第22話 「たくさんいたほうが賑やかで楽しいしね」
思わず息が詰まる。
まだ名前を名乗っていないはずだ。いつの間に俺の名前を。まさか、俺のことをとっくに知っていたのか? ここでの会話はすべて演技なのか?
アランはまっすぐにロイを見据えていた。この状況で、何も話さずおいそれと帰れると思わないように、そう訴えられている気分だ。無意識に生唾を飲み込む。
「あんまり緊張しないでくれ。ほら、お茶も、暖かいうちに」
そう言われ、おずおずとお茶を口に含んだ。それから、
「……確認したいこと、とはなんですか」
「簡単な話だ。君は軍人であり、飛行騎士隊所属なら貴族だろう。なぜこのような旧市街に来たんだい? 理由は?」
何も、一から十まですべてを話す義理はないだろう。怪しまれない程度に、当り障りのないことを話して、こちらの聞きたい情報を聞き出すべきだ。やれるか。
「俺がここに来たのは、ちょっとした、買い物です。この街にきて日が浅いので、それにせっかくの非番だったので、観光がてら慣れない街を散策してみたいと思って――」
「うーそ。来た理由が買い物ってのが違う」
そう言ってのけたのはミーティアだった。ロイは思わず声が出そうになるのを抑えると、
「そ、それはもちろん、先日の件の被害が気になって見に来たというのもあるが、買い物に来たのは嘘では――」
「ん~、被害が気になって、ってのも嘘じゃないっぽいけど、今になって急いで付け加えた感じかな。本当の目的とは違うっぽい」
「あんまり誤魔化そうとしないほうがいい。こちらには腕のいい心理調査官がいるんだ」
「えっへん」
訳がわからない。一体どういうトリックだ? なぜそこまで読みを効かせられる。
小細工ではにっちもさっちもいかないというのであれば、もうなりふり構わずいくしかない。一度気持ちを整えてから、ロイは言った。
「先の騒動ですが、妙な点が数多くあります。俺は、真相を知りたいのです。あの時、第3勢力として突如現れたあなた達は、きっと重要人物であると考えています。何かを知っているのではないかと思い、探していました」
この言葉に、ミーティアがアランの方を見て小さく頷いた。アランは、
「軍の命令かい?」
「自分の素直な気持ちです」
これは間違いない本心だ。その言葉を聞いたミーティアは、
「間違いなく」
そう付け加えた。ロイの心の声を代弁しているようで、まるで保証人か何かだ。
二人の言葉を聞いて、アランはテーブルに付いていた肘を上げると、背もたれに大きく寄りかかった。続けて大きく息を吐いた。
「それを聞けて安心したよ。正直、気が気じゃなかった。いやはや、こんな息の詰まる役目はごめんだよ」
一気に柔和な雰囲気を滲み出した。ロイが素っ頓狂な声を上げていると、ミーティアがころころと笑いだした。
「アランってば、ここ数日ずっと仕事詰めで疲れてたもんね。いきなり無理してキリッっとした雰囲気出すんだから」
「本当だよ。なにせ寝起きだ。内心、あくびを押し殺すので精一杯だったよ」
「あのぉー、一体どういう状況で……」
恐る恐るロイが訪ねた。するとアランが、
「ああ、すまない。そうだな、君が不安になっただろう点について順番に説明していくよ。どうあれお茶の時間なのは事実だ。ゆっくりしてくれ」
そういいアランはお茶をすすった。ロイもつられて口をつける。脇では、ミーティアとルルカがナッツを頬張っていた。
