第17話 ノルト基地―士官会議

 時は戻って、同じ日の早朝。場所は国家空軍西部方面隊司令部ノルト基地。

基地の士官が、薄暗い会議室に集まっていた。年齢の幅も広く、殆どの士官がその部屋に呼ばれているようだった。

 ロイの姿も、そこにあった。

 まもなく、基地司令官付きの高等書記官が部屋に入ってきた。髪を高いところで結っている、細めの眼鏡がよく似合う女性だ。職種の名を体で表しているような雰囲気は、基地内でも有名だった。会議室の前方まで歩いてくると、

「皆さん、早朝からお集まりいただき、ありがとうございます」

「呼んだということは、何かわかったということなのか」

 白髪初老の佐官が淡々とした口調で言った。

「失礼ながら逆でございます。わからないことが多く、些細であれども迅速な情報共有が必要と判断したために、このように集まって頂いたのです」

 尉官の男性が、声を荒げた。

「わかってもいないのに我々を呼びつけたと言うのか!」

「まあ落ち着け。わからないことを整理すると、自然とわかることも見えてくるものだ」

 さきほど第一声を上げた佐官の男がなだめた。続けて、

「……数日経っておきながら、あれだけの事があってわからないことばかりだというのも、歯がゆいものだがな」

 悩ましそうに低く唸る。

 高等書記官は一礼すると、全体に向き直った。淡白な人柄で有名な人物だが、どこが緊張した面持ちをしていた。

「事態は火急を要します。本日の件は他でもなく、ノルト旧市街上空での突発的戦闘に関する、現状報告のためのものです」

 部屋の照明が更に落とされ、前方中央に投影機で映像が映し出された。左に森林と草原、右にノルト都市部が示されている。

「異変が生じたのは午前7時28分。緩衝空域中央線より東に27キロ東で、第32警備小隊が未認証の鳥の群れ……以降、該当勢力と呼称しますが、これを確認したことから始まります。第32小隊は注意喚起を促したところ、攻撃を受けました。即時退却を行った隊員からの情報を受けたノルト基地司令部は、8時03分、即応可能な3小隊を派兵しました。しかし、該当勢力によりこれらがすべて撃退されました」

 映像上で、鳥が赤野矢印で、人が青の矢印で示されていた。左から迫ってくる赤く太い矢印に、細い矢印が幾度となく接近し、消えていった。

「続く8時23分、該当勢力はノルト旧市街上空に侵入、ここで、ノルト基地司令部で、ノルト駐屯第2・第3機動中隊を派兵しました」

 映像がノルト旧市街に変わると、赤矢印が複数に分散、そのそれぞれに、青矢印が向かっていった。

「加えて、トビ型が複数確認されたとの報告を受けたノルト司令部の判断により、ノルト駐屯第5対空機甲航空団所属の駆逐艦を中心とする迎撃隊が対空装備で出撃準備を行いました。この間に、ノルト定例の春の祭典に参列するために王都より派遣されていた第一師団所属の対空戦艦オーディナル・プルトニーが現場の判断により即応、艦砲射撃を実施。これを受け、鳥が撤退を開始しました」

 はるか遠くから山なりに飛んできた砲弾が弾け、赤い矢印が進んできた方向を引き返して映像上から消えていった。

「概要は以上です。なお、該当勢力ですが、軍規定のに照らし合わせたところ、小型の群れが5群、中型が7体確認されています」

「5群に7体……」

 部屋がざわついた。1大隊と駆逐艦2隻に匹敵する規模の戦力だった。

「鳥側首脳陣である鳥老会から明確な答えが届いてない以上、無闇な武力衝突は避けるべきというのが王都議会における現状の判断です。一方で、王都の総合参謀本部は本件における鳥側の戦力は用意周到に準備されたものだと判断し、武力による対抗を訴える声も出てきています。そこで、ノルト司令部では二つの責務があります。一つが、干渉空域の警戒を厳とし、これ以上の被害を出さないこと。もう一つが、現状の把握と、該当勢力の詳細を解明し、本件の真意を把握することです。本日より、国境警戒レベルを4から3に引き上げ、対応することとします。これはノルト全域にすでに通達済みです」

