第7話 開発者モーリス

 マッキーはマナ村に帰ると、何事もなかったように仕事に励んでいた。シュナジーは自分の車に乗ってウォータモルンに帰った。

 倉庫が荒らされた原因はラウルの組織だと言う事が判明し、クラウスはマッキーの倉庫に入れず、ラウルの組織から分からないように、森の中に隠すとシートと草で覆った。

 肝心な水晶体みたいな石英はマッキーが持っておくようにシュナジーが言ったが、マッキーの居所は既にばれている為に、結局シュナジーが持ち帰る事になった。

 そう決めて二人は一時別れた。

 そのつもりだった。

「シュナジー! ウォータモルンに帰ったのじゃないの?」

「ああ……っ、帰ったよ、帰ってまたマナ村へ戻ってきた」

「もしかして気になっているんだよね?」

「気になって、あまり寝られなかったぜ」

「行ってみる?」

「ああ行こうぜ!」

 二人はあれから、ハーネスの事も何処につれていかれたのか気になっていた。

 二人はまたボスの所へ行った。

「ボス……」

「いいからいけ、全く! このしわ寄せは帰ってから働いて返してもらうからな!」

「すみません! ありがとうございます……!」

 二人はさっそく整備工場から出た。

「マッキー、仕事の事を社長はよく了解したな」

「そうだよね、ああ見えてボスは優しいよ。それに俺もこのままじゃ仕事に身が入らない……。ボスには悪かったけど」

「そうだな。早速だけど、何処に行けばいいと思うか?」

「ラウルの組織は何処にあるのかな、見当がつかない」

「一つ一つ聞き込んで捜して行くしかないぜ」

「でも彼女大丈夫かな? もう手遅れとかならないよね?」

「そもそもラウルって何が目的なんだか」

 二人はシュナジーの車に乗ってウォータモルンに向かっていた。

「ねえシュナジー! ラウルの組織はまたクラウスを探しに来るよね?」

「探して来るに決まっているじゃん。もしかしてマッキー、 クラウスを出すのか?」

「その方がよくない?」

「そうだろうけど、車を取られないようにここまで逃げてきたのだろ」

「しかし、あんまり時間をかけられない気がするんだよ」

「だけどこの車を守る為にあの彼女が犠牲になって、彼女を助ける為に車を囮にするのか?」

「うん、結局そういう事……」

「彼女を見つける事ができたとしても、なんで戻ってきたの! っていわれるぜ」

「だけど彼女、心配だよ?」

「そうだよな、それは言えるぜ。すぐにでも行くか」

 二人はクラウスを隠した森まで向かい、車を乗り換えると再びウォータモルンへ走った。

 町の境にある峠を越えようとしていると、思い出したようにマッキーが言った。

「あっ、待って。シュナジー、止めて!」

「どうした? 忘れ物か」

「いや、ここら辺だったかな? あった、ここだ、ずっと忘れていた」

 マッキーは思い出したように車を降りた。

「ほこら? 水くみ場か。ここにもあったのか、何度も通っているのに気づかなかったな。クラウスの分も多めに入れておこうか」

「違うんだ。少し入り込んでいるからね、シュナジーちょっと降りてここから来てくれる」

 マッキーは水くみ場から草をかき分け、林の中へ入っていき奥へと進む。

「ちょっと待てよ、何処に行くのか!」

 前に見た石をどうしても確かめたかった。水くみ場から見えていた黒い大きく角張った石は気味が悪くて前は行けなかったが、今日は二人いるので恐怖感はなかった。

「こっち。あれを見てくれよ、何かあるだろ? あそこ」

 道から林の中へ入り、斜面を登って行くマッキーが更に奥を指して言った。

「ああっ、何かあるな。あの黒い物か? 林の中が暗くてよく見えないな」

 シュナジーは目を凝らしてその先を見てみた。

「行ってみるね!」

 マッキーは道なき道の草をかき分けて進むと、小さな虫が舞ってとぶ。木の上からは猿のような鳴き声がする。

 思ったよりも黒い石の所までは遠く、なかなかたどり着かない。

「マッキー、もう下の道路からかなり離れているよ! 引き返した方がいいのじゃないか? それにクラウスをそのまま置いてきて大丈夫かな」

「うーん、もう少しいけば石の所に着くと思う」

 黒い角石が近づいて来て、自分の身長の三倍はある事が分かると、黒光りしている物体がマッキーは気持ち悪くてしょうがない。

 一歩遅れて上ってきたシュナジーも驚いた。

「なんだこれは! マッキー」

「分からないんだよ。前に水くみ場から見えていたこの石がなんだか急に確かめたくなって気になっていた。だけど怖くなって近くまで行かなかったんだ」

 マッキーは石のそばまで来るとその物体をまじまじと見つめた。指先で触れると表面がつるつるしていて顔が写りこんでいる。こんな巨体な石の物体を光るくらい磨いており、接合部分がないと言う事は一つの石を削って造ってあるという事だ。上部に向けて直線的だ。角張ったような文字が彫刻されているが、マッキーは読めない。