「俺の名前はアラン・ウォリス。そっちの小さいのはミーティア・ウォリス。鳥のちんちくりんは友人のルルカだ」
「小さいとは失礼な」「ちんちくりんとは解せぬ」
「それで、君の名前を知っていた点だけど、簡単な話だ。君は軍人で、ならば貴族の出だろ。なら、そこにかけてある上等な外套はビスポーク……オーダーメイドに違いなくて、ならば胸に名前が刺繍されていると踏んだんだ。そしてそのとおりだった」
しまった。考えてみれば、実に単純な話だ。なんとあっけない。
「君はどうも、人がいい性分らしい。じゃないと、見知らぬ家に連れ込まれて素直にコートを渡すことも、出されたお茶を口にすることも躊躇うものさ。貴族らしからぬ、とよく言われるだろ」
アランが小さく笑った。これにはぐうの音も出ない。
「ま、家柄だけで鼻に掛けるような連中よりもずっとずっといい」
「え、貴族なの? 思ってたような貴族っぽくない」
「へ~、貴族ってこんなんなんな。もっと無愛想で頑固な感じだと思ってた」
ミーティアとルルカがしげしげと見てくる。そんな珍しい動物を見るような視線を向けるな。
更にアランは続けた。
「おっと、先に断っておくけれど、貴族に対する礼儀云々をとやかく言うのは勘弁してくれ。ここは旧市街で、平民の街だ」
「他人の街に来てまで礼儀を乞うほど不躾な性分ではありませんよ。もともと、堅苦しいのは得意ではありません」
「ありがとう。そしてもう一点。君の話の嘘や真がわかった件だが……、こればかりは感のいい身内の腕の成す技としか言えないんだ」
「でへへ、照れる~」
その当人が破顔してナッツを頬張っていた。
「理解に苦しみます」
ロイは、胸の中に渦巻く率直な心境を言葉にした。アランが静かに見据えてくる。その視線は、言葉を続けるように促していた。
「あなたたちは、許可もなく機翼を所有している、そういう意味ではいわば犯罪者です。そんな立場であるにも関わらず、軍人である俺をわざわざここへ招いて、あまつさえ自己紹介までして、みすみす捕まえてくださいと言っているようなものです」
「わざわざそれを私たちに伝えるなんて、みすみす逃げて下さいと言っているようなものではないかい」
ロイは、沈黙で返した。
「こちらもね、何も考えなしにきみに話をしたわけじゃない。……そりゃあ、ミーティアが君を連れてきたのは予想外だっだけどね」
「なんだぁ私の優しさだぞぉー素直に受け取れぇー」
となりで訴えるミーティアを差し置いて、アランは再び肘をテーブルに置き、身を乗り出した。
「素直に名乗ったのには理由がある。単刀直入に言うと、君の助力が欲しい」
「助力……?」
ロイは、お茶を一口飲んだ。
「そうだ。私達は、大森林に行きたいと考えている」
この状況で今から大森林に向かいたいだと? それでなくても一般人が大森林に行くことなど許されないことなのに、今は軍による飛行制限もある。うかつに干渉空域に近づけば、場合によっては問答無用の撃墜処置だ。
「干渉空域の東側ではこちらの警備があります。きっと、西側でも森の連中が警備の目を厳重にしているでしょう。リスクを背負ってまで行く理由はなんですか?」
「さっき君は、私達が騒動の鍵を握っていると言っていたね。残念だがそのアテは外れだよ。私達は何も知らないんだ」
ミーティアが続けた。
「でもさ。でもねって言うべきかもしれないけど。鳥のほうがさ、知りたきゃ森に来いっていうんだよ。じゃあ行くしかないっしょ」
鳥から招かれているだって?
