第24話 君は一体何者なんだ
旧市街は、すっかり夜に包まれていた。
入り組んだ路地で、一足先に外灯が明かりをともしていた。明かりの届かない先は真っ黒だ。その濃さが、この街の路地の複雑さを改めて示してした。
「意外だ」
ロイが呟いた。ミーティアが問い返す。
「あの騒動の日にこの街を見たときは、こんなに人の賑わいがある街だとは思わなかった」
「どゆこと?」
「もっとこう、静かで、寂しくて……、陰湿な雰囲気も感じていた」
「色んな人がいるからね。いろいろだよ。ほら」
ミーティアがちょうど通り過ぎようとした脇道を小さく指差した。覗き込むと、いかつい風貌の男と、艶めかしい装いの女が数人、談笑しているようだった。下品な笑い声が聞こえてくる。妙な煙にとともに、なんとも癖になりそうな香りが漂ってきていた。
「今私達が歩いているのがちょうど境目で、向こうは夜の商い通り。こっちは居住区。一応、こっちに入ってきちゃだめってルールはあるんだよ。不文律ってやつ?」
わかった、近づかないようにしよう。うん。
だが、ミーティアの示した路地の向こうに比べ、二人が歩いている側は対象的だった。
ロイの耳には、様々な声が届いていた。路地の小さな窓には、暖かな明かりと、一家団欒の声が聞こえている。別の窓からは、赤ん坊のぐずる声と、それをあやす夫婦の声が聞こえてきた。どこかからは、老夫婦が談笑する声も聞こえる。手を伸ばせば隣の家にだって届きそうな路地だが、この狭い範囲に、とてもたくさんの営みが詰まっていた。
「そこの赤ちゃんはね、ルルカが大げさに羽を広げてみせるとね、ころころ笑うんだよ。あとね、あそこのおじいちゃんおばあちゃんは服の修繕屋さんをしてるんだけど、破れたところに貼ってくれるアップリケがとても可愛いの。よくやってもらってたんだ。今はちょっと恥ずかしいけどね」
ミーティアが思い出話を楽しそうに思い出していた。明かりの一つ一つに、誰かの人生があった。明るく、温かい。
「奥深い街だな」
「ねえ、本当に」
昼に感じた、路地の細さや複雑さ、煩雑さの鬱蒼とした印象よりも、今となってはそこに灯る街灯の暖かさや建物から響く賑やか輝かさのほうが色濃く感じられた。
「なかなか、味わい深い街だ」
「でしょ。私、この街好きだよ」
ロイの前を歩くミーティアだったが、ちょう街灯の境目の、ずいぶん暗いところで足を止めた。
「聞いておきたいことがあるんでしょ?」
ロイは息を飲んだ。
「もやもやしたまま、遠くにお出かけは嫌じゃん?。もちろん、全部は無理だけどね。レディには秘密がつきものだしっ」
さっきまでの、いや、家にいたときまでの彼女の雰囲気からくる言葉とは到底思えない、冷たく、どこか孤独な、寂しい声だったからだ。
ロイは小さく深呼吸すると、息を止め、その小さな背中に、言った。
「ミーティア・ウォリス。君は一体何者なんだ」
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