第31話 未知との遭遇

「アラン! 真上、大きい、ふたつ、すぐ来る!」

『っ!』

 飛行機がハッチを閉めながら舵を切った。ミーティアは即座に飛行機から離れた。ロイは訳もわからず振り回されていた。

 そして、大きく回避行動を続ける中、影が覆いかぶさるようにして現れたと思うと、同時に飛行機に衝撃が走った。

『ぐぅっ! みんな、大丈夫か!? ミーティアは!』

 衝撃の直後、アランが叫んだ。

「こっちは大丈夫! ちゃんと避けた」

『よかった。ロイ君、君は!』

『だ、大丈夫です……それよりも一体何が』

『上を取られた、やられた!』

 アランとロイが混乱する中、微動だに出来なくなった飛行機の真上から声が響き渡った。

「はいはい。全員、下手な動きはするんじゃあないよ」

 飛行機と同じか、それよりも一回り大きな翼を広げた怪鳥が、飛行機に覆いかぶさるようにしてそこにいた。

『いつの間に……っ』

 ロイが機内に這い上がり、身構えた。アランが、

『油断していたわけじゃないが、してやられた。対応が早すぎる。相当な高高度で、緩衝空域から見られていたのかもしれない』

 そのとき、外からよく通るおっとりした声が響いてきた。

「おっとっと、こら操縦者。このまま真っ直ぐ飛ぶんだよ。妙な動きをしようとしたら舵をぐしゃってやっちゃうからね」

 怪鳥は、飛行機の外装をたやすく切り裂ける爪で、器用に両翼を掴んでいた。凶悪なほどに堅牢な肢だった。

 同様の怪鳥がもう一頭、飛行機の進行方向を制限するようにその目の前を飛んでいた。

「おいココ、まどろっこしいことしてんじゃねえ。こういうのはなあ、見せしめにまずは片方潰すんだよ。そうすりゃ黙る」

 その眼光、言葉には、すさまじい殺気が含まれていた。

「グランツ、あんたは昔からやり方が下手くそすぎるんだよ。交渉は私の仕事さ、そこで静かに見てな」

 ココと呼ばれた鳥が、落ち着き払った声で揚々と答えた。グランツと呼ばれた鳥が、つまらなさそうに小さく唸って黙った。ココは"足元"の飛行機に向き直ると、

「おっと悪いね飛行機の諸君。ええと、どこまで話したっけな? あ、まだなんにも話してなかったね。これは失礼」

 ココは、一度声の調子を整えてから、

「"我らは母なる森、母なる樹を護りし大地の子、空の眷属。我らは問う。汝は我らの侵略者か"」

 アランが悪態をついた。

『律儀にもお決まりの警告文か』

『敵かどうか、と聞いているんでしょうか』

『だろう。そうなると、軍属のロイ君を見られるのはまずい。緩衝空域を超えた先で軍人がいるとなったら言い訳のしようもない。機内にいてくれ。しかし、交渉の余地があればいいんだが』

『わかりました。――ところでミーティアは』

『大丈夫、こういうときのあいつは――』

「こんにゃろー!」

 ふたりは通信機から聞こえてきた雄叫びに耳を疑った。

『――うまくやるから問題ない……って言おうとしたんだけど……』

 ミーティアは、飛行機に取り付いている鳥に向かって蹴って叩いて馬乗りになっての大立ち回りをしていた。

「いたっ、痛い痛いねこの。一体なんなんだいこのちっこいのは鬱陶しいなあ」

「そんなチビさっさと払い落とせ」

 ココが一度大きく翼を広げ払い除けるようにすると、ミーティアは巻き上がった風を利用して一度距離をとった。

「ちっこくないし!いやちっこいけど! あんたらがデカすぎるだけだし! ってそうじゃなくて!」

 ミーティアは二頭を交互に指を指すと、

「あんたたち! そんなところにいられちゃ邪魔でしょ! 私たちは急いでるの! 特にそっちの上のほう! そんなことしたら飛行機壊れちゃうじゃん! 飛べるようになるまでアランがどれだけ時間かけたと思ってるのさ! その子は今日が初飛行なんだからやめてよねホント!」

