第25話 優しいね

「何者、って言うと、つまりどういうこと?」

 ミーティアは振り返らない。言葉の一つ一つを丁寧に噛み砕くように、ゆっくりと返した。ロイも、頭の中で言うべき言葉を選ぶ。

「なぜあれほど上手に飛べる。どこで戦闘技術を覚えた」

「んもう、質問が多いよ」

「ごまかさないでくれ。機翼による飛行技術の取得は、相当な訓練がないと難しい。訓練中の死亡事故だって絶えない。ただ飛ぶだけなら安全装置があればいいだろう。だが戦闘飛行軌道ができるかどうかとなれば話は別だ」

「そこはまあ、私がセンスのカタマリってやつだからかなっ」

 笑って誤魔化そうとしたミーティアだったが、どうやらロイはそういうものを求めていないことを察した。

「そうだね、うーん、なんて言えばいいのかなあ」

 暗闇の中、ミーティアがどのような表情でつぶやいているのか、ロイには見えなかった。だから次の言葉を待った。

「質問に質問で返して悪いけどさ、ロイは、どうして言葉を話せるの?」

「一体どういう意味だ」

「だから、悪いけどって言ってるじゃん。もう」

「そんなの……、誰だって話せるものだろ。いや、特別な事情があって出来ない人もいるだろいけど」

 ミーティアの足が一瞬止まった。

「優しいね」

「なに?」

「いや、なんでもない」

 じゃあ次。ミーティアは再び歩き出すとそう前置きして、

「じゃあ、ロイはどうして二本の足で歩けるの?」

「それだって、足があれば歩けるものだろ」

「ふーん、そんなもんか。じゃあ……、はいこれ」

 ミーティアが何かを放り投げてきた。思わずそれを受け取る。

「私にとっては同じことなのよね」

 ロイは怪訝な顔をしてから渡されたものを見た。包み紙に包まれたパンだった。

「みんなが当たり前のようにお話するし、当然のように歩いたりするけど、私にとっては空を飛ぶのがそれと同じことなの。だってさ、今さら歩き方のコツとか、聞かれたって困るじゃん?」

「飛ぶのが当たり前だなんて、そんな人がいるものか」

「じゃあさ、もし鳥にね、投げられてものを手で掴む方法のコツを聞かれて、それって困らない? だって、手でものを取ったり掴んだりするのって、人にとってはアタリマエのことなんだから」

 ロイは言い返そうとして、言葉が出なかった。そう言いながら振り返ってきたミーティアの表情が、視線が、あまりにも自然で、真っ白だった。

「それでは……」

気づくと、ふたりは昼間の大通りまでたどり着いていた。明るく灯った街灯が、旧市街の境界線までの道のりを示していた。

「ここまで来たらわかるよね。あとはここを真っすぐ行けば旧市街を抜けられるから。もう夜も遅いからさ、それ食べて我慢してよね。じゃあねー」

 そう言ってミーティアがロイの脇を通り過ぎようとしたとき、ミーティアが道に躓いてよろけた。

「あぶない」

とっさにロイがその体を支え、その小さな体躯に驚く。

 ミーティアが軽やかにその手を払った。

「もう。レディの体に触れるなんてデリカシーがないんだからっ」

「え? あ、す、すまない! そういうつもりでは」

「あはは、冗談。ちょっとびっくりしちゃっただけ」

 寄り道しないで帰んなよー。そう言い残し、ミーティアは去っていった。

 ミーティアの姿が路地に消えたあとも、ロイはそこから動けずにいた。

 

 生き物はいつだって仲間を求める。そして仲間の基準は概して共通点の多さだ。話題の共通点や、趣味や生活スタイル、果てには、しぐさや見た目の共通点などだ。それが多ければ多いほど、同種であり、仲間だと認識し、仲間意識が生まれる。同時にそれが少なければ少ないほど、他者と認識し、あまりにも共通点が少ない場合、時には敵対心や嫌悪感が生まれることだってある。足がたくさん生えている生き物を気味悪がるのや、逆に足がまったく生えていない生き物を恐ろしく思うのはまさしくこういった感情だ。

 アタリマエ。

 あの言葉は、歩いたり飛んだり掴んだり、そういったことが出来る出来ないの話を問われているのではない。ロイが認識している世界の隔たりを、その隔たりの内外に蔓延はびこる常識を問われているのだ。

 だがそれは、まるで自分は常識の外の人間だと言っているようなものではないか。

「ミーティア。ウォリス……」

それでは、お前は一体何者なんだ。

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