「マッキー、この文字は俺も読めない。見た事がないものだな」

 全体からすると石はピラミッド型で、頭部だけが山の頂上を向けて更にとがった形になっている。とがった先に何かありそうだと思ったが、先には何も無いように思える。

「結局これが何なのかは分からないね、わかりそうな気がしたんだけどね」

「誰が造って、誰がここに置いたのか? マッキー、謎の車の次は謎の石か?」

 シュナジーは石の下の方を足で蹴ると、石の中心から音がしたような気がした。もう一度勢いをつけておもいっきり蹴り上げた。

カーンーッ

「アイテッ!」

 跳ね返るように音が鳴ったが、石はビクともしていない。マッキーは石に耳をあてて、石が反響しているのを確かめた。

「奇麗な音だよ!」

 音は次第に小さくなり、遠のいて行くように聞こえなくなった。しかし耳を澄ませると、微かになる別の音に気づいた。

ピーン!

 一定の間隔で鳴っていて、それはやむ事なく鳴り続けていた。

「何の音か分からないけど遠くから聞こえている」

 細い針金を固く張って、それを弾いたような音。

「マッキー、そろそろ戻ろう。クラウスが心配だ」

「ああ、そうだね」

 車へ戻って乗り込み、クラウスを再び走らせた。

「ウォータモルンといってもどの辺りを探すの?」

「とりあえず、レース会場の辺りを走らせてみようぜ」

「でも、いざラウルの組織に出会うと思うと怖いね。何か作戦をたてておかなければならないね」

「作戦か。そうだな、俺の通っている車屋に、見かけがクラウスと一緒になるように同じものをレプリカとして作ってもらうとか!」

「いいね、それおもしろいよ。しかし何日かかるの?」

「駄目か、それじゃ俺が大きな板にクラウスの絵を描くよ、遠目には分からないと思うぜ」

「シュナジー絵が上手なの」

「たぶん上手。描けるよ」

「それからどうする?」

「それからはな……、絵だとわかって諦めて帰るラウルを俺達がつけて行く!」

「このクラウスで追跡するの?」

「それこそバレてしまうな、やっぱり俺の車で来るべきだったか」

「シュナジーの車も、ついて行くには目立ちすぎるね」

 二人の作戦は決まらないまま、街中にクラウスを走らせてみたが、ラウルの気配は感じられなかった。

「また例のビルのあった所に行ってみる? 彼女と会った所だし、ラウルもここに戻って来ると考えていないかな?」

「そうだな、それにクラウスを知っていたおじいさん、また会えるかもしれないしな。ラウルの事も知っていたら聞いてみたいし」

 向かう道は悪く、バックミラーのガラスがぶれ、はっきりと後ろを写せていない。

「ん? マッキー、来たみたいたぞ、後!」

「ついて来ているね、間違いない」

「どうする? このまま行くか? 車は一台みたいだ」

「シュナジー、乗っているのも一人だよ。いざとなれば逃げきれるね」

「偵察人か。とりあえずビルのあった所まで走ろう。この車を彼女と交換という話もって行くか」

 ビルのあった広い所に到着するとクラウスをゆっくりと止めた。すぐ後ろについてきた車は、同じように停止した。やはりこの車をつけてきていたようだ。シュナジーとマッキーはゆっくりドアを開けて車を降りた。すぐに後ろの男も降りて来ると、二人に近寄ってきた。

 シュナジーが話を切り出した。

「言いたい事はわかっている、彼女とこの車を交換しよう」

「どういう事だ? 君達は何の話をしている?」

「回りくどい事はもういいよ、この価値のある車が必要だろ」

「ああ、言うまでもなくその車は貴重なものだ。大切な研究材料だったよ」

「研究材料? この車は何かの研究に使われるのか。確かにこの車、水で走る車だ。わかったぞ、この機能を調べて同じ水で動く車を造り、沢山製造して売り出そうと考えたりしているのだろ!」

