第29話 歴史の授業
「いやあ、いよいよ雰囲気出てきたね!」
ミーティアが妙に嬉しそうに言うものだから、ロイは思わずいぶかしむ声が大きくなった。
「だってさ、こんなたっくさんで空飛んでるんだよ? やってやるぞっって感じがしてきたじゃん」
そういいながら、ふわりふわりと浮き上がったり沈み込んだりを繰り返して飛んでいた。ミーティアの耳元の通信機のロイの声が届く。
『軍の場合は、最低でも3人一組だ。飛行機に随伴するなら最低でも9人。少ないくらいだよ』
「うっわー、そんなに必要?」
『昔はもっと大部隊で行動するものだったらしい』
「あっ、もしかして寂しがりってやつ?」
『そんなわけあるかっ。……こんな何もない草原で、仮にエンジントラブルでも起きてみろ。救助が来るまで最短でも半日。もし救難信号にトラブルでもあれば、一週間はどうなるかわからないんだ。部隊の誰かが無事に街まで戻って、その場所を伝えて救助を連れてくるとしたら、最低でもこれだけは必要だって人数だ。機翼の性能が向上した近年になったうえでの人数なのさ』
「変なの。だったら落ちなきゃいいじゃん」
『万が一って時があるだろ』
「そうかなぁ。……あっ」
ミーティアはにんまりと笑みを作ると、すすすっとロイのそばまで寄って、
「はっはーん。さては飛ぶのヘタクソだな?」
「そんなわけあるか!!」
「きゃー怒ったぁー!」
ミーティアがくるりくるりと飛んで逃げていった。
『えーっと、すまない。久しぶりの空で気持ちが舞い上がっているんだ』
アランが申し訳なさそうな声と共に通信に入ってきた。
『あっ、えっと、こちらこそすみません。なんというか、どうも、緊張が抜けなくて』
『ミーティア、もう少し大人しく飛んでくれ。どこで誰に見つかるかわかったものじゃないんだ』
「ちぇー」
不満そうながらも、ミーティアは元のように飛行機のそばに並んで飛んだ。そして、
「・・・・・・ん? ねえあれって何? ぼろぼろの家みたいなのがあるよ」
眼下に見えてきた景色を指さした。
カヤを思わせる背の高い草があたり一面に生えていた。ところどころに地面がえぐられるように露出して、水が溜まって沼のようになっている。そのほかに見えるのは、わずかばかりに孤立するように生えている木々と、朽ちた建造物だった。木造で、かなり古い。朽ち具合だけではなく、建物の様相が一世代昔のものだった。そんなものが、半分崩れたり、あるいはかろうじて原型を留めるようにしてところどころに建っていた。
『いよいよ緩衝空域ってことだよ。この辺は、ロイくんの方が詳しいだろう。よければ教えてやってくれ。ミーティア、歴史の授業だ』
アランが説明をロイに譲った。ロイは一呼吸おいてから、
『ここ一体はカヤを収穫するために人が住んでいた時期があったんだ。当時は良質な資源として大陸中で重宝されていたと聞く。だが争いが頻発するようになると戦火から逃れるように避難して、それ以来このありさまだ』
「誰も戻ってこなかったの?」
『緩衝空域には人鳥どちらも住んではいけないってルールも知らないのか? ……いや悪い。ここ一帯は湿地で足場がよくないんだ。そのせいで空戦はたびたび起きても、両陣営、守りを固めることが難しかった。結局、イタチごっこのように戦闘ばかりが続いて……。そういった、犠牲ばかりが積み重なった土地がいたるところにあるけど、ここはその一つだったんだよ。その後、緩衝空域には陣地形成してはならないことと、緩衝空域を超えて軍属が相手側領域に入ってはならないって規約が生まれて、ここは双方にとって失われた土地の一つになったのさ』
「なるほど、湿地が失地ってね」
『…………』『…………』
「何も言ってない! ワタシ何も言ってないよ!!」
遠くでアランが咳払いをした。
『とにかくだ。下に見える建物は大戦以前のもので、あちこちに見える、えぐられた跡は大戦の名残、それ以来手つかず根づかずのままということさ。噂には底なし沼も多いらしい。こんなところで墜落した日には、永遠に見つからないだろうから気を付けてくれ』
「こっわー。気をつけよ」
そういいながらミーティアはするすると高度を下げていき、湿地の様子を見に行った。
『あんまり自由な行動は――』
『いや、行かせてやってくれ』
アランが、ロイにだけ無線を繋げて言った。
『見たいというものは見せてあげたいんだ。頼む』
ロイは何も言えなかった。
二人のやりとりをよそに、ミーティアはカヤが生い茂るその葉先を触れられるほどすぐそばまで高度を下げていた。ミーティアが飛ぶ風を受けて、春先の柔らかな葉先が軽やかに波打つ。沼もまた、波紋を広げていた。朽ちかけた建物をかすめるようにして飛びぬける。ミーティアのはるか後ろで木枠がカタカタと音を立てた。
やがてミーティアは高度を上げて元のように飛行機のそばまで戻ってきた。
『どうだ?』
アランがミーティアに問いかけた。ミーティアは小さく唸った後、
「わるくない」
そういいながらも満足げに鼻を鳴らした。
そうしている間にも、建物ははるか後方へ。目に映るものは自然ばかり。
すでにそこは、人の文明の外の世界。そして間もなく、鳥の文明の世界だった。
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