第18話 身に覚えのない呼び出し

 ノルト司令官室か。

 基地に着任して間もないころ、最低限だけ基地内の紹介されたが、その中の一つが司令官室だった。4階からなる基地の中央塔のそのさらに中央。滑走路とその先の大草原、またそのさらに先に佇む大森林がよく見える場所にその部屋はあった。敵の根城がいの一番に望める場所に部屋を設けるとは、この基地の初代司令官はさぞ正義感にあふれる人物だったのだろう。

 その時、滑走路を望む窓辺に人だかりができていることに気付いた。兵士が重なり合うようにして窓の外を見ている。誰も彼もが、まるで童心に帰ったかのように興味津々といった様子だった。

 ロイも通り過ぎる間際に外の様子を覗き見た。そして、みんなが目を輝かせている理由がわかった。

 滑走路上に、目を見張るほど大きな飛行機が停泊していた。

 対空戦艦オーディナル・プルトニーだ。

 全長全幅ともに、一般的な中型軍用機の10倍はあろうかという大きさをしている。一対六機の二重反転プロペラを持ち、幅広な機体の上部には、無数の高射砲と3対の対空主砲が備えられていた。対空戦艦と呼ばれているのは、この艦が制空権の絶対死守を目的として建造されたものであり、攻撃対象が自身と同高度から上方の相手としているからである。

 オーディナル・プルトニーの主砲付近に整備班がうろついている。砲の大きさと比べると人間がまるで虫コロのようだった。

「すげえな、俺、戦艦なんて初めて見たぜ!」

 人だかりの中の一人が言った。

「オーディナル・プルトニーって言ったらあれだろ。デュラム渓谷の攻防戦でたった一隻二日間にわたって前線を守り切ったっていう。まさに大戦の生き字引だな!」

「先日も、攻め込んできた連中に対して主砲を撃ったらしいじゃないか。くぅー俺もこの目で見てみたかった―!」

 そうか、ノルト基地は停戦条約の都合で戦艦が常駐できないのか。ロイがひとりごちた。首都その郊外で駐留しているのを見かけたときも、似たような人だかりができていたのを思い出す。

 そうだ、ここで道草を食っている場合ではない。司令官室に呼ばれているんだった。ロイは歩みを速めながら司令官の顔を思い浮かべる。軍人には似つかわしくない柔和な雰囲気を醸し出す人物だ。逆にああいう人物が前線都市の基地司令官というだけで、ある種の平和示威行為にもなっているのかもしれない。どうあれ、先日の件に加え対空戦艦も駐留してきな臭くなった今、どれほど青ざめた顔をしているだろうか。

 そこまで考えている間に重々しい扉の前までやってきた。扉に掲げられているプレートの名前を確認した後、ロイは3回ノックし、恭しい挨拶とともに扉を開けた。

 司令官室は、一般的な士官室と同じ作りをしている。部屋の中央には応接用のソファとテーブルがあり、奥には司令官用のデスクが備えられている。いつもなら奥のデスクに司令官が腰掛けているのだが、今日は違った。

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