「それはもうやったよ、昔の話だ」

「昔の話? なら何故今この車を奪おうとする? それも大きな組織ときた」

「大きな組織? 私は一人しかいないが」

「もうバレているよ、あんたもラウルの組織の一人だろ?」

「ラウルか! 奴らはまだ活動していたのか」

「違うのか? 俺達はそのつもりでここに車を止めた」

「ハハハーッ、奴らとは違うよ。私は、そこのクラウス・スモービルの開発技術者、モーリスと言う者だよ」

「何だって? 嘘だ!」

「私はその車を奪いやしない。ましては女の話しも知らん、ただ一つ君達にお願いがあって、その為に私はついてきた」

 シュナジーはマッキーの顔を見ると、うなずいてモーリスを見た。

「お願いか? それは何だ?」

 シュナジーとマッキーはその男の顔を見ていた。

「それは、この車を今すぐ処分する事だよ」

「処分? 何故この車を壊す必要があるのか?」

 二人は訳がわからなかった。

「まさかビルの中にずっと保管していた物を修理して、乗っているなんて思いもしなかったよ。ここに長く置いていたのは人目につかないようにする為だった。私の知り合いのビルは古く、誰も車を置いているなんて気がつかない、何年もここに置いて世間の記憶から消えるのを待っていた。やがてビルの持ち主が建て替え工事を行うと言う事で見知らぬ遠くの工場に引き取りに来てもらい、間違いなく廃車処分にする事を約束したのだよ」

 マッキーはクラウスを倉庫に保管していた人に会えてほっとした。

「そうだったのですね、だけ何処こに来て車を造った人に会えるとは思いませんでした」

「私はこの車自体は造っていない、この車を研究しただけだよ。それよりも君達は何故この車を走らせているのだ。廃車する約束と違うし、この車はそう簡単に動かせないはずだよ」

「はい、確かにこの車、初めは廃車処分をする為に引きとりました、しかし……」

「君が倉庫から引き取ったのか? 工場は何処にある、何という工場だ?」

「マナ村にあるポルトという整備工場です」

「マナ村か、水が出ないあの村か。確かにマナ村で依頼した記憶はあるが整備工場には頼んでいないし、名前も違うな」

「廃車の依頼は他からまわってきた仕事です。近隣の工場は貧困でつぶれていきました。それ以外は何もわかりません」

「そんなにマナ村はひどいのか……」

 モーリスは村の現状を聞くと言葉を詰まらせた。

「僕はマナ村で、クラウスを修理する事が一つの楽しみでした。色がとても奇麗だったし、造りにも興味が出てきてコツコツとなおしました」

「これは君が修理したのか、構造がよくわかったな!」

「修理したのはシュナジーと二人です。修理したと言っても壊れているものを元に戻しただけで、本当の中身は未知数です。できれば中身の構造と仕組みを教えてもらいたいのですけど」

「いいが、実は私もその車全容を知らない。もともとあった古い車を研究し改良しただけだ、私にとってもその車は謎なのだ」

「では、この車は何処から来たのですか?」

「話せば長くなるのだがな」

「ぜひ、聞かせてください。とても興味があるんです」


 ***


 今から二十二年ほど前だった。

 私は海外に派遣されていて、別の研究を終えると、船で国内へ戻ってきていた。船は定期船、大きな船だったし霧が発生するのはいつもの事だった。しかし霧はいつもよりも濃く、航路から外れた船は運悪く海面から突き出た岩に激突した。接触した岩によって船底に開いた穴から海水が浸入した。

 傾いた時に船から海面へ投げ出された者もいたが、それ以外は救命ボートが用意されるとすぐに乗り込んだ。

 私は一つ目のボートに乗れず次のボートを待った。そうしているうちに船体は海へ引き込まれて行く。タイミング良くボートが来て乗り込もうとしたが、離れた所女性と子供を見つけた。二人は流されまいと木片に必死にしがみついていた。私はボートから一度離れ泳いで女性と子供の所まで行き、そこからボートを呼んだ。気づいたボートはすぐに来てくれて、私はボートにつかまりながら二人を乗せる事ができた。それでも周りを見てみると溺れそうになって流されている人達が沢山いた。さすがに私もその人達までは助ける事ができなかった。仕方なく私も最後にボートに乗ろうとしたとき、溺れかけている人に引っ張られ海へ引き落とされた。定期船は間もなく沈没した。その勢いで海は渦を巻きだして私はもうボートへ戻れなかった。

