? ちょっと待ってくれ!」
シュナジーは車から降りると部品屋の窓際まで駆け寄りその窓から中をのぞき込んだ。
「何なの、なにか見えるの?」
「あちゃー、違うよ。窓際にあるのを見てみろよ」
ハーネスも車を降り、店の窓際まできた。
「ここに置いているだけじゃないの。全く、よく今まで見つからなかったわね。それも一段と目立つ所に飾ってあるなんて。石英を販売しているみたいになっているし」
「何やってんだかあちゃん。明日にでも、すぐに取りに行くか」
「わかったわ! わたしも一緒に行くわ」
「あなた達、今日はもう遅いわ。どうせ明日一緒にこの店に行くのならわたしの家へ泊まって行きなさい」
「えー! どうしてこいつらを家へ泊めなければならないのー!」
「ハーネス、あなたも十六歳の女の子だから言葉に気をつけなさい」
「でも、臭いし汚いし!」
マッキーとシュナジーは顔を見合わせてから自分の腕や体の臭いを嗅ぐと、顔を見合わせて苦笑いした。
「いいじゃない、お風呂も貸してあげなさい」
「えー! もー!」
ハーネスは一気に落ち込んだようにふてくされて話さなくなった。
「家はモーリスも住んでいないし男っ気がないからね。それにおなかも減っているでしょうから」
二人は、またまた顔を見合わせて、おなかに手を置くともう片方の手で静かにガッツポーズした。
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