「おいチビ」

「あーまたチビって言った! 見た目とかだけで決めつけちゃいけないんだー。だったらそっちのことだってね、デカって言っちゃうもんねーやーいデカどり大飯食らい食費泣かせー!」

「黙れチビ」

『ミーティアちょっと』

「何さアラン、こっちの方が正しいでしょ! その飛行機壊されたら困るじゃん! こらあなたたちもね、黙ってないでさっさと離しなさい聞いてるのちょっと!」

『ミーティアちょっと落ち着いて』

「なに!」

『俺たち』

「うん!?」

『ひとじち』

「はいうんひとじちね、はいはい! ……うん?」

 ミーティアがやっと一呼吸置いて、

「ひとじち?」

『うん。人質』

「…………。あーっ! 本で読んだことある! 絶対離さないようにして無理難題言ってくるやつ!」

『そうそれ』

「で?」

『これ』

「……あー。これー……」

『そうそう』

 そこまでアランが説明してあげてやっと、ミーティアは小さく咳払いをし、ゆっくりと距離をとってから改めて二頭に向かって言った。

「で、目的はなんなの?」

「てめ、ふざけた態度ーー」

「いいのさグランツ。それにこれは私の仕事だって言ったろ。ちょっと黙っておきな」

 グランツがつまらなさそうに押し黙ると、ココが続けた。

「目的は、と聞かれてもね。謎の飛行機が緩衝空域を越えて私たちの森を目指して飛んできたんだ、拿捕するのが当然さ。それともなにかい、“私たちは何にも悪いことしていませーん”とでも言いたいのかい?」

「悪いことも何も、まだ何もしてないもん」

 ミーティアがそう言うと、ココは大きく噴き出した。よく通る声だった。

「大したものだよ! まだ何もしていないと来たもんだ! だからって、散歩のためにここまで来たわけじゃないだろ? じゃあ何をするっていうんだい」

「それはーー」

『言うなミーティア』

 アランの声が通信機に入ってきた。

『言ったところで納得して通されるはずもない。もし件の鳥が重要な協力者になるうるなら、ここでその者の身を危険にさらすことになるかもしれない。つまり、言ったところで好状況が好転する保証はどこにもない』

「つまり、黙っていればいいんだね」

『そういうことだ』

 納得したミーティアは、

「いーっだ!」

 精一杯の嫌味を言ってみせた。

 その時、グランツが大きく体を捻ったと思うと、翼から放たれたつむじ風がミーティアを襲った。それを直前で避けた。

「あっぶなー! んもう、なにすんのさ。さては短気か」

「ふざけた態度が気に食わんから躾けてやろうとしただけだ。怪我したくなければおとなしく言うことを聞きな」

「おとなしくしてるじゃんさ。それに、そっちだって怪我したくないでしょ」

 その言葉に、グランツはあからさまな苛立ちを示した。嘴をガチガチと激しく打ち鳴らす。

「なんだてめえ。俺に怪我を負わせられるとでも思ってるのか?」

「そりゃあ、可愛そうだからしないけどさ、ナイフでチャキンとやれば怪我くらいはうわっ!」

 再びの突風。避けたミーティアにグランツが突貫した。

「もう我慢ならん! ココ、その鉄の塊を離すなよ。こいつを黙らせる」

 ココは何か言おうとしたが、思わずため息をつくと、

「あーはいはい、止めたって無駄なんでしょ。まったく、無茶はするんじゃないよ。あとで説明が面倒になるんだから」

「構うもんか、死人に口なしだ」

ミーティアは迫ってくる巨躯をよそ眼にあと腐れなく一気に加速し、あたかも追随するグランツをひきつれるように飛び出した。

『ミーティア!』

 アランの通信に、

「わかってる! 時間稼げばいいんでしょ! まっすぐ飛ぶのに飽きてたし、まあ見てて! そっちのことはあとよろしくー!」

 圧倒的体格不利のドッグファイトが始まった。

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