 後から思うと、この辺りの海域は妙な磁場が働いていて、船や飛行機がよく墜落して沈没する事で知られている場所だった。

 船は沈み、そのまま私は渦の流れと共に海の中へ引き込まれていった。

 それから私は気を失っていたのか、夢を見ていた。その場所は天国か地獄か分からない。怒りや悲しみも感じない、ただ穏やかな空間。心はとても落ち着いていた。

 遠くで農作業をしている人がいる気がしたが、近寄ってみると誰もいない。しかし農作物はよく育って穂をつけている。他にもいろんな野菜など実をつけていた。きっと誰かがここで手入れしているに違いない。

 穂が緩やかに揺れており、まるでそよ風が撫でているようだった。空気もとても奇麗だった。

 私はそこで目が覚めた。てっきり死んだのだと思っていた。

 空は黒い雲に覆われていて、海面には何かが浮かんでいる。私の体はその何かにのっかっていた。それは車だった。そう、それこそ今そこにあるクラウスだったのだ。

 船の部品だと思っていて、車だと分かるまで長い時間がかかった。何故海に車が浮かんでいたのか、それはいまだに分からないままだ。

 やがて時が過ぎると分厚い雲の向こうに光が射し、水平線が広がり始めて明るくなってきた。

 海面に浮いたまま私は上空を観察していた、覆っていたのは雨雲ではなく、何かの物体である事に気づいた。

 更に物体は少しずつ空を移動して行くと、光が射しこみ物体下側の形が見えてきた。

 下からはなにやら木の根のような物が無数に見えている。またその物体の端からは滝のように水が流れ落ちていた。しかし水の量が多くないのか、物体がかなり高い位置にあるのか、水流は海面まで到達せずに上空で霧状になっていた。

 物体が通り過ぎて見えなくなるまで目を離さなかったが、底ばかり見えて物体の上部は高すぎ見えなかった。やがて物体は雲の陰に隠れてしまい見えなくなってしまった。

 あれが何なのかつかめないまま終わったが私は助かった。海面に浮いて沈まない謎の車に命を救われた。のちに車を海から引き上げて調べるが、船会社に問い合わせをしても車は積載されていないと言う事で。船から落ちたものではなかった。となると上空に浮いた物体に何らかの関係があると思って私は研究所へ持ち帰ったのだよ。


 ***


「この車にそんな過去があったなんて、想像もつかない。それにモーリスさんはいろいろな研究をしているのですね」

「やっぱりこの車、水に浮いたり空を飛んだりするのか?」

「空を飛ぶかは分からない、だが確かに今でも水には浮くだろうが、何故空を飛ぶ事を知っている」

「森の中で出会ったおじいさんが言ってました。モーリスさん、知り合いですか?」

「いや、私は知らないよ。実際にこの車に乗った者がいるとは聞いていたが、まだいたとは。他にもクラウスはいろいろな力を秘めているはずだ。だがこの車はとても危険だ。研究の結果では人工知能が搭載されていると予想する結果が出ている。突然走り出す可能性があり、そうなると君達はもち論、周りにいるものにも危険を及ぼす可能性がある。車は処分するべきだよ」

「クラウスはレースで走らせたし、修理してからは長い時間を調子よく走っています。暴走する事はありません」

「マッキー、そういえば一度あったじゃないか?」

「あっ? 初めて動いた時……、あれは動き出したばかりでたまたまエンジンの調子が悪かったと思う。そのあと無事停止したよ」

「停止できたのはガス欠だったろ?」

「そうなのかな、また暴走する? しかし今は普通に動いている、それに今この車を処分すると彼女は戻らなくなるよ」

「そうだな、取り戻さなければならないぜ」

「君達は誰かを捜しているのか?」

「はい、この車はラウルの組織に狙われています。一度は取られそうになったのですが、ある少女のおかげで逃れる事ができました。だけどその少女がラウルに捕まってしまったのです」

「ラウルの奴らは相変わらずだな」

「奴らはどんな組織ですか?」

「何処の街にもいるようなただの悪い奴らだ」

「何の為にこの車を求めてるんですか? そして、どうして彼女を誘拐したのでしょうか?」

「単に利益の為だけだよ。当時は皆知っていた。ラウルの無差別なやり方は有名だ」

「その居所はわかりますか?」

「ラウルからその女の子を取り戻しに行くのだな」

「はい、だから助ける為にクラウスが必要なんです。廃車はその後でもいいですか?」

「そうか、仕方がないな、終わるとすぐに廃車してもらうよ。約束の為君達について行くが、いいな」

「はい。わかっています」

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