 再びの動揺が生じた。どこからともなく質問が飛ぶ。

「それは総合参謀本部の判断か」

「いいえ、本部からは警戒レベルを2まで引き上げるべきだと通達されています。そこに、ノルトの判断を踏まえて頂いた結果です。これ以上警戒レベルを引き上げないためにも、先の二点の責務を果たす必要があります」

 国境警戒レベル3といえば、緩衝空域を跨いで双方へ行き交う航空機や鳥類の徹底した検閲を敷くという段階だ。遠回しに実力行使を辞さないという示威行為でもある。それが人鳥双方にどれほどの緊張を生むだろうか。それだけではない。本来難なく行き交っていた物流が激しく滞ってしまう。経済への悪影響も避けられない。だが、それらを理解したうえでも行う必要がある防空策ということなのだ。これが国境警戒レベル2に引き上げられると、つまりは戦争準備段階――国境は閉鎖され、緩衝空域直前に、完全武装の部隊が配備されることになる。

「ノルトは西側では珍しく、人鳥間の交流が活発で、双方の理解も深く、そこからもたらされる経済的恩恵が大きな都市です。鳥側からの声明が出されない以上、無闇な衝突は招くべきではありません。それを回避するための行動を、お願いします」

 書記官が深く一礼し、部屋の照明が明るくなった。それをきっかけに、将校の面々は席を立ち上がる。

 ……戦争になるのか?

 ……ノルトは西の要所だ。ここを狙うのであれば徹底抗戦せねば。

 ……鳥軍部のクーデターでは? 鳥老会は機能しているのか?

 ……東側の将校と連絡をとっておこう。必要になるやもしれん。

 上級士官が部屋を出ていくのを待ち、続いて残りの士官らが退出していく中のことだった。まるで人目を避けるようにして書記官がロイのもとへやってきた。

「マクファーレン少尉ですね。少々よろしいでしょうか」

 思わずけげんな表情になってしまうのを抑える。

「なにか話が?」

「はい。この後ですが、司令官室へおいでください。話があります」

 それだけ言うと、書記官が部屋を出ていってしまった。そばで話を聞いていた同期が、ロイの肩を小突いた。

「おい、ロイ。お前珍しく何かやらかしたのか?」

 上級士官がまだ数人部屋にいたので、声を押し殺して返す。

「いやまさか、そんな……」

 とは言うが、心当たりがないわけではなかった。

「お前、例の戦闘に加わっていたんだろ? その話を聞きたいんじゃないのか?」

「だが、もう報告書は提出したぞ」

「そんな紙っぺらで上の人間が納得するかよ。どいつもこいつも、自分のケツに火が付かないか、ましてやその火が家柄まで引火しないか必死だ」

「家柄と僕の報告書に、一体何の関係がある」

「自分らに非がないってことを証明してほしいのさ。紙で証拠が残っちゃたまらんからさ」

 上級士官が全員退室したのを見て、同期が調子を元に戻した。

「まあいいや。とにかく、お互いご愁傷様だ。幸先良くないねえ。俺たちみたいな平平凡凡の貴族は空騎士になれただけでもラッキーだってのに、そのうえ戦争なんて起きたら大損もいいところだ。なんにも起きないことを祈ろう」

「そんな考えで国防が務まるもんか」

「務まるんだよ。俺たちはこうしているだけで国防力なのさ。何もしないで平和が一番だよ。言いたいこと、わかるだろ?」

「…………」

「そう難しい顔するなよ。気負いすぎだ。ほら、先に行きな」

 そう背中を押され、部屋を出たロイは同期の背中を見送った。その姿が見えなくなってから、自身も歩き出す。

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