「馬鹿な。罠に違いない。過去に国の代表団すら森を訪れたことはないんですよ。きっと越境容疑をかけて都合よくとらえるための誘い文句です」
「嘘ではないと思うんだよね」
そういったのはルルカだった。
「羽色とか詳しくないんけんどよ、あいつら多分どっかの猟団所属だと思うんよ。誇り高い戦闘種族っていうかさ、言うなら貴族階級ってやつ? そういう連中って、種族に恥を塗るような姑息なことは一番嫌がるんよ。そういうのしてると風の噂であっという間に広がっちまうし。だから、誘い出して仕留めるなんてことはしねえと思う。呼んだってことならホントに来てほしいんしょ」
「ルルカがそういうならそうなんだろうねー」
「とすると……、干渉空域を超えさえすれば身の安全はある程度望めるかもしれないということか。では、俺に求める助力というのは……」
アランが小さく頷いた。
「察しが良くて助かるよ。そう、軍の警備空路を知りたいんだ」
やはり。
「こればかりはね、内側の人間しか知りようがない。それがきみだ」
「あ、そっか! 警備の隙間を飛んでかなきゃいけないんだもんね。なーるほど納得」
「ミーティア、お前わからないで話についてきてたのか」
「むう、わかってなかったからあんまし喋らなかったじゃん」
「そう言われれば……確かに」
「理解に苦しみます」
たまらずロイが口を挟んだ。自分でも思いがけず声が大きくなっていた。
「機翼を所有しているという件だけでも一日中問い詰めたいほどです。あれは軍の虎の子だ。だけど最悪それはいい。ここがノルトで、前線基地がある街だ。戦後にぐずついていた旧型の払い下げを裏ルートで買い取ることだって不可能ではないでしょう」
ふたりは何も言わない。ロイは続けた。
「だが森に行こうだという考えは理解できない。無謀にもほどがあります。警戒レベルが引き上げられたことを知らないんですか? 状況はあなたたちが考えているほど簡単ではなくなっています。しかも何ができるかもわからない、何が起こるかもわからないのに呼ばれたから行くですって? この状況で妙な動きをすれば、軍からも森からも敵意を向けられるんですよ」
国を守りたいという思いのもと軍へ入ったロイもまた、今を取り巻く状況に棒を煮やしていた。自分に何ができるか、何が貢献になるのか、そういう思いがある一方、何も動けずにいる自分にいらつきを覚えていたのだ。
だが、
「んもう、それってそんなにむずかしく考えること?」
ミーティアはこともなげに言った。
「何にもわからなくて、だけど騒動の真実を知りたい。そっちも知りたい。やれることといえば森に行くこと。そっちは森に行くための方法を知ってる。それだけでしょ? むずがしい話なんてないじゃんさ」
ロイは思わず言葉に窮した。ミーティアの言うことに、ではない。それを言うミーティアの眼差しが、あまりに真っ直ぐで、清々しくて、素直で、綺麗だったからだ。理屈や打算ではない、信じるのが当然という世界を写しているようだった。
「そういうことで、一つ頼むよ」
アランが言葉を添えた。このふたりの腹づもりはとうに決まっているのだ。ぐずぐずと悩んでいる自分が、なんとも情けない。
「……ひとつ、条件をください」
ならばと、ロイが声を絞り出す。
「僕も同行させてください」
アランは怪訝な顔をした。ロイのことを試しているような表情だった。
「きみの目的は、真実を知ることだろう? 何も自分自身で危険を冒す必要はないのではないかい。軍人は治安維持以外の目的で干渉空域に入るのは認められていない。君たちの警備活動も、名目上では民間船の安全確認と空賊の監視ということにされていて、それが鳥側との取り決めだ。ましてや空域を越えて相手の領空に入るなど、ご法度だが……。君は、わかっているんだね?」
「最初に話したはずです。真実を自分の目で、耳で知りたいんです。その思いは曲げていません」
「ふむ……」
アランが、品定めするかのようにロイを見る。しばし目を閉じると静かに思索した。それが終わると、ミーティア向けて言った。
「だとさ。どうする?」
「んむ? ……いいじゃん。たくさんいたほうが賑やかで楽しいしね」
噛んでいたナッツを飲み込むと、あっけらかんと答えた。
「俺から頼んでおいてなんだが……、そんな理由でいいのか?」
ロイが思わず心配になった。アランも言いはしないが、呆れたように小さなため息をついていた。ミーティアは少しムスッとすると、
「むう。何さ、お互いが困っている事があって、助けて欲しいって思ってて、助けるのに理由がなきゃいけないわけ? 変なの」
ミーティアは、テーブルに手をかけ、身を乗り出し、ロイへともう片方の手を差し伸べた。
「マクファーレン、だったっけ。改めまして、ミーティア・ウォリス。よろしくね!」
ロイは呆気にとられながら、
「できれば家名ではなく名前で呼んでほしい。ロイ・マクファーレンだ。よろしく頼むよ」
その手を握り返した。
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