第32話 空を知る者の飛翔
その様子は、人間からすると恐怖そのものだった。
小柄な少女の後ろを、怪鳥が殺意を持って追随する。
ミーティアは右へ左へと素早く軌道を変えていた。一瞬たりとも直進する隙を見せない。その小柄さをいかんなく発揮するような機動性だった。そしてそれを追うグランツもまた、巨体からは想像できないほど滑らかにミーティアの軌道をなぞっていた。それはまるで、物理法則が異なる生き物の動きだった。
「っざかしい!」
グランツが大きく翼を羽ばたいた。先ほどの"つむじ風"だ。ミーティアの軌道の先に放つ。だがミーティアはその音を聴いた瞬間、風が放たれるよりも先に軌道を変えた。途端、大気を歪ませるほどの突風がミーティアの目先を穿った。それだけだった。
ミーティアは得意げに鼻を鳴らした。
「ふっふーん、狙いが雑だよー! ちゃんと見えてるのー?」
ミーティアがへらへらとしながら回避軌道を続けた。
「ちょこまかと飛びやがって!」
グランツは再び大きく羽ばたいた。しかしそこから放たれた突風がミーティアをとらえることはできない。ミーティアはまたもやひらりと避けてみせた。
「んもう、技が大味すぎるんだよなあ」
「ぬかせ! 逃げるしか能のない羽虫が!」
「むっ、そんなこと言っていいのかなー? そう言ってて油断してると――」
ミーティアは大きくエアブレーキを作動し体を立てた。全身で風の抵抗を受けて急減速する。一気にグランツとの距離が縮まっていく。その巨体をかすめるように過ぎ去る瞬間、機翼からナイフを抜き取り、小さく振った。
あまりにも少ない予備動作だった。その一瞬の出来事にグランツは反応できなかった。気付いた瞬間には、ミーティアはグランツの背後に流れていた。そして、
「――油断してると、毛づくろいしてあげちゃうよ?」
ミーティアは意地悪くにやりと笑った。その手には、グランツの翼に生えていた羽毛の切れ端が握られていた。
「このガキ潰す潰す潰す潰す潰す!」
グランツは嘴をガチガチガチと激しく打ち鳴らした。
「きゃー怒ったぁー!」
「待てゴルァァ!!」
ミーティアはまたもや逃げ出し、グランツがその背を追った。瞬間、グランツが翼を強く打つ。先ほどまで前方に放っていた突風を、自身の加速に全出力した。考えられないほど早く、瞬く間に距離が詰まった。
「雑魚が! もらったぁ!」
「っ!」
グランツがその凶悪な爪をもってミーティアの体を鷲掴みにしようとした。そしてそれは叶わなかった。
「ほっ!」
ミーティアは、まるでそれが当たり前であるかのように、自然な流れで、最小限の動作で、グランツの爪をするりと避けた。
そして、距離をとると、
「チッチッチ、もらったのはこっちだよ」
今度は脚の羽毛の切れ端を握っていた。
もはやグランツはなにも言わなかった。身体中の羽が逆立ち、強烈な敵意を全身に纏い、転進したミーティアを追った。
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